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2022/08/17

野生マウス系統でゲノム編集が可能になりました!

Efficient genome editing in wild strains of mice using the i-GONAD method

Yuji Imai, Akira Tanave, Makoto Matsuyama, and Tsuyoshi Koide

Scientific Reports (2022) 12, 13821 DOI:10.1038/s41598-022-17776-x

国立遺伝学研究所では、これまでに9種類の野生マウス由来の系統(野生系統)を樹立してきました。これらの系統は、異なる系統間で大きな遺伝的差異があることや野生マウスに特徴的な行動を示すことなど、一般的に用いられている実験用系統にはない特徴を有しています。

これら一連の野生系統は三島バッテリーと名付けられ、当研究所で樹立された独自性の高いリソースとして国内外の研究者に供与され、がん、免疫、発生、行動の分野などさまざまな研究に利用されています。しかし、このような優れた特徴にも関わらず、野生系統では遺伝子改変が難しいという問題がありました。

このたび、マウス開発研究室の今井悠二技術職員と小出剛准教授らは重井医学研究所および理化学研究所との共同研究として、受精卵を体外で扱うことなくゲノム編集を行うi-GONADという手法を用いることで、大半の野生系統で効率よく遺伝子改変を行うことが可能であることを示しました。

まず、実験用系統であるC57BL/6系統(B6系統)と9種類の野生系統で、一般的なゲノム編集作業で必要な体外受精の効率を調べるために、それぞれ体外受精を行いました。その結果、大半の野生系統では体外受精の効率が極端に悪いことが分かりました。そこで、東海大学の大塚正人教授らが開発した、受精卵を体外に取り出すことなくゲノム編集を行うi-GONAD法を野生系統に応用しました。その結果、調べた9系統のうち7系統でゲノム編集を行うことに成功しました。この結果は、今後野性系統を用いて効率よく遺伝子改変を行うことが可能になったことを示しており、今後多くの研究分野における野生系統の活用が期待できます。

本研究は、科学研究費補助金19KK0177および19H03270などの助成により実施されました。

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図:i-GONAD法による野生マウス系統の遺伝子改変 (A) i-GONAD 法の手順の概要。 (B) 遺伝子操作された野生株は、さまざまな研究分野での利用が期待できます。
2022/08/05

モータータンパク質「ダイニン」は、その制御因子群と細胞内で適切な順番で出会う

Sequential accumulation of dynein and its regulatory proteins at the spindle region in the Caenorhabditis elegans embryo

Takayuki Torisawa, & Akatsuki Kimura

Scientific Reports (2022) 12, 11740 DOI:10.1038/s41598-022-15042-8

細胞の中では、物質の輸送や染色体の分配など、ものを運ぶために力が必要とされる場面が多くあり、そのような細胞内での力発生の多くは、分子モーターと呼ばれるタンパク質酵素によって担われています。その分子モーターの中でも、細胞質ダイニンといわれるタンパク質は、細胞の分裂や細胞内での物質輸送など、多岐にわたるプロセスを通じて生命活動の維持に役立っています。ダイニンはその様々な細胞での役割を担うために、多くの「ダイニン制御因子」による制御を受けることが知られており、ダイニンは場所や役割に応じて複数の制御因子と会合し多様な複合体を形成します。これらの複合体が分子レベルでどのような構成のもとでどのような振る舞いをするのか、精製したタンパク質分子を用いた試験管内再構成実験から多くのことが明らかになりつつあります。その上で、実際の細胞の中でダイニンがどのようにして適切なタイミングで適切な場所において適切な制御因子と出会うことができるのかを知ることが、課題となっていました。

このたび、細胞建築研究室の鳥澤助教と木村教授は、線虫C. elegansの初期胚を用いて、細胞が分裂する際にダイニンなどのタンパク質が紡錘体が形成される領域に集積する過程を観察し、細胞内でのダイニン制御に関連する知見を得ました。 本研究では、紡錘体領域へのタンパク質集積現象(図a)について、i) 選択性、ii) 集積場所の違い、さらに iii) 集積順序があることが明らかになりました。選択性とは、「ダイニン制御因子」の中でも集積するものとそうでないものとの間にはっきりとした違いがあるということを指しています。集積場所の違いとは、集積するものの中でも紡錘体のどの場所に集積するかがタンパク質ごとに異なっているということを指しています。いくつかのタンパク質は紡錘体を形成する微小管や染色体ではない領域に集積することが明らかになりました。さらに、鳥澤助教らは、タンパク質が集積する過程の時系列を解析することで、集積がある順序に従って生じていることも明らかとしました(図b)。ここで明らかになった集積順序は、過去の研究から明らかになっていたダイニンの制御の仕組みと照らし合わせると、理にかなったものであり、細胞内では効率的にダイニンを活性化するように、ダイニン制御因子との出会いが時間的にも空間的にも制御されていることが示唆されました。

さらに、鳥澤助教らは順序だった集積の中でも最も早く集積してくるタンパク質であるNUD-2とよばれるタンパク質に着目して研究を続けました。このタンパク質の早期集積が他のタンパク質が集積状態を維持するのに寄与していることを明らかにし、さらに早期集積に必要なNUD-2のアミノ酸領域の特定も行いました。

この過程において開発された線虫胚に対するタンパク質インジェクション法は、分子モーターや細胞分裂の研究を超えて、幅広い目的に対して役立つものであることが期待されます。

本研究で得られた結果は、ダイニンの細胞内での制御複合体形成のダイナミクスの理解を進めると同時に、紡錘体が形成されるときにタンパク質が集められるメカニズムとして普遍的な制御を含んでいると考えられます。

本研究はJSPS科研費 JP19K16094、JP18H02414、 JP18H05529 、JP18KK0202 の支援を受けて行われました.

本研究成果は科学雑誌「Scientific Reports」に2022年7月11日に掲載されました。

Figure1
図:(a) 細胞が分裂期に入る前(図左側)、染色体を含む核内領域 (紫)は核膜によって、ダイニンやその制御因子(緑)が存在する細胞質と隔てられている。 分裂の際には(図右側)、核膜が崩壊し、細胞質とのあいだで物質の流入と流出がおこる。ダイニンやその制御因子(緑)も核膜の崩壊をきっかけとして紡錘体形成領域に流入し、染色体(紫)と紡錘体を形成する。 (b) ダイニンとその制御因子について、細胞質に対して紡錘体形成領域にどれだけのタンパク質が集積しているかを表す比を定量し、その時間変化を示した図。タンパク質ごとに集積がおこるタイミングが異なっていることがわかる。
2022/08/04

染色体は相転移する

A phase transition for chromosome transmission when cells divide

Kazuhiro Maeshima

Nature 2022 August 03 DOI:10.1038/d41586-022-01925-3

染色体は細胞分裂の際、DNAがコンパクトに凝集した構造体で、次世代へ受け渡される遺伝情報そのものです。この染色体は微小管などから物理的な力を受けることで、母細胞から娘細胞へと分配されます。つまり、染色体はこのような力に耐えうる、機械的強度を持つ必要があります。

最近、Vienna BioCenterのDaniel W. Gerlich博士らのグループは、染色体が相転移することによって凝縮し、そのような機械的強度を得ていることを明らかにしました(Schneider et al. “A chromatin phase transition protects mitotic chromosomes against microtubule perforation” Nature (2022) doi: 10.1038/s41586-022-05027-y)。本論文では分裂期染色体においてヒストンがグローバルに脱アセチル化されることでクロマチンの相転移が起き、染色体が凝縮して物理的な力に耐性を持つようになることを報告しています。また染色体凝縮に必須であるとこれまで考えられてきたコンデンシンと呼ばれるタンパク質複合体は、染色体の凝縮そのものには関与しないことも示されました。

ゲノムダイナミクス研究室の前島一博 教授は本論文に対する解説論文をNature誌のNews & Views欄に執筆しました。前島教授は本論文への解説と共に、ヒストンの脱アセチル化がどのように染色体の凝縮を引き起こすのか?を議論し、また、棒状の染色体を形作るためのコンデンシンの役割(クロマチンループ形成メカニズム)を考察しています。

Figure1
図:細胞分裂時、染色体は分配される際、微小管などから物理的な力を受ける(図左)。a) 薬剤処理でヒストンがグローバルにアセチル化された分裂期染色体は、物理的な力への耐性を失い、微小管によって貫通されてしまう。b) コンデンシンを失くした染色体は異常な形状を示すが、機械的強度に変化はない。c) 制限酵素AluⅠによってDNAが断片化されると、染色体は球状の「液滴」へと変化する。この時も微小管に対する機械的強度に変化はない。
2022/08/03

オンライン特別講義「生態遺伝学入門」の見逃し配信 のお知らせ

遺伝研・生態遺伝学研究室の北野潤教授により、 2022年 4/25から 7/11に、 6回にわたって「生態遺伝学入門」のオンライン特別講義を実施しました(下記)。 Zoomの人数制限上 300名までしか登録できず、募集を始めてから数日で定員に達し、募集を閉じざるを得ませんでした。このたび、講義の様子を収録した動画と資料を登録者限定で見逃し配信いたします。全国の大学・研究所の学生さん、ポスドク研究員、その他にも新たに生態遺伝学を学びたい研究者の方々の登録をお待ちしています。
 

日程と講義内容(全6回)

(1)生態遺伝学のための集団遺伝学
(2)適応進化(適応度から遺伝子へ)
(3)適応進化(ゲノム配列から適応遺伝子を探る)
(4)適応進化の分子メカニズム
(5)種分化の遺伝・ゲノム学
(6)性的二型の進化・性染色体進化など

講師陣:

 講師:北野潤(遺伝研・生態遺伝学研究室・教授)
 ファシリテーター:山﨑曜(遺伝研・生態遺伝学研究室・助教)・石川麻乃(東大・新領域・准教授)

配信登録: こちらから ご登録ください 配信は終了しました
 (確認メールが届かない場合は、スパムメールと認識されていることがありますので、迷惑メールフォルダ等をご確認ください。)

閲覧期限: 2022年 12月末

2022/08/01

昆虫類の形態に雌雄差をもたらす仕組みの進化的起源を推定

プレスリリース

Evolutionary history of sexual differentiation mechanism in insects

Yasuhiko Chikami, Miki Okuno, Atsushi Toyoda, Takehiko Itoh, Teruyuki Niimi

Molecular Biology and Evolution (2022) 39, msac145 DOI:10.1093/molbev/msac145

プレスリリース資料

カブトムシのオスは「角」でメスを巡り争い、オスのスズムシは翅に備わる「発音器官」を奏してメスを誘います。このように、昆虫類の形態には、繁殖の成功に基づく淘汰の結果として、様々な雌雄差(性的二型)を認めます。昆虫類の性的二型は、doublesexと呼ばれる遺伝子で制御されることが知られています。完全変態類昆虫のdoublesexは、雌雄で異なるスプライシング調節を受け、ひとつの遺伝子にもかかわらず、性的二型形成に関する遺伝子の転写を雌雄で正反対に調節して、雌雄それぞれの特徴の形成を制御します。昆虫類以外の節足動物の研究から、doublesexは、進化の過程で、元々オスの形態形成を促進していましたが、後にメスの形態形成を促進する機能を獲得したと推定されています。doublesexが如何にメスの形態形成への機能を獲得したかという疑問は、動物の性に関する謎の一つです。

今回、基礎生物学研究所 進化発生研究部門の千頭康彦研究員(元・総合研究大学院大学 大学院生)と新美輝幸教授、久留米大学の奥野未来助教、国立遺伝学研究所の豊田敦特任教授、東京工業大学の伊藤武彦教授からなる研究グループは、昆虫進化の初期に出現したシミ類に着目してdoublesexの機能を解析し、その祖先状態を推定しました。その結果、シミ類マダラシミのdoublesexは雌雄で異なるスプライシング調節を受けますが、メスの形態形成への機能をもたないことが明らかになりました。一方、マダラシミのdoublesexは幾つかの遺伝子の発現をメスで促進することが分かりました。これらの結果は、doublesexは昆虫進化の初期段階で既に雌雄で異なるスプライシング調節を受け、メスに特異な幾つかの遺伝子の発現を促進する機能をもち、そして完全変態類出現後にメスの形態形成に対する機能を獲得した可能性が高いことを示唆しています。では、doublesexのどのような変化がメスの形態形成への機能と関連したのでしょうか。本研究では、メスの形態形成に対する機能をもつ種のDoublesexタンパク質に特有なアミノ酸配列を発見しました。この結果から、本研究は、アミノ酸配列の変更によってdoublesexは新機能を獲得したとする仮説を提唱しました。本研究成果は、有翅昆虫類と昆虫類以外の節足動物との間にあった知見のギャップを埋めることに成功し、doublesexの特殊な進化史を新たに推定するものです。

本研究は、科学研究費助成事業(JP25660265, JP16H02596, JP16H06279 [先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(PAGS)])と日本科学協会の笹川科学研究助成による支援を受けて遂行されました。

本成果は、日本時間2022年7月13日付で「Molecular Biology and Evolution」誌に掲載されました。

Figure1
図: 本研究で推定されたdoublesexの機能進化過程
昆虫類の祖先状態を保持していると推定される代表としてマダラシミThermobia domestica、ハチ類以外の完全変態類の代表例としてカブトムシTrypoxylus dichotomusを示してある。

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