木村 暁 准教授(きむら あかつき)

東京大学理学部生物化学科卒業、東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻にて博士(理学)を取得。 慶應義塾大学特別研究助手などを経て、2006年より国立遺伝学研究所および総合研究大学院大学准教授。

細胞建築研究室 木村研究室

細胞がどのように「建築」されているのか?シミュレーションでシンプルな原理に迫る

宇宙の天体の動きも野球のボールの動きも、同じ方程式で理解することができる。それが科学の美しさのひとつである。 生命の最小単位=細胞においても、複雑な現象を単純に説明できる原理が存在するのではないか? 木村先生は、細胞を建築物ととらえ、そのデザインを決定する力学的な基盤やデザイン原理を、細胞観察、遺伝子解析、コンピュータシミュレーションなどを駆使して研究している。

▲ 細胞分裂のコンピュータシミュレーション

「細胞建築学」に込めた想い

細胞の中には核やミトコンドリアなど様々な小器官が存在し、細胞のサイズや種類に応じて、適切なサイズや位置で配置されている。 それはまるで見事にデザインされた建築物のようだ。研究室名にある「細胞建築」という言葉には、木村先生の研究アプローチが表現されている。

「細胞の形は、進化の過程で全体として調和のとれたデザインに行きついたものです。核だけとか、ある分子だけとかに注目するのではなく、 全体として細胞を理解したいという思いが建築という言葉に含まれています。
また、建築物はいくら美しいデザインでも、力学的に破綻していては構造が成り立ちません。 細胞の研究には力学計算の視点が足りないので、それをやりたいと思いました。
そして僕が大学の時に読んだ都市計画の本で『それぞれの人が勝手に家を建てているのに都市には秩序がある。 まるで細胞のように自律的に調和のとれた都市ができていく』というような記述がありました。 実はこれが細胞に興味を持ったきっかけだったので建築という言葉を入れたかったんです。」

より単純なメカニズムで説明したい

細胞のデザインを決める力学についての成果のひとつは、細胞のサイズに合わせて紡錘体の長さが適切に調節されるしくみを、 細胞の表面積や形状に依存して、紡錘体につながる微小管を引っ張る力を計算して説明したことだ。

また、細胞の中の物質が対流のように動く現象を、細胞表層で発生する力だけで説明できることを、 流体のコンピュータシミュレーションによって定量的に裏付けた成果もある。

「細胞表層で流れが生じれば、対流が起きるのではないかとは、多くの研究者はなんとなく考えていたと思いますが、 コンピュータシミュレーションを使えば、どれくらいの力で、どのような流れが起き得るかを計算できます。 細胞はすごく小さい空間で、中の水は水飴のようにどろどろとした状態です。でも流体力学の計算方法は確立されているので、 その粘度を考慮してシミュレーションし、生じた流れは、顕微鏡で観察して得た細胞の測定データと一致しました。 生物学では、何かを動かしている分子があるだろうからそれを特定しようというのが普通のやり方ですが、 コンピュータの中で細胞を作ってメカニズムを解明する、こういうやり方もあるぞっていうのを示すことができて、意味があったと思います。」

「圧力」に注目した研究も進めている。

「細胞が分裂して1個が2個になるときに細胞の並び方にはいろんなパターンが考えられますが、細胞が横から押されたから縦方向に分裂するとか、 細胞の周りからの圧力によって細胞の配置がどうなるか、シミュレーションと実験を組み合わせることで明らかになると考えています。
また、細胞の核の中にある染色体は、核が大きければフリーで動きやすく、小さければギュッと押し込まれて動きにくくなるはずなんですが、 誰もそれは確かめていません。僕らはシミュレーションによって、どれくらい動きにくくなるかということを検討しはじめています。
分子細胞生物学の分野では、遺伝子や特定の分子による複雑な細胞の制御が多く明らかにされてきました。でも僕はそんな厳密な制御じゃなく、 こっちにスペースが空いたからこっちへ行くとか、圧力がかかったからこっちに動いたとか、単純なことだけでも細胞の秩序が生まれることをある程度説明できると考えています。 研究者たるもの厳密に細かく、というものなんでしょうが、僕は複雑なことがなるべく単純に説明できたときに快感を覚えます。細胞生物学者としては少し変わっているのかもしれません。」

大学院で受けた「考える訓練」が研究者のスタート

父親が大学教授だったので研究者としての生き方に違和感はなく、一大決心をして研究者になったわけではない。好きなことを続けてきた延長で今があるという。

「僕の人生、要所要所でよい出会いに恵まれて、幸運としか言いようがないですね。特に、大学院で堀越正美先生に指導を受けたことが今の基盤になっています。 先生は僕と違って一念発起して研究者になった方で、すごく教育熱心でした。そこで研究者としての訓練をみっちり受けたんです。
学んだのは『考えること』です。例えば、『ある薬剤をかけたら細胞が死ぬ』ということを示すにはどういう実験を組んだら良いか? サンプルは薬剤をかける、かけないという2条件は最低必要。それに薬剤に活性があることを示すポジティブコントロールも。 さらに、アクシデントで細胞が死んだ場合を想定して各条件2サンプルずつにするとか、死んだのと生きているのが同数だと判断できないから多数決を取れるように各条件3サンプルずつにすべきとか、 実験が終わったあとのことを全部予想してから実験しなさいと。そのような訓練の機会をたくさんいただきました。」

大学院生を指導する立場になった今、恩師の教えは活かされている。

「自分で計画して実行して、自分の力で成し遂げさせる。それがプロフェッショナルな科学者を育てるために大事だと思っています。 そして、自分の頭で考え抜くことができるかを自分に問い続けて欲しいです。そこに喜びを見い出せれば、研究者ほどいい仕事はないと思います。」

科学はいろいろな分野に適用できる楽しいもの

若い人にお勧めの本を聞くと、本棚から数冊の本を選んでくれた。

「恩師、堀越先生が書いた『スーパーサイエンスハイスクール講義』は、僕自身が初心を思い出すために読み返しています。 細胞建築研究のきっかけになったのは、『街並みの美学』『隠れた秩序』(著:芦原義信)。『天地明察』(著:冲方丁)は、江戸時代の人が数学に関心を持っていたことに感銘を受けます。 『マネー・ボール』(著:マイケル・ルイス)は、野球を数学的に分析し、どういう選手を獲得すればいいかを割り出して成功した話。 『ウォール街の物理学者』(著:ジェームズ・オーウェン・ウェザーオール)は、数学の法則と株価の関わりについての本。 どの本も科学的に考えることの楽しさが伝わってきます。こういう本から科学に親しんでもらえると嬉しいなと思います。」

(田村佳子 インタビュー 2014年8月)


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