川上研究室・発生遺伝学研究室
Production of multi-subunit proteins in CHO cells by transposase-mediated integration of subunit-splitting vectors.
Keina Yamaguchi, Risa Ogawa, Masayoshi Tsukahara and Koichi Kawakami
Scientific reports (2025) 15, 18512 DOI:10.1038/s41598-025-03301-3
CHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞)は、抗体医薬などのタンパク質生産に広く用いられています。私たちは以前、Tol2トランスポゾンシステムを用い、効率的にタンパク質生産細胞株を樹立する方法を確立しました。これは、転移により目的の遺伝子がCHO細胞ゲノムの様々な領域に複数組み込まれることによるものです。
今回、私たちは、モノクローナル抗体遺伝子を発現させる際、L鎖とH鎖遺伝子を両方もつ単一のベクターではなく、各サブユニットを別々にもつふたつのベクターを作製し、CHO細胞に導入しました。
その結果は、最長12週間にわたり安定的にタンパク質を生産し、フェッドバッチ培養(流加培養)において高い生産性を示す細胞株が得られました。これらの細胞株では、異なる種類のモノクローナル抗体ごとに、ゲノムに組み込まれたL鎖とH鎖ベクターのそれぞれのコピー数にばらつきが見られました。抗体高生産細胞株において、これらのベクターが最適なコピー数の比率で組み込まれていることが示唆されました。また、この際に薬剤耐性遺伝子は、H鎖のベクターにしか組み込まれておらず、そのような条件下でも組み込まれたコピー数の最適化が起こることがわかりました。
この研究は、モノクローナル抗体や複数サブユニットからなるタンパク質の生産において、Tol2トランスポゾンシステムが有用である可能性を示し、バイオ医薬品の生産技術の進展に貢献するものです。
本研究は、国立遺伝学研究所と協和キリン株式会社の共同研究として行われました。
図:本手法の概略図。
H鎖およびL鎖遺伝子をもつ別々のトランスポゾンベクターを、CHO細胞に同時にトランスフェクションする。薬剤耐性(シクロヘキシミド)遺伝子はL鎖ベクターのみがもつ。トランスフェクションされた細胞内では、H鎖およびL鎖ベクターが、さまざまなコピー数で宿主ゲノムに組み込まれる。最適なH鎖およびL鎖ベクターのコピー数をもつ細胞が、モノクローナル抗体を効率的に生産する細胞株として選択可能である。
北野研究室・生態遺伝学研究室
工樂研究室・分子生命史研究室
比較ゲノム解析研究室
3D Genome Constrains Breakpoints of Inversions That Can Act as Barriers to Gene Flow in the Stickleback
Yo Y. Yamasaki, Atsushi Toyoda, Mitsutaka Kadota, Shigehiro Kuraku, Jun Kitano
Molecular Ecology (2025), DOI:10.1111/mec.17814
遺伝子を互いに交換しないような生物を別種とするのが一般的ですが,実際の野外生物では,種分化が完成する前の段階,すなわち,遺伝子を部分的に交換している段階の若い種が多く存在します.例えば,人類も昔はネアンデルタール人と遺伝子を交換していたことが知られています.遺伝子が乗っている一つながりとなったDNA分子のことを染色体と呼びます.この染色体上のどこの遺伝子が種間で行き来をし,どこの遺伝子が行き来しないのかを解明することは,種分化がどのようにして完成するのかを理解する上で重要な課題です.
ところでDNAは長大な分子で,その総延長はヒトの場合約2mにも及びます.膨大な配列の中から必要な情報を効率的に取り出せるように,細胞核の中でDNAは高度に制御された形で折りたたまれた,3次元の構造を示します.ではこの「折りたたみ構造」というDNAの特性は2種間での遺伝子の行き来のしやすさに影響するのでしょうか?
生態遺伝学研究室の山﨑曜助教と北野潤教授,比較ゲノム解析研究室の豊田敦特任教授,分子生命研究室の工樂樹洋教授,理化学研究所の門田満隆博士らの研究チームは日本に分布する若い種のペアであるトゲウオ科イトヨ属の2種(ニホンイトヨ,イトヨ)の種分化を対象にこの課題に取り組みました.まずこの2種のDNA配列構造の違いを明らかにするために,染色体レベルで連続した高品質なDNA配列を新規に決定しました.その結果この2種の間には,配列が逆転している領域である逆位が多数見られることが分かりました.またニホンイトヨとイトヨは種間で交雑し遺伝子を交換し合うことが既に知られていましたが,これらの逆位領域では遺伝子の交換は起きていないか,その量がかなり低いようでした.つまりこれらの逆位領域の進化は種分化の完成に貢献していることが示唆されました.
次にDNAの3次元構造のひとつである,DNAが局所的に凝集したTopologically Associating Domain (TAD)と呼ばれる領域を,Hi-C法により特定しました.そして逆位の切断点(末端)はTADとTADの境界点と有意に重複する傾向が認められました.つまりTAD境界は頻繁なDNAの切断が生じることで「切れ目」のように働き,その後のDNA再結合時の配列の逆転を促進していることが示唆されました.以上の結果は,DNAの3次元構造が逆位の発生を通じて種分化に間接的に影響することを示唆しています.これはDNAの3次元構造と種分化の関係性を示した初めての研究です.今後は逆位生成以外にもどのような仕組みでDNAの3次元構造が種分化に影響するのかが解明されることが期待されます.
本研究は日本学術振興会科研費(22H04983,20J01503,21H02542,22KK0105,16H06279)およびJST CREST(JPMJCR20S2)の支援を受けて行われました.
図:逆位領域の切断点(末端)とTAD(グレーの三角形)の境界の頻繁な一致を示す図.(A)ニホンイトヨ(北海道),イトヨ(北米),イトヨ(北海道)を比較した場合に見つかった代表的な4つの逆位を示す.ニホンイトヨ(北海道)(B-D),およびイトヨ(北海道)(E-G)におけるTAD構造と逆位の位置関係.ヒートマップはHi-C法により検出された,DNA領域間の物理的な接触頻度を示す.接触頻度が高い領域がTADとして推定される.
多階層感覚構造研究室では以下の業務を担当していただける短時間雇用職員(技術補佐員)を2名募集いたします。
【採用時期】 | 2025年7月以降(応相談) |
【職務内容】 | 経理事務補佐(1名)及び英語の事務補佐(1名) |
【募集人数】 | 2名 |
【応募資格】 | 経験は不問 協調性と積極性のある方 英語の事務補佐については、基礎的な英語力のある方 |
【勤務地】 | 国立遺伝学研究所 多階層感覚構造研究室(変更の予定なし) |
【給与・待遇】 | 1,147円~1,438円(学歴・経験に応じ決定) |
【勤務時間】 | 9:00-16:00(昼休憩1時間)週3−5日勤務(応相談) |
【休日】 | 土曜、日曜、祝日、12/29〜1/3 |
【雇用期間】 | 年度更新。詳細については、「情報・システム研究機構 短時間雇用職員就業規則」 をご参照ください。 |
【応募】 | 封筒またはメール件名に「多階層感覚構造研究室 技術補佐員応募」と明記の上、履歴書(写真添付・メールアドレス記載)を下記宛先まで郵送またはメールでお送りください。 |
【応募締切】 | 適任者が見つかり次第、締め切ります。 |
【問合先・提出先】 | 〒411-8540 三島市谷田1111 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 多階層感覚構造研究室(055)981-6792 米原圭祐 (Email: ) |
Costs of photosynthesis and cellular remodeling in trophic transitions of the unicellular red alga Galdieria partita
Shota Yamashita, Shunsuke Hirooka, Takayuki Fujiwara, Baifeng Zhou, Fumi Yagisawa, Kei Tamashiro, Hiroki Murakami, Koichiro Awai, and Shin-ya Miyagishima
Communications Biology (2025) 8, 891 DOI:10.1038/s42003-025-08284-5
多細胞生物の細胞分化に負けず劣らず、単細胞生物においても、周囲の環境や生活環に応じて細胞の形態や性質を大きく変化させる例が数多く知られています。なかでも単細胞藻類において、無機物しか利用できない条件では、緑色などの色素を用いて光を吸収し、光合成によって増殖する(独立栄養成長)一方で、環境中に利用可能な有機炭素源が存在すると、細胞が可逆的に白色化して光合成能力を失い、有機炭素源を利用して増殖する(従属栄養成長)種が、幅広い系統にわたって存在します。このような藻類の栄養性の切り替えは、のちに進化して現れた多細胞植物における(たとえば葉と根のような)細胞分化の起源である可能性も考えられます。しかし、これらの藻類は非モデル生物であり、栄養性の切り替えの生態学的意義やその分子メカニズムはこれまでほとんど明らかになっていませんでした。
このたび、国立遺伝学研究所の山下翔大博士研究員および宮城島進也教授らの研究チームは、静岡大学の粟井光一郎教授、村上博紀助教、琉球大学の八木沢芙美准教授らのチームと共同で、明瞭な栄養性の切り替え機構をもち、同研究グループが遺伝的改変技術を開発してきた単細胞紅藻ガルデリア(Galdieria partita)の独立栄養状態の緑色細胞、従属栄養状態の白色細胞、およびその遷移過程の細胞を、さまざまな手法を用いて比較解析しました。その結果、白色細胞では緑色細胞に比べて葉緑体(色素体)の体積および内部の膜構造が著しく縮退しており、光合成色素と光合成活性をほとんど失っている一方で、ミトコンドリアの体積と呼吸活性が増加し、緑色細胞の1.6倍の増殖速度を示すことがわかりました。また、細胞組成を比較したところ、緑色細胞は白色細胞よりも窒素を1.5倍、タンパク質を1.3倍、脂肪酸を1.7倍多く含んでおり、これらの物質の多くが光合成装置やそれを多数配置するための膜の合成に使われていることも明らかとなりました。さらに、ガルデリア細胞が白色化するかどうかは、細胞外に存在する糖の有無や種類によって決まり、光の有無は決定要因ではないこともわかりました。
これらの結果から、光合成を行うために必要な装置や膜構造の合成・維持は細胞にとって大きなコストとなっており、外部に利用可能な有機炭素源がある環境では、光が存在していても細胞はそれらの合成を停止し、従属栄養成長に切り替えることでより高い増殖速度を実現していることが示唆されました。
今後は、ガルデリアの遺伝的改変技術を活用した栄養性切り替え機構の分子レベルでの解明や、多細胞植物における細胞分化との共通点や進化的関連の解明が期待されます。
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(22K15166、24KJ0224、24H00579)および科学技術振興機構 未来社会創造事業(JPMJMI22E1)の助成を受けて実施されました。
図:異なる条件下で培養したガルデリアの培養液の色(左)と細胞の顕微鏡写真(右)。培地に糖(glucose)を加えると、明暗条件にかかわらず細胞は光合成色素を失い白色化する。逆に糖を除くと細胞は緑色へと変化する。論文の図1A, Bより引用・改変。