Yamasaki, Y.Y., Yamaguchi, R., Nagano, A. J., Chen, B.J., Musto, N., Archambeault, S., Peichel, C.L., Schulien, J.A., Code, T.J., Beauchamp, D.A., and Kitano, J.
Inferring the strength of directional selection on armor plates in Lake Washington stickleback while accounting for migration and drift.
Evolution in press (2025) DOI:10.1093/evolut/qpaf254
生物の進化は、悠久の年月をかけて起こるものだけでなく、数年〜数十年という単位で観察できるものもあります。そのような急速進化を活用することで、自然選択(異なる遺伝型をもつ個体が異なる生存率を持つこと)がどのように生物集団で実際に作用しているのかを明らかにすることができます。
特に、近年の分子遺伝学の進展により、表現型に関わる原因遺伝子の特定が進み、これら遺伝子座における自然選択の強さを推定することが可能となりました。しかし、自然環境下では、異なる集団からの移住がある場合、選択圧を推定するのが困難になります。従って、これまでの選択圧を推定した研究は、閉鎖環境や実験環境下で推定されたものに限られていました。
このたび、生態遺伝学研究室の山﨑曜助教、北野潤教授、北海道大学の山口諒助教らの研究グループは、この課題を解決するべく、全ゲノムデータを用いることで移住率や有効集団サイズといった集団動態パラメータを推定し、このパラメータを予測モデルに組み込むことで自然選択圧を推定することに成功しました。
北米のシアトルの都市部にあるワシントン湖では、トゲウオ科のイトヨ(Gasterosteus aculeatus)において、1957年から2005年に、鱗板(骨化した外組織)が体の側面の全体をカバーする「完全型」と呼ばれる個体の出現頻度が上昇していました。これは、下水処理による湖水の透明度の上昇という人為的環境改変によって、視覚的に獲物を探索するマスによる捕食圧が増大したことに原因があると考えられていました。
本研究では、過去のデータを用いて、この鱗板を決定する遺伝子座に作用する選択圧を推定し、さらに、その予測モデルに基づいて現在の遺伝型頻度を予測し、実際に2022年に採集したサンプルを用いて予測を検証しました。
その結果、完全型は非完全型の個体に対して数パーセント生存率が高く、2005年以降も完全型の頻度は上昇し続けており、進化が継続していることが確認されました。加えて、2022年に観察された頻度は予測値を上回り、近年選択圧がさらに強まっている可能性が示されました。選択圧がさらに強まった要因の一つとして、例えば、夜間照明の上昇による捕食圧の上昇が考えられますが、現段階では証明できていません。
本研究は、分子遺伝学・集団ゲノミクス・シミュレーションを統合することで、移住や遺伝的浮動といった自然環境下で複雑に作用する因子も考慮に入れた上で選択圧を定量化できることを示したものであり、北米進化学会が刊行するEvolution誌に掲載されました。
本研究は科研費(22H04983, 20J01503, 21H02542, 22KK0105)、JST CREST(JPMJCR20S2)などの支援を得て、アメリカとスイスとの国際共同研究として実施しました。
北野教授のコメント
「20年ほど前にアメリカに留学していた時に、ワシントン湖のイトヨが急速進化していることを見出しました。このたび、2022年に再訪したところ、いまだにイトヨは進化中で、しかも、さらに選択圧が上昇していることにたいへん驚きました。ガラパゴスに行かなくても進化は観察できるのです。ワシントン湖は海や流入河川と繋がっており、周囲のイトヨ集団からの移住もあることから、正確な選択圧の推定が困難だったのですが、このたび、山﨑さんや山口さんの助けを借りて定量的に解析する方法論を確立できました。このように、急速進化の事例を詳細に調べることで、自然選択がどのように生物の進化を駆動するのかを実際に観察することが可能になります。」

図:ワシントン湖では、鱗板(骨化した外組織)が体の側面の全体をカバーする「完全型」と呼ばれる個体(上)の出現頻度が上昇している。