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2021/07/29

ご先祖様だと信じてきたもの、実は叔母のような関係?
カエル抗菌ペプチド「ボンベシン」と哺乳類神経ペプチド「ガストリン放出ペプチド」とは異なる進化系譜だった

The gastrin-releasing peptide/bombesin system revisited by a reverse-evolutionary study considering Xenopus

A. Hirooka, M. Hamada, D. Fujiyama, K. Takanami, Y. Kobayashi, T. Oti, Y. Katayama, T. Sakamoto, H. Sakamoto

Scientific Reports 11, 13315 (2021) DOI:10.1038/s41598-021-92528-x

プレスリリース資料

岡山大学学術研究院自然科学学域(理学部附属牛窓臨海実験所)の坂本浩隆准教授と濱田麻友子准教授、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所、近畿大学、神奈川大学の共同研究グループは、生理活性物質であるボンベシンファミリーペプチドの進化の道筋とガストリン放出ペプチド(GRP)の普遍性を明らかにしました。これらの研究成果は6月25日、自然科学系の国際誌「Scientific Reports」(Springer Nature)に掲載されました。

カエルにおいて抗菌ペプチドとして働く「ボンベシン」と、哺乳類でオスの性機能や概日リズム、かゆみ感覚の伝達など多くの自律神経機能に関与することが知られている神経ペプチドの「GRP」は、非常に似た構造をしているため、ボンベシンからGRPが進化してきたと考えられてきました。しかしながら、これらふたつの遺伝子は独自の進化を遂げてきたものであることが明らかになりました。また、四肢動物におけるGRPの祖先的な役割を明らかにするため、ネッタイツメガエル(ゼノパス)のGRPとその受容体の発現を調べたところ、哺乳類と同様に「脳-腸ペプチド」系であることがわかり、その普遍的な役割が示されました。

本研究によって、両生類でも普遍的なGRP系が存在していることが明らかになり、生体において重要な役割を果たすGRP系の研究モデルとなることが期待されます。また、カエル特有の抗菌ペプチドであるボンベシンはその作用メカニズムを知ることにより、有用化合物として利用できるかもしれません。

本研究は、下記の支援を受けて実施しました。
・JSPS科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究 15K15202 研究代表者:坂本浩隆
・JSPS科学研究費補助金 国際共同研究加速基金15KK0257 研究代表者:坂本浩隆
・JSPS科学研究費補助金 基盤研究(S)15H05724 研究分担者:坂本浩隆
・JSPS科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)(学術研究支援基盤形成)先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)16H06280 研究支援者:坂本浩隆
・JSPS科学研究費補助金 新学術領域研究 (研究領域提案型) 21H00428 研究代表者:坂本 竜哉
・JSPS科学研究費補助金特別研究員奨励費 15J40220 研究代表者:高浪景子
・JSPS科学研究費補助金特別研究員奨励費 13J08283; 17J03839 研究代表者:越智拓海
・国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED) 961149 研究分担者:坂本浩隆
・国立大学法人岡山大学「女性研究者海外派遣事業」派遣研究者:濱田麻友子

遺伝研の貢献
マウス開発研究室の高浪景子助教はタンパク質発現解析およびカエル脳のマッピング解析に貢献しました。

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図: 今回明らかにしたボンベシン/ガストリン放出ペプチド(GRP)/ニューロメジンB(NMB)の進化系譜。(a) これまでは、ボンベシンからGRPとNMBが進化したと考えられてきましたが、(b) 本研究によって、ボンベシンはNMBがカエル系統でのみ特殊化したものである一方、GRP系はカエルを含め、脊椎動物の間で広く保存されていることがわかりました。
2021/07/27

液体のように振る舞うクロマチンとコヒーシンが作るDNAループ

前島研究室・ゲノムダイナミクス研究室

Liquid-like chromatin in the cell: What can we learn from imaging and computational modeling?

Yuji Itoh, Esmae J. Woods, Katsuhiko Minami, Kazuhiro Maeshima, and Rosana Collepardo-Guevara

Current Opinion in Structural Biology 71, 123-135 (2021) DOI:10.1016/j.sbi.2021.06.004

The loopy world of cohesin.

Kazuhiro Maeshima and Shiori Iida

eLife 10, e71585 (2021) DOI:10.7554/eLife.71585

真核細胞内のクロマチンは、DNA、ヒストンと様々な関連タンパク質からなる、負に帯電した長いポリマーです。クロマチンは強く帯電していて不均一なため、その構造は化学修飾やタンパク質の量などの様々な因子や、陽イオンなどの周囲の環境に応じて、10 nm線維から折りたたまれた30 nm線維、凝集体・液滴まで大きく変化します。近年の一分子ヌクレオソームイメージング(Figure 1A)など、イメージング技術の進歩によって、クロマチンが細胞内でダイナミックな液体のように振る舞い、構造を変化させることがわかってきました(Figure 1B)。また、近年のコンピュータモデリングでは、多数のヌクレオソームを原子レベルのシミュレーションから粗視化したクロマチン繊維モデルに至る幅広いスケールで扱うことによって、細胞内の液体のようなクロマチンの振る舞いを再構築することが可能となっています (Figure 1C)。さらに、イメージング技術のみでは不可能な、観察された振る舞いを引き起こす分子メカニズムを調べるための強力な技術となっています。本総説論文では、イメージングとモデリング研究の両方における新しい知見に基づいて、生細胞内のクロマチンのダイナミックな側面と、その機能との関係性について議論しました。ゲノムダイナミクス研究室の伊藤優志 日本学術振興会特別研究員(元遺伝研博士研究員)、南克彦 総研大生、前島一博 教授、英国・ケンブリッジ大学のEsmae J. Woods 大学院生、グループリーダーRosana Collepardo-Guevara 博士の共同成果です。

日本学術振興会 (JSPS) 及び文部科学省科研費 (19K23735, 20J00572, 20H05936, 21H02453)、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、国立遺伝学研究所博士研究員、JSPS特別研究員(PD)の支援を受けました。

また、7月26日、ゲノムダイナミクス研究室の前島一博 教授、飯田史織 総研大生はeLife誌にInsight 論文を掲載しました。クロマチンが細胞内で様々な機能を発揮するためには、クロマチンループドメインなどのクロマチン高次構造が重要です。このクロマチンループの形成はコヒーシンというリング状の分子複合体が担っていると考えられています (Figure 2 左)。現在、クロマチンループ形成のメカニズムは細胞生物学のとてもホットな話題となっており、コヒーシンがそのリングの中でDNAを押し出すloop extrusionと呼ばれるモデルが脚光を浴びています。また実際に、試験管内でコヒーシンが裸のDNAを押し出す様子も捉えられています。最近、英国フランシス・クリック研究所のFrank Uhlmann 博士らのグループは試験管内でコヒーシンがどのようにloop extrusionを引き起こし、ループを作るのかを発表しました (Figure 2下段)(Higashi et al. “A Brownian ratchet model for DNA loop extrusion by the cohesin complex”. eLife, 2021. DOI:10.7554/eLife.67530)。その論文の内容に基づいて、細胞内でのコヒーシンの振る舞いや、loop extrusionが細胞内で起こる可能性について考察しました。

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Figure1:(A,B)単一ヌクレオソームイメージング(A)をはじめとしたイメージング技術の進歩により、生きた細胞内において液体のようなクロマチンの振る舞いや、核内でのダイナミクスの多様性(B)を捉えられるようになった。 (C)近年の計算機シミュレーションでは、原子(左)・アミノ酸(中央)・ヌクレオソーム(右)と、幅広い階層を組み合わせたモデリングが可能となり、先端イメージングにより発見されたクロマチンの振る舞いを原子レベルの解像度で検証できる強力な手段となっている。
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Figure2:Higashi et al. では、loop extrusionのメカニズムを、コヒーシンがDNAをリング構造のなかに入れる反応(図上、DNA捕捉)の“枝分かれ経路”として提唱した。(左)コヒーシンの構造。(中央、右)Kleisin N-gate が開くか開かないかでコヒーシンがDNAを捕捉するか、loop extrusionにはたらくかが決まる。(上)N-gateが開くときはコヒーシンはDNAを捕捉できる。(下)N-gateが開かないとコヒーシンはDNAを捕捉できず、ブラウン運動をつかったラチェットによってDNAループを押し出す。しかしながら、このメカニズムでは、高等真核細胞ではヌクレオソームの塊が立体障害となり、ループを作れない。
2021/07/27

焼酎黒麹の白色化によって起こる遺伝子変異

Analysis of genomic characteristics and their influence on metabolism in Aspergillus luchuensis albino mutants using genome sequencing

N. Yamamoto, N. Watarai, H. Koyano, K. Sawada, A. Toyoda, K. Kurokawa, T. Yamada

Fungal Genetics and Biology 155, 103601 (2021) DOI:10.1016/j.fgb.2021.103601

プレスリリース資料

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の山田拓司准教授らは、株式会社ぐるなびとの共同研究において、焼酎麹として用いられている黒麹と、黒麹が突然変異で白色化した白麹のゲノム解析を行い、白麹の遺伝的特徴を明らかにしました。

従来の白麹研究では、研究用の白麹IFO4308株に遺伝子の欠損などが見つかっていますが、そうした特徴が白麹株一般に当てはまるかどうかは不明でした。本研究では、種麹屋の協力のもと、白麹IFO4308株と、複数の実用焼酎用白麹のゲノム比較を行ったところ、両方の白麹に共通する遺伝子変異が複数特定されました。一方、黒麹とIFO4308株との比較では違いがありませんでしたが、種麹屋が保有する白麹には共通した変異が起きている遺伝子が多数見つかりました。別々に継代されてきた種麹屋の白麹に同じ変異が見られたことは、白色化が起きると、特定の遺伝子に変異が入りやすくなるためだと考えられます。そうした変異がある遺伝子群には、糖新生(用語2)の重要な酵素であるイソクエン酸リアーゼ(用語3)に関連する遺伝子が含まれており、種麹屋が保有する白麹株は、酢酸を炭素源として用いて生育することができなくなっていました。

イソクエン酸リアーゼを含めた特定の遺伝子に変異が入りやすい理由は不明でしたが、従来用いられてきた白麹株以外に研究対象を広げたことで、これまで明らかになっていなかった焼酎白麹の特性を示すことができました。

この研究成果は7月2日、米国の科学誌「Fungal Genetics and Biology」にオンライン掲載されました。

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図: 遺伝子の変異数。実用白麹株で共通する変異が多数見つかった。
2021/07/27

女性は「かゆみ」に敏感?
-女性ホルモンの変動により「かゆみ」の感じ方が変わるしくみを解明-

Figure1

Estrogens influence female itch sensitivity via the spinal gastrin-releasing peptide receptor neurons

K. Takanami*, D. Uta, K. Matsuda, M. Kawata, E. Carstens, T. Sakamoto, and H. Sakamoto
*Corresponding author(責任著者)

PNAS 118, e2103536118 (2021) DOI:10.1073/pnas.2103536118

プレスリリース資料

妊娠中や更年期などの女性ホルモンが変動する時期に、女性では「かゆみ」の感じやすさが変わることが知られています。しかしながら、かゆみの感じやすさが変わる原因はよくわかっていませんでした。

情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の高浪景子助教(前:岡山大学理学部附属牛窓臨海実験所)と岡山大学、京都府立医科大学、富山大学、佛教大学、カリフォルニア大学デイビス校の国際研究チームは、ラットを用いて「かゆみ」の感じ方が変わるしくみの解明に取り組みました。

まず、実験的に女性ホルモンのエストロゲンやプロゲステロンの濃度を変動させた雌ラットで、人為的にかゆみを誘発させました。すると、かゆみ感覚の指標になる「引っ掻き行動」がエストロゲンの存在と関係することがわかりました。次に、エストロゲンが「かゆみ情報」をどのような神経伝達機構を介して皮膚から脳へ伝えるのか調べました。その結果、エストロゲンが脊髄において「ガストリン放出ペプチド(GRP)受容体」神経を活性化することで引っ掻き行動を制御することが分かりました(図)。本成果によって、女性ホルモンのエストロゲンが脊髄のGRP受容体を介して、かゆみの感じ方を変えていることを世界で初めて明らかにしたのです。

本研究成果は女性のかゆみ疾患の原因解明と治療法の開発に寄与することが期待されます。

本研究は文部科学省の科研費(高浪景子:研究活動スタート支援22800053, 若手研究(B) 26870496, 特別研究員奨励費15J40220, 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化)15KK0343, 基盤研究(C)19K06475、歌大介:基盤研究(C)15K08667)、JST A-STEP(高浪景子:AS242Z02632Q)、多様な生物・戦略による研究直結型教育のグローバル共同利用拠点(岡山大学・牛窓臨海)、女性研究者支援制度(京都府立医科大学、岡山大学、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所)の支援により遂行されました。

本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に2021年7月27日午前4時(日本時間)に掲載されました。

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図: エストロゲンが脊髄のガストリン放出ペプチド受容体(GRPR)発現神経を介して、「かゆみ」を強める。

▶ 本成果の論文が「今週のPNAS」に選ばれました。

2021/07/12

膨大なメタゲノムデータの相同性検索を可能にするシステム「PZLAST」

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理化学研究所のスーパーコンピューター「皐月」(黒川顕教授撮影)

PZLAST: an ultra-fast amino acid sequence similarity search server against public metagenomes

H. Mori, H. Ishikawa, K. Higashi, Y. Kato, T. Ebisuzaki, K. Kurokawa

Bioinformatics 2021 July 7 DOI:10.1093/bioinformatics/btab492

プレスリリース資料

「環境」中の細菌集団の研究すなわち「マイクロバイオーム研究」が急速に進展したことにより、DDBJなどの公共データベースにはヒト腸内や土壌、河川、海洋など多様な環境に生息する細菌集団のゲノム断片(メタゲノム)データが大量に登録されています。これらのゲノム断片のデータは「遺伝子の宝の山」と言われていますが、その情報量があまりにも莫大であるため、「宝の山」を「発掘」するための解析技術の適用が困難で、「似た配列」を探し出す相同性検索すら難しい状態でした。

情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所、理化学研究所、株式会社PEZY Computingの共同研究グループは、公開中の膨大なゲノム断片から予測したアミノ酸配列データをもとに極めて高速かつ高精度にアミノ酸配列の相同性検索を可能とするWebサービス「PZLAST」を開発しました。「PZLAST」を利用することで「遺伝子の宝の山」に埋もれている新たな遺伝子をその遺伝子が存在する環境の情報などとともに容易に「発掘」することが可能になったのです。

膨大なゲノム断片のデータが検索可能になったことで、薬剤耐性因子、病原因子やウイルスなど特定の遺伝子の環境中での動態や、新たな機能を持つ遺伝子の発見、遺伝子と環境の関係性の解析、創薬など、さまざまな研究の発展に寄与することが期待できます。

本研究は文部科学省高性能汎用計算機高度利用事業「ヘテロジニアス・メニーコア計算機による大規模計算科学(代表:姫野龍太郎)」の支援によりおこなわれました。

本研究成果は、国際計算生物学会誌「Bioinformatics」に2021年7月8日(日本時間)に掲載されました。

▶ PZLASTはこちらでご利用いただけます

Figure1
図: 「PZLAST」の概念図

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