2023/10/18

サメから学ぶ脊椎動物の染色体進化
~板鰓類のゲノムシークエンスが明らかにした脊椎動物の核型構成における進化上の傾向~サメから学ぶ脊椎動物の染色体進化

工樂研究室・分子生命史研究室

Elasmobranch genome sequencing reveals evolutionary trends of vertebrate karyotypic organization

Kazuaki Yamaguchi, Yoshinobu Uno, Mitsutaka Kadota, Osamu Nishimura, Ryo Nozu, Kiyomi Murakumo, Rui Matsumoto, Keiichi Sato and Shigehiro Kuraku

Genome Research (2023) 33, 1527-1540.  DOI:10.1101/gr.276840.122

それぞれの生物種の設計図ともいえる「ゲノム」から、遺伝子の単なる顔ぶれの情報以外に染色体の本数や長さなども知ることができる。そういったゲノムの構造にも動物の系統ごとに特徴があり、その特徴は、多くの種のゲノム情報を比べることで浮き彫りになる。今回、国立遺伝学研究所、沖縄美ら海水族館、理化学研究所を中心とする共同研究チームは、脊椎動物の中でもとくに染色体の情報が乏しい軟骨魚類に注目し、その一種であるトラフザメ(図1)の全ゲノム配列を取得した。トラフザメは絶滅危惧種とされているが、水族館で長年飼育している個体から採取した血液を活用することでこの研究が実現した。同時に、飼育歴世界一を継続中(2023年時点で28年)の沖縄美ら海水族館のジンベエザメ個体(オス、ジンタ)の全ゲノム情報も取得した。ジンベエザメ(図1)については、世界で複数のチームがゲノム情報を競って発表してきたが、染色体規模のDNA配列が得られるのは今回が初めてである。

図1:トラフザメとジンベエザメの系統関係と近縁性

まず、サメ類がもつ染色体の数が多めであることは以前から知られており、今回の解析の対象である2種も2n=102とまさにその典型であるが、今回の解析により、それらの染色体は、長さが短いほど塩基組成の偏り(GC含量)と遺伝子密度が高い、そしてDNA配列が変わりやすい、という特徴を持つことが示された。鳥類・爬虫類でも以前に示されたこのゲノム構築パターンは、非常に短い染色体(マイクロ染色体)を有する生物に共通の特徴であると考えられており、それ以外の生物での検討は不十分であった。本研究では、多様な長さの染色体をもつ軟骨魚類や、マイクロ染色体をもたないとされる両生類を比較に加えることにより、そのゲノム構築パターンが脊椎動物のより多様な系統で共通にみられることが示された。どういったゲノムにも不均一性を生む素地があり、それが配列の特徴だけではなく進化的な来歴や機能遺伝子の分布などとも関連している可能性があるようだ。

ジンベエザメはサメ類の中でもとくに注目度が高い。属するテンジクザメ目の他の種とも体の大きさや生態が大きく異なっていて、明確に近縁と思えるような種がおらず唯一の存在と感じられることもその魅力のひとつではないだろうか。その中でもとくに近縁な現生種のひとつがトラフザメである。ジンベエザメがトラフザメの系統から分岐したのは、約5千万年も前のことであると推定されている(図1)。今回、飼育個体を活用し、雌雄のDNA情報を取得し比較することにより、この2種の系統が分岐した時代から両者に共通に保持されてきたと考えられるX染色体を同定し、そのDNA配列を報告した(図2A、B)。性染色体のDNA配列が示されたのは軟骨魚類では初めての例であり、これまでに同定された他の脊椎動物の性染色体とは遺伝子構成が異なることから(図2C)、サメ類は、性染色体を独自に獲得したことが推測される。 研究チームでは、さらにY染色体の探索を行うとともに、他の多様なサメ・エイ類の解析も進めている。

本研究では、以前サメ・エイ類では消失していると考えられていたHoxC遺伝子群が、大量の反復配列の挿入によって隔てられながらも、想定される順序で染色体上に連続して配置されていることも示された。HoxC遺伝子は、他のHox遺伝子群と異なり、サメやエイのゲノムには存在しないと予測されていたのに反して、いくつかのサメ類に存在することを同チームが2018年に示した(Hara et al., Nat Ecol Evol 2018)。実は、それ以来他のどの研究チームからもいまだにサメ類やエイ類のHoxC遺伝子配列は報告されていない。その背景には、HoxC遺伝子の分子進化速度が大きく、配列の保存性が低いため、探索が困難であるためという理由が考えられる。興味深いことに、このHoxC遺伝子群はトラフザメのゲノム内ではX染色体上に位置しており、性染色体上にHox遺伝子が見つかるのは脊椎動物では初めてかもしれない。保持されているHoxCの顔ぶれはサメ・エイの種ごとに相違が大きく、研究チームでは、HoxC遺伝子の組み合わせが鰭の位置や数などの形態の違いを説明する可能性について今後調べていく。

図2:サメのX染色体。(A)雌雄比較によるX染色体の同定。オスに対してメスで2倍の深度を示す染色体(長さの順に番号を付けた際の第41番染色体)が、オスでいわゆる「へテロ」の染色体、つまり、X染色体であると結論付けた。(B)サメ類2種間のX染色体(ともに第41番染色体)の対応。種の間をつなぐ直線は、双方の種の遺伝子の1対1のオーソロジー(種分岐を経た遺伝子の対応関係)を表す。(C)サメ類のX染色体と哺乳類および鳥類の性染色体との比較。種の間をつなぐ曲線は1対1のオーソロジーを表す。遺伝子構成を比較すると、トラフザメのX染色体は、ヒトでは12番染色体に、そしてニワトリでは34番染色体に対応する。いっぽう、ヒトのXおよびY染色体やニワトリのZおよびW染色体上の遺伝子に対応するトラフザメの遺伝子は、トラフザメのX染色体上には見られない。


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