2025/12/03

ヒト細胞ゲノム、DNA複製開始位置とタイミング解明──新技術を開発

プレスリリース

鐘巻研究室・分子細胞工学研究室

                      豊田研究室・比較ゲノム解析研究室

Regulated TRESLIN-MTBP loading governs initiation zones and replication timing in human DNA replication

Xiaoxuan Zhu, Atabek Bektash, Yuki Hatoyama, Sachiko Muramatsu, Shin-Ya Isobe, Chikashi Obuse, Atsushi Toyoda, Yasukazu Daigaku, Chun-Long Chen and Masato T. Kanemaki

Nature Communications 2025 DOI: 10.1038/s41467-025-66278-7

プレスリリース資料

細胞が増えるとき、ゲノムDNAは正確に二倍に複製されます。このDNA複製の異常は、ゲノムDNAの変化を引き起こし、細胞老化やがん、遺伝性疾患などに関与します。そのため、「細胞がどのようにDNAを複製しているのか」を理解することは、生命現象や疾患、さらには進化を理解するうえで極めて重要です。

これまでDNA複製の研究は、大腸菌や酵母などの微生物を中心に進められてきました。これらの生物では、DNA複製が始まる場所(開始領域)はDNA配列によって決まっています。しかしヒトを含む多くの真核細胞では、どのDNA配列から複製が始まるのかがDNA配列によって決まっておらず、ヒトゲノムのどこで複製が開始し、どうやってその位置が選ばれるのかは長年の謎でした。

そこで、国立遺伝学研究所の筆頭著者・朱考軒(Xiaoxuan Zhu)博士研究員を含む鐘巻将人教授らの研究チームは、ヒト細胞ゲノム中のDNA複製開始領域を高精度に検出する新しい技術「LD-OK-seq法」を開発しました。さらに、この領域に結合するタンパク質を解析することで、ヒト細胞がどのように複製開始位置を決めているのか、その基本原理を明らかにしました。

その結果、ヒト細胞は転写している遺伝子領域を除けば、ほぼどこからでもDNA複製を開始できる能力を持つことがわかりました。この能力は、DNA複製に必要なMCMヘリカーゼという酵素がゲノム全体に広く結合していることに由来します。一方で、S期の初期には、転写している遺伝子の間の領域(遺伝子間領域)で複製が頻繁に開始されており、その場所はTRESLIN-MTBPというMCMヘリカーゼを活性化するタンパク質の結合によって決定されることがわかりました。さらに、TRESLIN-MTBPのMCMへの結合を調節する拮抗的な制御システムも発見しました。

これらの成果は、「ヒト細胞がどのようにゲノムDNAの複製を開始するのか」という根本的な疑問に答えるものであり、DNA複製異常によって起こるゲノム不安定性疾患(細胞死、がん、老化、遺伝疾患など)や、ゲノム変化を通じた進化の理解に新たな視点を与えます。また、将来的には、人工的にDNA複製を制御する新しい技術開発の基盤となることも期待されます。

本研究は国立遺伝学研究所の鐘巻将人教授の研究グループ、同研究所の豊田敦特任教授、大阪大学の小布施力史教授、公益財団法人がん研究所の大学保一グループリーダー、仏キュリー研究所のChun-Long Chen教授による国際共同研究によりおこなわれました。研究遂行にあたり、科研費(JP23H02463、JP21H04719, JP23H04925, JP25H00979)、先進ゲノム支援(JP22H04925 (PAGS))、JST FOREST(JPMJFR204X)、JST CREST(JPMJCR21E6)、AMED ASPIRE(JP25jf0126015)による支援を受けました。

図: ゲノムDNAにはMCMヘリカーゼが転写している遺伝子以外の領域に広く結合しており、MCMヘリカーゼのリン酸化はリン酸化酵素DDKと脱リン酸化酵素RIF1-PP1により拮抗的に制御されている。リン酸化されたMCMヘリカーゼにTRESLIN-MTBP複合体が呼び込まれることで、複製開始する場所が決定される。


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