北野研究室・生態遺伝学研究室
工樂研究室・分子生命史研究室
比較ゲノム解析研究室
3D Genome Constrains Breakpoints of Inversions That Can Act as Barriers to Gene Flow in the Stickleback
Yo Y. Yamasaki, Atsushi Toyoda, Mitsutaka Kadota, Shigehiro Kuraku, Jun Kitano
Molecular Ecology (2025), DOI:10.1111/mec.17814
遺伝子を互いに交換しないような生物を別種とするのが一般的ですが,実際の野外生物では,種分化が完成する前の段階,すなわち,遺伝子を部分的に交換している段階の若い種が多く存在します.例えば,人類も昔はネアンデルタール人と遺伝子を交換していたことが知られています.遺伝子が乗っている一つながりとなったDNA分子のことを染色体と呼びます.この染色体上のどこの遺伝子が種間で行き来をし,どこの遺伝子が行き来しないのかを解明することは,種分化がどのようにして完成するのかを理解する上で重要な課題です.
ところでDNAは長大な分子で,その総延長はヒトの場合約2mにも及びます.膨大な配列の中から必要な情報を効率的に取り出せるように,細胞核の中でDNAは高度に制御された形で折りたたまれた,3次元の構造を示します.ではこの「折りたたみ構造」というDNAの特性は2種間での遺伝子の行き来のしやすさに影響するのでしょうか?
生態遺伝学研究室の山﨑曜助教と北野潤教授,比較ゲノム解析研究室の豊田敦特任教授,分子生命研究室の工樂樹洋教授,理化学研究所の門田満隆博士らの研究チームは日本に分布する若い種のペアであるトゲウオ科イトヨ属の2種(ニホンイトヨ,イトヨ)の種分化を対象にこの課題に取り組みました.まずこの2種のDNA配列構造の違いを明らかにするために,染色体レベルで連続した高品質なDNA配列を新規に決定しました.その結果この2種の間には,配列が逆転している領域である逆位が多数見られることが分かりました.またニホンイトヨとイトヨは種間で交雑し遺伝子を交換し合うことが既に知られていましたが,これらの逆位領域では遺伝子の交換は起きていないか,その量がかなり低いようでした.つまりこれらの逆位領域の進化は種分化の完成に貢献していることが示唆されました.
次にDNAの3次元構造のひとつである,DNAが局所的に凝集したTopologically Associating Domain (TAD)と呼ばれる領域を,Hi-C法により特定しました.そして逆位の切断点(末端)はTADとTADの境界点と有意に重複する傾向が認められました.つまりTAD境界は頻繁なDNAの切断が生じることで「切れ目」のように働き,その後のDNA再結合時の配列の逆転を促進していることが示唆されました.以上の結果は,DNAの3次元構造が逆位の発生を通じて種分化に間接的に影響することを示唆しています.これはDNAの3次元構造と種分化の関係性を示した初めての研究です.今後は逆位生成以外にもどのような仕組みでDNAの3次元構造が種分化に影響するのかが解明されることが期待されます.
本研究は日本学術振興会科研費(22H04983,20J01503,21H02542,22KK0105,16H06279)およびJST CREST(JPMJCR20S2)の支援を受けて行われました.
図:逆位領域の切断点(末端)とTAD(グレーの三角形)の境界の頻繁な一致を示す図.(A)ニホンイトヨ(北海道),イトヨ(北米),イトヨ(北海道)を比較した場合に見つかった代表的な4つの逆位を示す.ニホンイトヨ(北海道)(B-D),およびイトヨ(北海道)(E-G)におけるTAD構造と逆位の位置関係.ヒートマップはHi-C法により検出された,DNA領域間の物理的な接触頻度を示す.接触頻度が高い領域がTADとして推定される.