第1回 大きければ大きいなりに、小さければ小さいなりに—遺伝情報を受け継ぐ仕組み

大きければ大きいなりに、小さければ小さいなりに分裂の際に細胞内の遺伝情報を受け継ぐしくみに迫る!

ヒトの体をつくりあげる細胞には約300種があるとされ、そのサイズは5~130マイクロメートルとかなりの幅がある。ただし、い ずれにおいても核やリボソームなどの構造体(細胞内小器官)が、自分の細胞のサイズに合った大きさで、ほぼ決まった位置に配置されている。 このほど、国立遺伝学研究所 新分野創造センター 細胞建築教室の木村 暁准教授は、原 裕貴研究員とともに、細胞分裂の際に「紡錘体」とよばれる構造体が大きい細胞は大きいなりに、小さい細胞は小さいなりに伸長することによって、バランスよ く子孫細胞に遺伝情報を受け継ぐしくみを解明した。

真核生物の細胞には、核、ゴルジ体、小胞体、ミトコンドリアなどの 構造体が共通してみられ、細胞の中心に核が、そのまわりに小胞体やゴルジ体やミトコンドリアが配置されている。それぞれの構造体は細胞の大きさに合ったサ イズになっており、「細胞は大きいが、核は小さい」などということはない。

木村暁教授

「もともと建築や都市構造のなりたちに興味があり、それが生物学を専攻するきっかけになりました」と話す木村准教授。(右写真)住民の都合で作られるにもかか わらず、全体としての調和がとれている都市の構造と、生物の細胞構造に似た側面があると直感したという。研究は、酵母を対象に始まった。「遺伝子の転写を テーマにしていたが、転写が染色体上の位置や高次構造によって制御されていることの重要性に気が付き、やはり空間的な問題に取り組もうと強く思いまし た」。木村准教授は2002年当時をそう振り返る。

空間について考えるには計算科学の手法が必要だと考えた木村准教授は、慶應義塾大学の大浪修一博士(現・理化学研究所)のもとでシミュレーションや画像解析の基礎を習得。研究対象も線虫(C. elegans)に変え、受精時に卵子の核と精子の核が融合した際に、核が細胞質の中心に移動するしくみなどを明らかにしてきた。

現 職の新分野創造センターに赴任したのは、約3年前の2006年。同センターは、若手研究者に自由な発想で先進的な研究をさせようとの目的で設立されたもの で、木村准教授は自が応募して採用されたという。 「教室を立ち上げる際に、小原雄治所長より自由に名称を付けてよいと伺ったので、細胞建築研究室としました」と木村准教授。

原裕貴研究員

以後は、総合研究大学院大学 博士過程の学生として同研究室に加わった原 裕貴研究員(右写真)らとともに、線虫の受精卵の卵割(細胞分裂)にともなう構造体の動態に着目して研究を続けてきた。その結果、細胞が分裂する際には、 核の消失とともにあらわれる紡錘体が細胞のサイズに応じてその大きさを変化させていることを突き止めた。「受精卵が1細胞期から2細胞期、4細胞期へとサ イズを小さくしながら分裂する胚発生の初期段階では、出現時の紡錘体はどの細胞期においても(つまり、細胞のサイズが異なっても)ほぼ同じ長さでしたが、 その後の伸長の度合いが、大きな細胞では大きく、小さな細胞では小さいということがわかりました」と木村准教授。

さらに木村准教授ら は、紡錘体の伸長時に微小管が細胞膜側からひっぱられる点に着目し、そのしくみについても検討。繊維状の微小管は紡錘体の2つの極から細胞膜に向かって放 射状に伸びている。「解析の結果、細胞膜上の特定のタンパク質複合体(三量体型Gタンパク質などからなる)が、微小管を物理的にひっぱる力を調節すること で、紡錘体の伸び具合を調節していることがわかりました」と木村准教授。さらに、このタンパク質複合体の機能を阻害した受精卵では、紡錘体の伸びと伸長速 度が鈍ることも明らかにした。

一方で、得られた計測データを使って細胞内のようすをコンピュータ・シミュレーションで再現し、実験結果 をうまく説明することにも成功した。これらの結果から、細胞膜上のタンパク質複合体の数や位置が、「細胞が自らのサイズを知るためのしくみ」の一つである ことを世界で 初めて提唱した。

細胞分裂時の構造体の分配が異常になると、癌などのさまざまな病気が引き起こされることがわかっている。 木村准教授は「今回の成果は、細胞分裂という生命の基本原理に迫るとともに、癌などの病態を解明するヒントにもなりうる」としたうえで、「シミュレーショ ンモデルを積み重ねることにより、一件、身勝手にみえる分子のふるまいが、細胞内の秩序を保っているようすを検証したい」との意欲をみせている。

(文: サイエンスライター・西村尚子 / 2009.12.01掲載)

掲載論文

Cell-size dependent spindle elongation in the Caenorhabditis elegans early embryo

Yuki Hara and Akatsuki Kimura
Current Biology, Volume 19, Issue 18, 1549-1554, 2009. DOI: 10.1016/j.cub.2009.07.050

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