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2017/05/10

壊れた「DNAのファスナー」を修理するには?~細胞がDNAをコピーする際のバックアップシステムを発見~

Press Release

Acute inactivation of the replicative helicase in human cells triggers MCM8–9-dependent DNA synthesis

Toyoaki Natsume, Kohei Nishimura, Sheroy Minocherhomji, Rahul Bhowmick, Ian D. Hickson, Masato T. Kanemaki

Genes & Development DOI:10.1101/gad.297663.117

プレスリリース資料

情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の夏目豊彰助教と鐘巻将人教授らのグループは、コペンハーゲン大学のIan D. Hickson らのグループと共同で、DNA をコピーする際の失敗に対処する新たなしくみを発見しました。この成果は米国科学雑誌Genes & Developmentオンライン版に掲載されました。

1つの細胞が2つに増える際、DNAは正確に2倍にコピーされ(DNA複製)、2つの細胞に均等に分配されます。DNAをコピーするには二本鎖DNAを開く必要があり、この過程は服のファスナーを開ける動きに似ています(図1A)。ファスナーを開けるためには「スライダー」を引くことが必要ですが、細胞内でこの「スライダー」の役割をしているタンパク質がMCM2-7複製ヘリカーゼです。しかし、DNAはとても長いので(ヒトで約2m)、すべての二本鎖DNAを開くのは大変です。時として複製ヘリカーゼが外れてしまう事があり、これが一旦外れてしまうと、二度と元に戻すことはできません。このままでは遺伝情報は複製されないままになり、子孫の細胞から失われてしまいます。

本研究では複製ヘリカーゼを、独自に開発したオーキシンデグロン技術を駆使して人為的に壊して外した際に、細胞がどのように対処するのか観察しました(オーキシンデグロン技術に関してはこちらでご覧になれます)。その結果、MCM2-7複製ヘリカーゼによく似たMCM8-9ヘリカーゼがDNA複製の再開に働く新たなバックアップシステムを発見しました(図1B)。

抗がん剤にはDNAに傷をつけることでMCM2-7複製ヘリカーゼの脱落を促進して作用するものがあります。MCM8-9ヘリカーゼの阻害薬はバックアップを断つため、従来の抗がん剤作用を増強する新薬になるかもしれません(図2)。

この研究は、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の鐘巻研究室(夏目豊彰、西村浩平、鐘巻将人)とコペンハーゲン大学のIan D. Hickson研究室(Sheroy Minocherhomji, Rahul Bhowmick, Ian D. Hickson)との共同研究として行われました。

本研究は、文部科学省の科学研究費補助金(25891026, 15K18482, 17K15068, 25131722, 16K15095)、科学技術研究機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(さきがけ)(JPMJPR13A5)、持田記念医学薬学振興財団、SGH財団、住友財団の助成を受けて行われました。

Figure1

図1 DNA 複製の過程はファスナーを開ける動作に似ている
(A) DNA 複製をする際、二本鎖DNAを開く必要がある。スライダーが移動してファスナーを開くように、MCM2-7 複製ヘリカーゼが二本鎖DNAを開く。
(B) MCM2-7 複製ヘリカーゼ(スライダー)がその進行中に障害物に遭遇し、DNA のファスナーから外れる事がある。複製を続けるために、細胞はバックアップスライダーであるMCM8-9 ヘリカーゼを呼び込み、DNA の複製の停止に対処する。

Figure1

図2 MCM8-9ヘリカーゼに依存したDNA複製のバックアップシステム
DNA上の障害物によってMCM2-7複製ヘリカーゼが外れ、危険なDNA切断が生じてDNA複製が停止する。今回、MCM8-9ヘリカーゼがMCM2-7に代わってDNA合成を続けることを発見した(右上)。一方、MCM8-9が働かない場合、細胞は死に至る(右下)。

2017/05/08

DNA複製のライセンシング(許可)反応の分子観察

微生物遺伝研究部門・荒木研究室

Flexible DNA Path in the MCM Double Hexamer Loaded on DNA

Kohji Hizume, Hiroaki Kominami, Kei Kobayashi, Hirofumi Yamada, and Hiroyuki Araki

Biochemistry. Publication Date (Web): May 1, 2017 DOI:10.1021/acs.biochem.6b00922

DNA複製反応が起こる細胞周期S期に先立ち、その前のG1期までに、複製が開始する染色体領域には“複製反応をこの領域から開始する許可反応(ライセンシング)”が起こります。ライセンシング反応は、複製反応に使用されるDNAヘリカーゼの主要な構成因子であるMCM複合体がDNA上に配位される反応であることが知られています。

今回、微生物遺伝研究部門の荒木弘之教授・日詰光治助教らのグループは、試験管内でこのライセンシング反応を再現し、その結果得られたMCMとDNAとからなる複合体を原子間力顕微鏡(AFM)により観察しました。従来は、リング状のMCM複合体が二つ向かい合わせに結合した構造の中央をDNAがまっすぐに通過していると考えられていたのに対し、実際に得られたAFM観察像では、DNAが側面から漏出していたり、DNAのループ状構造が形成されていたりするなど、自由なDNAの通過パターンが存在するようすが検出されました。また、京都大学工学部の山田啓文教授のグループと共同研究を行い、高分解能周波数変調(FM)AFMによる観察も行い、二つのMCM複合体とDNAとの高解像度観察にも成功しました。これらの観察結果から、これまで考えられていたモデルとは異なるメカニズムで、DNA複製のライセンシングが行われている可能性が示唆されました。

DNA複製反応は、多くのタンパク質因子がDNAに作用し、互いに構造変化をしながら進行していく動的な反応です。このような反応を理解するうえで、本研究のような分子観察を応用してDNA‐タンパク質の配位を解明していくことは、反応の分子機構を明らかにするうえで非常に重要なアプローチです。

Figure1

DNA上に配位した二つのMCM複合体のFM-AFM観察像。これまで考えられてきたように、二つのMCM複合体をまっすぐ通過するようにDNAが結合しているもの(A)に加えて、MCM複合体の側面からDNAが出てくるもの(B)や、DNAがループを形成しているもの(C)が観察された。


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