2025/12/24

さあ取りたまえ、このゆらぎを速さに変えるのは、分子モーターだ

木村研究室・細胞建築研究室

Active fluctuations of cytoplasmic actomyosin networks facilitate dynein-driven transport

Takayuki Torisawa, Kei Saito, Ken’ya Furuta, Akatsuki Kimura

iScience (2025) Volume 28, Issue 12 114096 DOI: 10.1016/j.isci.2025.114096

細胞が生きていくためには、適切な物質が適切なタイミングで、適切な場所へと運ばれることが不可欠です。このような細胞内での物質輸送の多くを担っているのが、「分子モーター」と呼ばれるタンパク質酵素です。分子モーターは、細胞の周縁から中心へ、あるいは中心から周縁へ、神経細胞から伸びる突起の中や、やがて個体へと成長する胚の中など、生物のさまざまな文脈で多様な物質を運んでいます。

分子モーターがはたらく環境は、「生きている」細胞の内部です。「生きている」ということは、細胞内では輸送に限らず、さまざまな反応や運動が同時並行的に起こり、分子レベルで常に力や動きが生み出されているということを意味します。このような動的で、ある意味ノイズに満ちた環境は、分子モーターによる輸送に少なからず影響を与えていると考えられてきました。

実際、分子モーターの一種である「ダイニン」による細胞内輸送では、細胞からタンパク質を取り出して余計なものを除いて観察したときと比べて、生きている細胞の中ではより速く進むことが知られていました。しかし、なぜさまざまな分子で満たされ混雑している生体内で、むしろ輸送速度が増すのか、そのメカニズムは明らかになっていませんでした。

今回、細胞建築研究室の鳥澤嵩征助教(筆頭・責任著者)と木村暁教授、物理細胞生物学研究室の斎藤慧助教(当時)、情報通信研究機構の古田健也研究マネージャーらの研究グループは、細胞質中に存在するアクチンという細胞骨格繊維とミオシンという分子モーターがつくるネットワーク(アクトミオシンネットワーク)が生み出す「動的なゆらぎ (active fluctuation)」に着目し、このゆらぎによって細胞質内に生じるランダムな力が、ダイニンによる輸送を加速している可能性を示しました (図)。

遺伝学的および生化学的手法を用いて細胞内のアクトミオシンのゆらぎの程度を操作したところ、その活動を低下させると輸送速度は減少し、逆に活性を高めると輸送が加速することが定量的に確認されました(図)。さらに、細胞から精製したタンパク質を用い、光ピンセットとよばれる装置によって、ダイニンが周りの環境から与えられる力にどのように応答するかを調べました。これらの結果を合わせることで、細胞内で生じるランダムな力が、ダイニンによって一方向への運動へとうまく変換されている可能性が示唆されました。

本研究は、生きた細胞の内部環境が、分子モーターによる輸送を単にさまたげる存在ではなく、むしろ積極的に利用され、輸送を促進しうることを示したものです。細胞の中で起こる動きに対する理解を深めるとともに、将来的には、細胞質のアクティブなゆらぎを活用したあらたな輸送制御の考え方へとつながることが期待されます。

本研究はJSPS科研費 18KK0202、19K16094、 24K09405、18H02414 の支援を受けて行われました。

(上) 生きている細胞の中でおこる2つの動き。ダイニンという分子モーターが細胞の中で輸送をおこない、その周囲ではミオシンとアクチンという分子がネットワーク (アクトミオシンネットワーク) をつくり、ランダムな動きと力を生み出している。(下) アクトミオシンネットワークが生み出すランダムな動きが強いほどダイニンによる輸送は速くなる。


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