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2023/07/31

ゴルジ体の動きが神経回路発達 の原動力だった
-「ゴルジ体極性シフト」が赤ちゃんの脳で神経回路を形作るー

Golgi polarity shift instructs dendritic refinement in the neonatal cortex by mediating NMDA receptor signaling
Naoki Nakagawa, Takuji Iwasato

Cell Reports 2023 Jul 28 DOI:10.1016/j.celrep.2023.112843

プレスリリース資料

私たちの脳の神経回路は、胎児期にゲノム情報によって大まかに作られた後、出生後に様々な刺激を受ける中で再編されて完成します。例えば、マウスのヒゲ感覚を司る大脳皮質の神経回路では、神経細胞は新生仔期に入力を受けることにより、1本のヒゲからの刺激を伝達する軸索群の方向にのみ樹状突起を伸ばし、特徴的な非対称パターンを形成します。しかしながら、神経細胞の中でどのような仕組みが働くことで、樹状突起の非対称パターンが決められるのかはわかっていませんでした。

今回、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の中川直樹助教らは、マウスの新生仔期に、神経活動によって神経細胞の中でゴルジ体の分布に水平方向の偏りが生まれ(「ゴルジ体極性シフト」)、その極性が樹状突起の非対称パターンを決めていることを発見しました。

細胞内小器官であるゴルジ体は、胎児期など個体発生の早期に細胞内で極性を形成し、その極性が細胞分化や細胞移動等において重要な役割を担うことが知られていました。一方で、生後発達期に神経回路が再編される時に、神経活動によってゴルジ体の極性が変化することや、その極性の変化が神経回路再編に関与することはわかっていませんでした。

本研究成果は、生後発達期の神経活動に依存する神経回路発達の研究に細胞極性の概念を新たに導入する画期的なものです。

この研究は学術変革領域研究(A)「脳の若返りによる生涯可塑性誘導 -iPlasticity- 臨界期機構の解明と操作」(JP21H05702、JP23H04242)および「神経回路センサスに基づく適応機能の構築と遷移バイオメカニズム」(JP22H05518)、新学術領域研究「スクラップ&ビルドによる脳機能の動的制御」(JP16H06459)、科研費(JP19K16281、JP21K15199、JP20H03346、JP21K18245)、上原記念生命科学財団助成金、武田科学振興財団助成金の支援を受けておこなわれました。

本研究成果は、国際科学雑誌「Cell Reports」に2023年7月29日(日本時間)に掲載されました。

図: ゴルジ体の「極性シフト」が樹状突起の適切なパターンを形成する
(A)成体マウスでは、ヒゲ感覚を司る大脳皮質バレル野の神経細胞(灰色)は、1本のヒゲからの入力を伝える軸索の集まり(バレル)(黄色で示した領域)の方向にだけ非対称的に樹状突起を伸ばしている。この特徴的な樹状突起パターンによって、マウスは個々のヒゲからの入力を区別することができる。今回、神経細胞のゴルジ体(緑色)は出生直後には脳表面方向(図の上方向)に分布しているが、新生仔期にバレルの方向に動くことでゴルジ体分布に水平方向の極性が生まれること、および、そのゴルジ体の極性シフトが樹状突起パターンを決めていることを発見した。
(B)(上)正常な発達過程では、新生仔期に、NMDA受容体(NMDAR)が標的軸索からの入力を受けることにより、ゴルジ体が入力を受けた方向に動く。樹状突起はゴルジ体が局在している方向にのみ選択的に成長する。この仕組みによって、神経細胞は、対応する1本のヒゲのみに選択的に反応するようになる(右側、成体の図)。(下)一方、新生仔期にNMDA受容体を無くしたり、ゴルジ体の極性を壊す操作を行うと、樹状突起は標的軸索以外の方向にも間違って伸びるようになる。その結果、神経細胞は、対応するヒゲだけでなく隣のヒゲにも反応するようになり、ヒゲの区別ができなくなる。
(図はNakagawa and Iwasato, Cell Rep. (2023) July 28 より一部改変して掲載)

2023/07/26

ネコの多発性嚢胞腎における新しい遺伝子多型を発見

Large-scale epidemiological study on feline autosomal dominant polycystic kidney disease and identification of novel PKD1 gene variants
Fumitaka Shitamori, Ayaka Nonogaki, Tomoki Motegi, Yuki Matsumoto, Mika Sakamoto, Yasuhiro Tanizawa, Yasukazu Nakamura, Tomohiro Yonezawa, Yasuyuki Momoi, Shingo Maeda*(*責任著者)

Journal of Feline Medicine and Surgery 2023 July 25 DOI:10.1177/1098612X231185393

プレスリリース資料

多発性嚢胞腎はネコで最も多い遺伝性腎疾患とされていますが、日本での発生率はよくわかっていませんでした。本研究では比較的大規模なネコの疫学調査を実施することで国内での発生率や好発品種をはじめて推定しました。

ネコの多発性嚢胞腎はPKD1遺伝子のエクソン29にナンセンス多型(chrE3:g.42858112C>A)が生じることで発症することが知られており、この一つの多型がネコの多発性嚢胞腎の多くの症例で検出されます。しかし多発性嚢胞腎を発症したネコの一部ではPKD1遺伝子エクソン29のナンセンス多型(chrE3:g.42858112C>A)が認められない症例も報告されており、その他の多型の存在が推測されていました。

本研究では、多発性嚢胞腎のネコでのみ見つかった新規の多型として、PKD1遺伝子エクソン15に4種類の多型(chrE3:g.42848361A>C、chrE3:g.42848725delC、chrE3:g.42849470G>C、chrE3:g.42850283C>T)を同定しました。今回の知見は、ネコの多発性嚢胞腎の新規遺伝子診断の開発および遺伝子検査に基づいた適切な交配による予防法の確立につながることが期待されます。

本研究は、科研費(課題番号:JP19H00968および23H00357)およびアニコムキャピタル研究助成(EVOLVE)の支援により実施されました。

本研究成果は国際科学雑誌「Journal of Feline Medicine and Surgery」に日本時間7月25日午後6時に掲載されました。

図: ネコの多発性嚢胞腎でみられるPKD1遺伝子エクソン29ナンセンス多型
多発性嚢胞腎を発症したネコの多くでPKD1遺伝子のエクソン29に”TGC”がストップコドンである”TGA”に置換するナンセンス変異(chrE3:g.42858112C>A)を認める。

2023/07/20

ALSにおける運動障害の一因か。運動ニューロンのはたらき、過剰なTDP-43によって低下。

Dysregulated TDP-43 proteostasis perturbs excitability of spinal motor neurons during brainstem-mediated fictive locomotion in zebrafish
Kazuhide Asakawa, Hiroshi Handa, Koichi Kawakami

Development, Growth & Differentiation 2023 July 15 DOI:10.1111/dgd.12879

身体を動かすことができなくなってしまう難病、筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう、Amyotrophic lateral sclerosis、以下、ALSと略す)では、筋肉を収縮させる神経細胞「運動ニューロン」の機能が失われることが知られています。ALSの運動ニューロンには、TDP-43(ティーディーピー 43)とよばれるタンパク質を含んだ凝集体が蓄積する、という特徴があります。TDP-43の凝集は、90%以上のALSにおいて認められますが、多くの場合TDP-43を産生する遺伝子(TARDBP遺伝子)に、変異がありません。この為、遺伝子変異によらずに生じるTDP-43の毒性のメカニズムを理解することが、重要な研究課題となっています。

浅川和秀特命准教授らは、カルシウムイメージングという技術を用いて、擬似運動中の熱帯魚ゼブラフィッシュの正常な運動ニューロンと、TDP-43を過剰に発現している運動ニューロンの神経活動を同時に計測して比較しました。その結果、TDP-43のタンパク質量が過剰になると、運動ニューロンの活動(神経興奮性)が低下することを発見しました(図)。

本研究によって、TDP-43のタンパク質量が変動することで運動ニューロンの機能が低下し、そのことがALSにおける運動障害の一因である可能性が示唆されました。

本研究の成果は、Development, Growth & Differentiation誌に2023年7月15日に掲載されました。本研究は、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所(浅川和秀特命准教授、川上浩一教授)と、東京医科大学(半田宏特任教授)による共同研究グループによって実施されました。

本研究は、「生命の彩」ALS研究助成基金、加藤記念難病研究助成基金、第一三共生命科学研究振興財団、武田科学振興財団、科研費(JP16K07045、JP19K06933、JP22H02958、 JP23H04266、JP21H02463)、AMED-PRIME(JP23gm6410011h0003)、ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)の支援を受けて実施されました。

浅川和秀特命准教授は、ALSの克服に必要な重要問題を解決するための研究費のご寄附を、個人や企業の皆様方から広く募っています(ご寄付は、こちらから)。

図:TDP-43の過剰発現は、運動ニューロンの神経興奮性を低下させる

2023/07/20

夏季休業のお知らせ(8/15-16)

本研究所は、下記のとおり夏季一斉休業を実施します。
ご不便をおかけいたしますが、ご理解とご協力のほどお願いいたします。

令和5年(2023年) 8月15日(火)~16日(水)

2023/07/18

トランスポゾンを用いた効率的な蛋白質生産

Efficient production of recombinant proteins in suspension CHO cells culture using the Tol2 transposon system coupled with cycloheximide resistance selection.

Keina Yamaguchi, Risa Ogawa, Masayoshi Tsukahara and Koichi Kawakami

Scientific reports (2023) 13, 7628 DOI:10.1038/s41598-023-34636-4

哺乳類細胞におけるDNA組み換え技術は、数十年にわたり治療用タンパク質の製造に応用されてきました。商業生産に使用するためには、確立された細胞株が高い生産性と人間への使用に適した品質で目的タンパク質を安定して発現する必要があります。従来のDNAトランスフェクション法では、優れた細胞株を選び出すために、多数の細胞プールやクローン細胞株から選択する必要があるため、スクリーニングプロセスは手間と時間がかかっていました。本研究では、Tol2トランスポゾンシステムとシクロヘキシミド耐性による細胞選択の組み合わせが、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞の浮遊培養において、ヒト抗体などの治療用タンパク質を発現するための効率的な方法であることを示しました。この方法によって得られた細胞株は、十分な培養期間を通じて、組換えタンパク質のコンスタントな生産性と細胞増殖を示しました。このアプローチが、医薬品の研究開発におけるタンパク質の生産に広く応用可能であると考えます。

本研究は、国立遺伝学研究所と協和キリン株式会社の共同研究として行われました。

Figure1

図:細胞株30-2-2、30-2-10、30-2-11のCHX選択の有無による抗体生産性と細胞増殖の変化。細胞株30-2-2、30-2-10、30-2-11をCHX選択圧の存在下(白丸)または非存在下(黒丸)で長期培養した場合の抗体生産性(A、B、C)、細胞増殖(D、E、F)、特異的抗体生産性(pg/細胞/日)(G、H、I)の変化。12週間にわかって高い抗体生産性と細胞増殖が見られた。

2023/07/18

JST未来社会創造事業 本格研究キックオフシンポジウム 開催

「地球規模課題である低炭素社会の実現領域」 酸性水を用いた微細藻類の培養および利用形態の革新 キックオフシンポジウム開催

JST未来社会創造事業本格研究プロジェクト(宮城島課題)では、低炭素社会実現に向けて、硫酸酸性温泉に生息する唯一の光合成生物群「単細胞紅藻イデュコゴメ類」の社会実装に取り組んでいます。本シンポジウムでは、藻類の開発や利用について、専門家を招き講演を行います。また、研究プロジェクトの構想、計画、意義について、本プロジェクトの課題代表が説明致します。

日時: 2023年8月23日(水曜日) 13:30-17:15

会場: オンライン開催(ZOOM)

申し込み先: Zoom ウェビナー登録

詳細は、こちらのPDF をご確認ください。
2023/07/13

ワサビの染色体レベルでのゲノム解読に成功

Press Release

Haplotype-resolved, chromosomal-level assembly of wasabi (Eutrema japonicum) genome

Hiroyuki Tanaka, Tatsuki Hori, Shohei Yamamoto, Atsushi Toyoda, Kentaro Yano, Kyoko Yamane★, Takehiko Itoh★ ★責任著者 Scientific Data (2023) 10, 441 DOI:10.1038/s41597-023-02356-z

プレスリリース資料

東海国立大学機構 岐阜大学応用生物科学部山根京子准教授および学部四年生山本祥平氏(研究当時)、東京工業大学生命理工学院伊藤武彦教授および田中裕之研究員、学部四年生堀立樹氏(研究当時)、情報・システム研究機構国立遺伝学研究所豊田敦特任教授、東京都立大学矢野健太郎客員教授の研究グループは、世界に先駆けてワサビのハプロタイプレベルでの高精度な全染色体参照ゲノム解読に成功しました。

ワサビは日本原産の香辛野菜であり、日本食文化に欠かせない重要な食材です。近年の和食ブームの影響もあり世界的な需要も増加するなかで、抗酸化作用や癌抑制作用など、機能性食品としても注目されています。今回私たちはワサビの全ゲノムの高精度な解読に成功しました。用いた植物材料は、全国わさび品評会において常に上位入賞し、現在最も市場価値が高い品種‘真妻(まづま)’です。本研究では、次世代シーケンサー(PacBioおよびIllumina,)とHi-Cとよばれる染色体立体配座捕捉法を用いて染色体スケールのアセンブリを行いました。その結果、ワサビは7本の染色体が4組からなる異質四倍体生物であることを明らかにするとともに、7本x4組=合計28本の染色体から構成される合計1,512.1 Mbの配列データを明らかにしました。どのくらい長い配列をつなげられたかを示す指標であるN50の長さは55.67 Mbでした。さらに、リードマッピングと系統解析により、28本の染色体を二組のサブゲノム、更にはそれぞれを二組のハプロタイプの割り当てに成功しました。三種類の方法(Benchmarking Universal Single-Copy Orthologs、Merqury、Inspector)で評価した結果、得られたゲノム配列は高品質で完全性の高いものであることが示されました。今回明らかとなったゲノム配列は、遺伝や進化などの基礎研究、品種改良など農業分野、さらには在来や野生ワサビの保全のための情報整備など、多くの分野での活用が期待されます。

本研究は、日本学術振興会科研費(18K05616、16H06279 [先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(PAGS)])により実施されました。

本研究成果は、日本時間2023年7月11日にNature姉妹誌Scientific Dataのオンライン版で発表されました。

Figure1

図: ワサビゲノムの特徴 サブゲノム内染色体および間の遺伝子の並びの保存性


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