Archive

2014/05/23

高度な脳機能を担う『層構造』の起源に新しい光

脳機能研究部門・平田研究室

A common developmental plan for neocortical gene-expressing neurons in the pallium of the domestic chickenGallus gallus domesticus and the Chinese softshell turtle Pelodiscus sinensis.

I. K. Suzuki and T. Hirata Front. Neuroanat.(2014)  8 20 doi: 10.3389/fnana.2014.00020

哺乳類の際立った特徴は、大脳皮質の高度な発達です。後から生まれた神経細胞が上へ上へと重層されることで、みごとな層構造を作りあげます。この哺乳類固有の脳構造がどのように進化してきたのかは、古くから興味を持たれてきた大きな謎です。我々は、以前の研究で、層状の大脳皮質を持たないニワトリの脳にも、哺乳類大脳皮質の上層細胞と下層細胞に類似した神経細胞が存在することを報告しました。しかし、ニワトリと哺乳類の比較だけでは、進化の過程で起きた変化を予測できず、他の動物種の解析が待望されていました。今回、我々は、より原始期的な脳だといわれるカメの大脳皮質相同領域を用いて、遺伝子発現解析を行いました。カメの脳は一層の神経細胞層をもち、ニワトリの脳とは形態が大きく異なります。しかし、大脳皮質層マーカー遺伝子オーソログの発現を調べると、カメとニワトリの神経細胞の分布パターンは、極めて良く似ている事がわかりました。具体的には、いずれの動物においても、下層細胞は内側に、上層細胞は外側に分布しており、これが非ほ乳類羊膜類における基本型であると考えられました。この結果は、我々が提唱する「大脳皮質神経細胞の古い起源」を支持します。そして、その背後には、誕生時期依存的に神経細胞の個性を決める機構の普遍性があるだろうと考えています。

Figure1

羊膜類における脳進化のモデル

2014/05/22

社会行動を自動解析するフリーウェアを新たに開発

 

A male-specific QTL for social interaction behavior in mice mapped with automated pattern detection by a hidden Markov model incorporated into newly developed freeware

Toshiya Arakawa1, Akira Tanave1, Shiho Ikeuchi, Aki Takahashi, Satoshi Kakihara, Shingo Kimura, Hiroki Sugimoto, Nobuhiko Asada, Toshihiko Shiroishi, Kazuya Tomihara, Takashi Tsuchiya, Tsuyoshi Koide. ※1 equally contributed.
Journal of Neuroscience Methods Available online 21 April 2014 doi:10.1016/j.jneumeth.2014.04.012

プレスリリース資料

マウスの社会行動の解析はヒトの社会性関連疾患の理解の上でも重要な研究ですが、その解析手法は主に実験者による行動観察に依存しており、膨大な時間と労力を要することが研究上の大きな支障となっています。

 大学院生の田邉彰さんと小出剛准教授らは共同研究者らと共に、隠れマルコフモデルを用いて、2個体のマウスの様子を撮影したビデオ画像から、実験者による行動観察に準じたレベルで社会行動を自動推定するプログラムを作製しました。さらに、このプログラムを組み込み、社会行動の動画撮影記録からその位置情報のトラッキング、社会行動の自動推定、さらにその解析結果の出力までを行うフリーウェアソフト DuoMouseを新たに開発しました。

また、DuoMouseを用いて実際にマウス社会行動にかかわる遺伝子座のマッピングに成功し、DuoMouseが遺伝子マッピングや薬理効果の解析など、多数の個体の解析が要求される実験に有効に利用できることを示しました。

このDuoMouseは以下のサイトより公開しており、今後社会行動の解析に取り組む多くの研究者の研究活動に貢献するものと期待されます。
(https://zenodo.org/records/12577797)

本研究は情報・システム研究機構新領域融合プロジェクト(遺伝機能システム学)、科学研究費補助金(23650243, 25116527)、国立遺伝学研究所共同研究(2010-A40, 2012-A85)の支援を受けて行われました。

Figure1
 

社会行動を自動解析するための隠れマルコフモデルの概念図とDuoMouseの解析結果表示ページ

2014/05/16

骨リモデリングによるゼブラフィッシュ側線器官の形成メカニズム

初期発生研究部門・川上研究室

Development of the lateral line canal system through a bone remodeling process in zebrafish.

Hironori Wada, Miki Iwasaki, Koichi Kawakami Dev. Biol.,  in press, doi: 10.1016/j.ydbio.2014.05.004

動物の皮膚はさまざまな組織からなる複雑な構造をしています。皮膚の感覚器(神経組織)は、決まった位置に決まったパターンで存在することによって、適切な感覚受容を行っています。これらの感覚器は、どのように形成されるのでしょうか。

ゼブラフィッシュの側線器官(感丘)は、稚魚期には体表にありますが(図A)、魚の成長過程において、骨組織であるウロコの中に取り込まれます(管器、図C)。我々は、この移行過程において、骨形成と骨吸収(骨リモデリング)が行われていることを明らかにしました(図B)。さらに、ウロコの移植実験と突然変異体解析から、(1)側線器官が骨リモデリングに必要であること、また、(2)骨リモデリングは側線器官の成長に必要であること、を示しました。これらの結果は、感覚器(神経組織)と骨(結合組織)は、密接に相互作用しながら、形態形成を行っていることを示しています。

骨組織の恒常性の維持は、生体にとって重要な役割を持っています。骨形成と骨吸収のバランスが崩れることによって、骨粗鬆症などの骨疾患が生じます。魚のウロコは、体表近くに存在する骨組織であるため、その形成・吸収過程を生きたまま観察することができます。骨リモデリング過程における組織間の相互作用を明らかにすることが今後の課題です。

Figure1

(A)稚魚において、側線器官は体表に存在する。(B)魚の成長過程で、側線器官の周囲の骨が隆起する。同時に側線器官の下の骨が吸収される。(C)側線器官は、骨に取り囲まれ、皮膚(ウロコ)の下に埋没する。

2014/05/14

トムソン・ロイター論文引用度指数(2008~2012年)で総合2位にランクイン

「2015年版大学ランキング」(朝日新聞出版)で紹介の、トムソン・ロイター論文引用度指数(2008~2012年)ランキングで、遺伝研が総合2位にランクされました。また、同分野別ランキングでは、微生物学と動植物学で1位にランクされました。

論文引用度指数(国内2008~2012年)

総合

  大学・機関 論文数 引用度指数
分子科学研究所 1,162 138.4
国立遺伝学研究所 656 132.6
国立天文台 1,674 130.8
生理学研究所 600 130.1
立教大学 707 126.4
東京大学 36,938 125.7
首都大学東京 2,859 125.7
東京工業大学 11,669 125.6
高エネルギー加速器研究機構 2,605 124.0
10 京都大学 27,234 122.6

分野別、論文引用度指数(国内2008~2012年)

微生物学

  大学・機関 論文数 引用度指数
国立遺伝学研究所 82 154.1
順天堂大学 122 152.4
慶応義塾大学 228 140.7
東京医科歯科大学 172 138.3
宮崎大学 169 137.6
京都大学 976 137.2
金沢大学 117 132.7
熊本大学 203 130.5
東京大学 1,670 129.5
10 東京工業大学 221 126.7

動植物学

  大学・機関 論文数 引用度指数
国立遺伝学研究所 52 146.7
基礎生物学研究所 161 121.2
横浜市立大学 102 116.8
総合研究大学院大学 108 116.7
金沢大学 101 115.3
宇都宮大学 110 114.5
名古屋大学 474 113.9
奈良先端科学技術大学院大学 185 113.3
大阪大学 172 110.5
10 東京大学 1,464 108.5

※このデータは「大学ランキング2015」(朝日新聞出版)の承諾を得て転載しています。無断で転載、送信するなど
   朝日新聞社など著作権者の権利を侵害する一切の行為を禁止します。

2014/05/09

昼に光合成、夜に細胞分裂が起こるのはなぜか?その謎を解明!

Press Release

Translation-independent circadian control of the cell cycle in a unicellular photosynthetic eukaryote.

Shin-ya Miyagishima, Takayuki Fujiwara, Nobuko Sumiya, Shunsuke Hirooka, Akihiko Nakano, Yukihiro Kabeya, Mami Nakamura Nature Communications 5,Article number:3807 doi:10.1038/ncomms4807

プレスリリース資料

生物のある活動が、一日のうちの決まった時間帯に起こるという現象は、自然界でよく観察されることです。細胞レベルでもそのことは当てはまり、細胞分裂の起こる時間帯が生物によって限定されていることは、これまでにも観察されてきました。では、なぜ、そのような時間帯の制限が存在するのでしょうか。それはどのような仕組みによるのでしょうか。遺伝学研究所の宮城島進也特任准教授らは、細胞分裂の観察が容易な単細胞性の藻類(真核生物の紅藻)を用いて、その謎を突き止めることに成功しました。

紅藻は、光合成を行う水生生物で、夜、細胞分裂が起こることが知られています。宮城島特任准教授らは、まず、細胞分裂の進行をオンにするスイッチは何かを調べました。生物の細胞内に、概日リズムを刻む生物時計(細胞内時計)が存在することはよく知られているのですが、その時計に連動したスイッチがあるはずなのです。そして、詳しく解析した結果、E2Fと呼ばれるタンパク質がスイッチとしてはたらくことで、細胞分裂は夜引き起こされることが明らかになりました。

次に、そのスイッチを壊す実験を行って、時間帯の制限を解除しました。すると、細胞は昼夜問わず分裂するようになりましたが、それにもかかわらず、全体の細胞分裂数は若干減少しました。そればかりか、活性酸素が引き起こす酸化ストレスが昂進していることがわかりました。活性酸素は、細胞内のミトコンドリアの呼吸や葉緑体の光合成がエネルギーを作り出すときに発生する有害な副産物です。このことから、細胞分裂が起こる時期として、活性酸素のストレスが最も少ない時間帯が選ばれているという事実が見えてきました。すなわち、光合成を行う生物の細胞では、ミトコンドリアや葉緑体が活動する時間帯と細胞分裂が起こる時間帯が分けられることで、活性酸素の子孫細胞に与えるダメージが、最小限にとどめられているのではないかという推測が得られたのです。

宮城島特任准教授らの研究は、今後、さまざまな生物での細胞内時計と酸素毒性対応機構の研究の端緒となるものと期待されます。さらに今回、生物時計の研究においても重要な発見がもたらされました。E2Fスイッチは、従来の細胞内時計と異なる、遺伝子発現に依存しない新規の時計機構に誘導されている初の事象と考えられるのです。新たな時計機構の解明への期待も高まります。

Figure1

概日リズムによる真核藻類の細胞分裂制御。真核藻類は昼間葉緑体(細胞内の緑の部分)による光合成により成長し、夜間に分裂する。

2014/05/07

Mudi•ワンクリックで酵母の変異点を同定

大量遺伝情報研究室・中村研究室 細胞遺伝研究部門・小林研究室

Mudi, a web tool for identifying mutations by bioinformatics analysis of whole-genome sequence.

Naoko Iida, Fumiaki Yamao, Yasukazu Nakamura, and Tetsushi Iida Genes to Cells 28 APR 2014 DOI:10.1111/gtc.12151

遺伝学は、変異株を単離することで未知の生命現象の分子機構や遺伝子機能を明らかにできる強力な手法です。しかし従来のクローニング法は、手間がかかり網羅的な変異同定が困難でした。近年、次世代シークエンサー(NGS)の進歩により、実験室単位での全ゲノムシークエンスが可能になってきました。NGSによる全ゲノムシークエンスとバイオインフォマティクス解析を取り入れた変異点同定法は、高速で強力なアプローチです。

一般の実験研究者自身が、全ゲノムシークエンス解析を行う際、バイオインフォマティクス解析の敷居が高いという問題があります。今回、私たちは、「Webからワンクリックで変異同定解析が出来るバイオインフォマティクスツール”Mudi”」を構築•公開しました。 (Mudi; http://naoii.nig.ac.jp/mudi_top.html)

Mudiは、戻し交配により分離した変異株プールと野生型株のゲノムリシークエンスデータをWebサイトからアップロードすれば、ワンクリックで解析が実行でき、短時間で変異点リストを得ることができるシステムです。現在、Mudiはゲノム情報がよく整備されたモデル生物として、出芽酵母(S. cerevisiae)と分裂酵母(S. pombe, S. japonicus)を対象に公開していますが、他生物への応用も可能です。このシステムによって、遺伝学的解析の高速化が期待されます。

Figure1

Webツール”Mudi”による変異点同定。戻し交配により分離した変異体プールからサンプル調整を行い、NGSによるゲノムリシークエンスを行う。Mudiツールによるバイオインフォマティクス解析により変異点を検出する。

2014/05/07

「消えた遺伝率」の謎に迫る研究成果を発表

マウス開発研究室・小出研究室

Segregation of a QTL cluster for home-cage activity using a new mapping method based on regression analysis of congenic mouse strains

Shogo Kato, Ayako Ishii, Akinori Nishi, Satoshi Kuriki, Tsuyoshi Koide Heredity. advance online publication 30 April 2014; doi:10.1038/hdy.2014.42

行動などのありふれた表現型にかかわる遺伝子座(QTL)の効果を示すためには、コンジェニックマウス系統と呼ばれる、QTLを含む染色体領域を他の系統の遺伝的背景に導入した系統を作製することが効果的です。しかし、このようにして特定の系統に導入されたQTL領域は、狭めるにしたがって効果が消えてしまったり効果が変化したりする現象がよくみられ、「消えた遺伝率」と呼ばれる遺伝学の大きな問題となっています。

 小出剛准教授らの研究室は、統計数理研究所の加藤昇吾助教および栗木哲教授との新領域融合プロジェクト研究で、QTLとしてマップされた領域に複数の独立のQTLが存在してクラスターを作っていることを明らかにしました。方法としては、多くの部分的に重なり合ったコンジェニック系統のホームケージ活動性の行動データについて、そのゲノムの重なり合った位置情報と行動データから、回帰モデルを用いて、どのゲノム領域がどのような効果を持っているか解明する方法を開発しました。その結果、全体として活動量を下げる効果を持っていたQTL領域は、実は4つのQTLからなるクラスターを構成し、低活動にするQTLが2か所、高活動にするQTLが1か所、その高活動の効果を打ち消す活性をもったQTLが1か所あることが分かりました。

この結果は、今後ありふれた行動などの表現型にかかわる遺伝子の分子メカニズムを正確に理解し、「消えた遺伝率」の謎に迫る上で重要な情報をもたらしてくれると期待できます。

この研究は情報・システム研究機構新領域融合プロジェクト(遺伝機能システム学)、科学研究費補助金(23650243, 25116527)、山田科学振興財団の支援を受けて行われました。

Figure1

コンジェニック系統のホームケージ活動性から回帰モデルで判明した4つのQTL.各コンジェニック系統はそれぞれ異なった領域を持っていますが、各系統が示すホームケージ活動性はそれぞれ持っている領域により異なります。このデータを用いて、ゲノム領域の情報とともに回帰モデルによりホームケージ活動性にかかわる遺伝子領域を詳細にマッピングしました。

2014/04/23

進化遺伝研究部門 Neha Mishraさんが「総合研究大学院大学学長賞」を受賞

Ms. NEHA MISHRA
明石裕教授(左) Neha Mishraさん(右)
Neha Mishraさん(進化遺伝研究部門 明石研究室)が「Identifying global forces of evolution in Drosophila genomes」の研究により、総合研究大学院大学学長賞を受賞しました。 本賞は、「高い専門性と広い視野」という本学が目指す教育研究の理念を達成することを期待して、博士号取得のための研究を充分に計画している、または既にその研究に着手した在学生を表彰することにより優れた学位研究を奨励することを目的としています。
2014/04/18

異なる方向に変化した遺伝子調節のしくみが、新たな種をもたらす!

Press Release

Evolutionarily Diverged Regulation of X-chromosomal Genes as a Primal Event in Mouse Reproductive Isolation

Ayako Oka, Toyoyuki Takada, Hironori Fujisawa, and Toshihiko Shiroishi PLoS Genet Accepted manuscript online,   2014, doi/10.1371/journal.pgen.1004301

プレスリリース資料

異なる生物集団の間では、交配しても子が生まれない、生まれても生存できない、交配自体を行わないといったことがありえます。たとえば、祖先が共通であっても「長い間、地理的に隔てられる」といった要因によって、子孫を残せなくなることが知られています。このような現象は「生殖隔離」とよばれ、動物や植物で広くみられます。

生殖隔離は、新たな種を作り出すためにきわめて重要です。生殖隔離がなければ、一度分離した集団でも再び交配することで遺伝子が混ざり合い、種として成り立たないことになってしまいます。古くより、生殖隔離がおきるメカニズムとして、「ドブジャンスキー・ミュラー (Dobzhansky-Muller) モデル」が提唱されてきました。このモデルでは「分離した集団において、互いに作用する複数の遺伝子が独立に進化した後に交配すると、生まれた子(雑種個体)で、遺伝子の働きに不適合が生じるため」と説明されており、実際に、X染色体上の遺伝子が不適合をおこしやすいことが知られています。

ただし、その具体的な分子メカニズムについては、ほとんどわかっていませんでした。今回、情報・システム研究機構新領域融合研究センターの岡彩子特任研究員、統計数理研究所の藤澤洋徳教授、国立遺伝学研究所の高田豊行助教、それに城石俊彦教授らの共同研究グループは、50〜100万年前に共通祖先から分かれた2亜種のマウスを対象にした実験を行うことで、謎だった分子メカニズムの解明に成功しました。共同研究グループは、生殖能力の低下が観察されるX染色体のみが別亜種から由来する雄のマウスの全ゲノムについて遺伝子の発現解析を行い、X染色体上の遺伝子に発現異常が生じていることを突き止めました。この発現異常が生殖隔離の原因であり、新しい種がうまれる分子メカニズムと考えられます。

Figure1

図:染色体コンソミック系統における遺伝子の発現異常。正常な精巣組織には環状の構造(精細管)の中に減数分裂を行っている生殖細胞がみられるが(写真左上)、X染色体コンソミック系統ではみられない(写真左下)。X染色体コンソミック系統では、MSM系統由来のX染色体上の遺伝子の20%で発現異常がみられる。

2014/04/17

攻撃行動にブレーキをかける前頭葉の働きを詳細に解明

Press Release

Control of Intermale Aggression by Medial Prefrontal Cortex Activation in the Mouse.

Aki Takahashi, Kazuki Nagayasu, Naoya Nishitani, Shuji Kaneko, Tsuyoshi Koide PLOS ONE April 16, 2014 doi:10.1371/journal.pone.0094657

プレスリリース資料

相手に危害を加えようとする攻撃行動は、動物が、なわばりや地位、子どもを守ろうとするときなどに観察されます。しかし、この攻撃行動は過剰なものとならないように、実は抑制がきいたものと考えられています。例えば、雄マウスは、なわばりに侵入してきた雄に攻撃行動をとりますが、そのときに相手を殺してしまうことはないからです。攻撃行動にブレーキがかかる神経メカニズムがあるのです。いったい、それはどのようなものでしょうか。高橋阿貴助教らはこの問題に取り組みました。

これまでの研究で、齧歯類、霊長類(ヒトを含む)において、攻撃行動に重要な働きをする脳の領域の1つとして、前頭葉が指摘されてきました。そこで今回、雄マウスを用いて、前頭葉の働きを詳しく解析しました。その結果、前頭葉の神経細胞が攻撃行動を抑制することを初めて証明し、その詳細な仕組みまでも明らかにすることができたのです。

このような解析を可能としたのは、オプトジェネティクス(光遺伝学)の利用です。この新しい技術は、光を当てることによって、特定の神経細胞を活性化したり抑制したりする方法なのです。

前頭葉の中でも攻撃行動に関わる重要な部位は、「内側前頭前野」という箇所です。今回、内側前頭前野に存在するある種の神経細胞を活性化すると、攻撃行動の頻度が減少することが判明しました。また、すでに攻撃行動をとっているときに、この神経細胞を活性化させても、攻撃行動を即座に抑制することはできないことがわかりました。

これらのことから内側前頭前野は、攻撃行動を起こりにくくする働きをするが、ひとたび始まってしまった攻撃行動を止めることはできないということが明らかになりました。

マウスとヒトの脳の基本的な仕組みはある程度似ていることから、マウスでの知見は、過剰な攻撃性のメカニズムの理解やそれをコントロールする薬物の探索において、ヒトでの研究に役立たせることができると考えられます。今後は、今回明らかになった知見を基に、攻撃行動が抑制される神経メカニズムを、より詳細に、より包括的に理解すべく、研究を続けていきます。

Figure1

mPFCを光刺激すると、雄マウスの攻撃行動が減少した。
ON:光刺激(青色光(20Hz, 5mW)を照射)、OFF:光刺激なし、灰色線:各個体のかみつき行動の頻度、黒線:平均値。

2014/03/28

新生児の大脳皮質で神経回路が成長する様子を観察することに成功

Press Release

NMDAR-Regulated Dynamics of Layer 4 Neuronal Dendrites during Thalamocortical Reorganization in Neonates.

Hidenobu Mizuno, Wenshu Luo, Etsuko Tarusawa, Yoshikazu M. Saito, Takuya Sato, Yumiko Yoshimura, Shigeyoshi Itohara, and Takuji Iwasato Neuron  27 March 2014 10.1016/j.neuron.2014.02.026

プレスリリース資料

ヒトの脳表面の大部分を占める大脳皮質は、哺乳類に特有の脳構造です。大脳皮質には複雑な「神経回路」があり、これによって、知覚や運動、思考、記憶などの高度な情報処理が行われています。大人の神経回路は精密につくられていますが、生まれた時は未熟でおおまかにしかできていません。赤ん坊の脳では、様々な刺激をうけて神経回路が劇的に成長します。しかし、そのプロセスやメカニズムは、適当な観察・解析技術がなかったため今までほとんどわかっていませんでした。

当研究グループでは、生まれて間もないマウスの大脳皮質の神経回路を可視化する方法を開発しました。さらに、生きたまま脳の深部までとらえることのできる二光子顕微鏡の観察技術の改良もはかりました。これらの新しい技術を組み合わせることで、新生児大脳皮質の神経回路が成長する様子を直接観察することに、世界で初めて成功しました

その結果、新生児マウス大脳皮質の神経細胞は突起を激しく伸び縮みさせながら、結合すべき「正しい」相手に向かって突起を広げていくことがわかりました。一方、遺伝子操作によって情報をうまく受け取れなくした神経細胞では、突起の伸び縮みの程度が異常に大きくなり、「正しい」相手の有無と関係なくランダムに突起が広がりました。

この研究では、新生児の大脳皮質で神経回路が発達するときの正常な過程と異常な過程を直接観察することに初めて成功しました。この新しいアプローチは、ヒトをはじめとする哺乳類の赤ん坊の脳の発達メカニズムの理解に大きく貢献することが期待されます。

Figure1

二光子顕微鏡によって観察した大脳皮質神経細胞が正常に成熟する様子。樹状突起の先端(矢頭)が伸び縮みしていることがわかります。(0hの白色の矢頭:最初の枝の先端の位置。4.5h, 9h, 18hの白の矢頭:変化しなかった枝。黄色の矢頭:伸びた枝。青色の矢頭:縮んだ枝。下図の緑色の部分はバレル内側。)

18時間に4回(生後5日目、4時間半後、9時間後、18時間後)マウスを顕微鏡のところに持ってきて同じ細胞を観察しています。1回の観察は30分ほどです。残りの時間にはマウスはミルクを与えられ兄弟姉妹とともに健康に成長しています。

2014/03/14

特殊な性染色体を持つ日本海イトヨのゲノムを解読

Press Release

Sex chromosome turnover contributes to genomic divergence between incipient stickleback species.

Yoshida, K., Makino, T., Yamaguchi, K., Shigenobu, S., Hasebe, M., Kawata, M., Kume, M., Mori, S., Peichel, C. L., Toyoda, A., Fujiyama, A., and Kitano, J. PLOS Genetics  10(3): e1004223 (2014) DOI: 10.1371/journal.pgen.1004223

プレスリリース資料

性染色体はオスになるかメスになるかを決定する性染色体で、例えばヒトの場合には、XYをもつと男性、XXをもつと女性になります。しかし、どの染色体が性染色体になるかは種によって様々で、近縁の種間でも性を決定する染色体が異なっている場合が多く知られています。しかし、このような性染色体の転換現象の生物学的な意義については多くが不明です。

今回、我々は、日本海イトヨと太平洋イトヨが異なる性染色体を持つことに着目し、これらの全ゲノムを決定することで、性染色体の転換現象が遺伝子の進化に与える効果を解析しました。日本には、太平洋イトヨと日本海イトヨの二種のイトヨが生息していますが、これまでの我々の研究の結果、日本海イトヨには、太平洋イトヨにはない新しく出現した性染色体(ネオ性染色体)があることが明らかになっていました。今回これら二種のゲノムを解読し比較することによって、日本海イトヨ固有のネオ性染色体の上では、XとYの間で遺伝子配列の分化が起こり始めるなど性染色体の特徴を既に示しつつあること、また、太平洋型の当該ゲノム領域と比較することで種間差を示す遺伝子が蓄積していることなどを見いだしました。

この成果は、これまで謎であった性染色体の転換という現象が、遺伝子の進化を促進することを示していることから、性染色体の進化と種分化との強いつながりを示すものとして評価され、米国科学誌のプロスジェネティックスに掲載されました。

この成果は、国立遺伝学研究所の生態遺伝学研究室と比較ゲノム研究室に加え、基礎生物学研究所、東北大学生命科学研究科、フレッドハッチンソン癌研究所、岐阜経済大学との共同研究です。

Figure1 Figure1

上図:固有の性染色体をもつ日本海イトヨ
下図:日本海固有のネオ性染色体上で、X染色体とY染色体が、ゲノム配列レベルでまさに分化しつつあることを示す。

2014/03/14

集団遺伝研究部門 神澤秀明さんが「森島奨励賞」を受賞

集団遺伝研究部門 神澤秀明さん 総合研究大学院大学 遺伝学専攻が独自に行っている「森島奨励賞」の選考が、平成25年度後期の学位申請者に対して行われ、集団遺伝研究部門 斎藤研究室に所属する神澤秀明さんが受賞しました。授与式が平成26年3月11日に行われ、桂専攻長から賞状と研究奨励金が贈られました。
森島奨励賞
「遺伝学の先達」第3回 森島啓子名誉教授
2014/03/04

イネの生殖組織特異的な小分子RNAの生合成経路

実験圃場・野々村研究室 植物遺伝研究室・倉田研究室

Rice Germline-specific Argonaute MEL1 protein binds to phasiRNAs generated from more than 700 lincRNAs

Reina Komiya, Hajime Ohyanagi, Mitsuru Niihama, Toshiaki Watanabe, Mutsuko Nakano, Nori Kurata, and Ken-Ichi Nonomura The Plant Journal Accepted manuscript online, 2014, doi:10.1111/tpj.12483

減数分裂は、品種改良など交雑育種の根幹となる生命現象であり、その分子機構の解明は安定な種子生産などにつながる重要な研究課題です。今回は、イネの生殖細胞で特異的に発現し、減数分裂進行に必須の役割を果たすMEL1蛋白質に着目しました。MEL1は、RNAサイレンシング(用語解説)のエフェクターとして知られるArgonaute(AGO)蛋白質です。

MEL1と結合する小分子RNA (MEL1-sRNA)を免疫沈降により回収し、塩基配列を解読しました。MEL1-sRNAは、75%が21塩基長であり、5′-末端の80%はシトシンでした。驚いたことに、MEL1-sRNAは機能未知の1,000カ所以上のゲノム領域に由来し、その多くは遺伝子間領域でした。私たちは、生殖成長移行後にそれらの領域から蛋白質をコードしない長鎖RNA(lincRNA)が700種類以上作られることを明らかにしました。その後lincRNAは二本鎖化され、等間隔に切断されて、MEL1-sRNAを含む21塩基長の小分子RNAが作られる可能性を示しました。

今回の成果から、RNAサイレンシング機構が植物の生殖細胞発生および減数分裂で果たす役割を考える上での重要な情報が得られました。

[用語解説] RNAサイレンシング: 20〜30塩基長の短いRNA(小分子RNA)を介して、それと相補的な配列を含む遺伝子の発現が抑制される現象

Figure1

生殖細胞特異的なイネArgonaute蛋白質MEL1の解析
(A) mel1突然変異体は種子不稔。 (B) MEL1遺伝子は葯(Anther)と胚珠(Ovule)の中の生殖細胞で発現(青)。 (C) 正常型 (1)とmel1変異体(2)の穂に対するRNA免疫沈降。 (D) MEL1-sRNAは1,000カ所以上の遺伝子間領域(青)に由来。 (E) 変異体では減数分裂染色体の対合を示すZEP1の伸長が起こらない。
A-Bは Plant Cell 19: 2583-2594 (2007)の図を、C-Eは Plant J (2014)の図をそれぞれ一部改変して掲載。

2014/01/14

細胞遺伝研究室、飯田哲史助教が日本遺伝学会BP賞受賞

細胞遺伝研究室、飯田哲史助教 細胞遺伝研究室 飯田哲史助教 細胞遺伝研究室、飯田哲史助教が、2013年9月19日(木)- 21日(土)に慶応大学で行われました第85回日本遺伝学会にて、BP賞(Best Papers賞:優秀口頭発表賞)を受賞しました。
受賞題目: 「出芽酵母の鋳型DNA鎖修復機構」
第85回日本遺伝学会

  • X
  • facebook
  • youtube