Functional mutations in the thyroid-stimulating hormone receptor in natural stickleback populations at sites identical to human disease-causing mutations
Jun Kitano, Mana Sato, Hiyu Kanbe, Genta Okude, Asano Ishikawa, Yukinori Kazeto & Takashi Makino
BMC Ecology and Evolution (2025) 98 DOI:10.1186/s12862-025-02440-5
人類では、健康診断などの正常値から外れると病気か、その予備軍とみなされます。こういった「病気」は、遺伝子のDNA突然変異(従来とは異なるDNA配列が新たに生まれること)によって生じることもあります。
国立遺伝学研究所・生態遺伝学研究室の北野潤教授の研究グループは、このようなDNAの突然変異が「実は環境が変われば有利になるようなことがないか」との仮説を立て、検証する研究を行いました。
北野教授はすでに10年以上前、トゲウオ科の魚・イトヨのホルモンを調査する過程で、海に生息する祖先型のイトヨに比べて、淡水に進出したイトヨは甲状腺ホルモン量がとても低くなっていることを見出していました(Kitano et al. 2010 Current Biology: doi: 10.1016/j.cub.2010.10.050)。ヒトでは、甲状腺ホルモン量が低いと甲状腺機能低下などの疾患とみなされます。
淡水に生息するイトヨは、代謝率も低く、繁殖時期もだらだらと長く延長されたりしており、いずれの表現型も甲状腺ホルモンの関与が知られています。淡水生息地はえさも少なく代謝を下げることが実は有利だったり、安定的な湧水池では繁殖時期を間延びさせることが実は有利だったりする場合、「甲状腺ホルモン機能の低下は湧水淡水環境では病気ではなく、ひょっとすると適応的なのではないか」と北野教授らは考えました。
そこで、日本に生息する淡水イトヨ集団のゲノム配列を網羅的に調査。甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)に、ヒトで甲状腺機能低下を引き起こすことが知られている突然変異と、極めて類似の変異を複数の湧水の淡水集団に見出しました。たとえば、岐阜のハリヨと呼ばれる淡水集団では、調べた全個体が同様の変異を持っていました。そこで、この突然変異の機能を生化学的に調べたところ、実際に甲状腺刺激ホルモン受容体の機能がほぼなくなっていることを確認しました。
図:ハリヨ(トゲウオ科イトヨ属の淡水集団で岐阜県と滋賀県に現存しており、かつては三重県にも生息していた)は、甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)の遺伝子に、ヒト疾患の原因となる突然変異に極めて類似の突然変異をもっていました。
写真は秦康之氏より提供
北野教授のコメント:
この突然変異が本当に適応的なのかはまだ証明できていません。しかし、ヒトで疾患を引き起こすことが知られる突然変異に似たものが、実は野生動物集団に存在しながら、その集団に何ら問題をもたらしていないという発見は衝撃でした。本研究は、次の二つの点で大きな意義があると考えています。
第1に、現代社会では病気とみなされる遺伝型が、実は別の環境下では不利ではない(ひょっとすると有利な)可能性を示唆したことです。「いったい病気とは何なのか?」という予防医学的・進化医学的な考察をするうえで、たいへん重要な知見を提供できたと思っています。
第2に、近年のゲノムシークエンス技術の進展により、野生動物の集団で、実に多くの遺伝子多型が見つかっていますが、その機能はほとんど未解明です。今回の発見は、脊椎動物に関しては、ヒト疾患の原因となる突然変異の情報から、遺伝子多型の機能をある程度類推することが可能だということを示しています。今後は実際にこれらの突然変異が、特定の環境では有利になるのかを検証していきたいです。
国立遺伝学研究所は2025年11月15日(土)、「オンライン公開講演会2025」を開催します。
今年のテーマは「つながる遺伝研」。第1部の講演会は、昨年12月に着任した近藤滋(こんどう・しげる)所長、遺伝子量生物学研究室の佐々木真理子(ささき・まりこ)准教授、理論生態進化研究室の山道真人(やまみち・まさと)准教授の3人が語ります。参加者との質疑応答時間もありますので、ぜひふるってご参加ください。
第2部は「研究者と語ろう」。国立遺伝学研究所では、総合研究大学院大学・遺伝学コースとして、大学院生を受け入れています。第1部の最後に木村暁教授(細胞建築研究室)が大学院について紹介。続いてグループに分かれていただき、19研究室から参加する研究者20数名とのトークをお楽しみください。
参加無料。Zoomによるオンライン開催です。お申し込みは以下のURL、もしくはチラシのQRコードからお願いします。
●日時:2025年11月15日(土曜日) 13:00~16:30
●場所:オンライン
●申し込み:https://forms.gle/gVoSm2tYTNP7abr88