技術課 / 細胞建築研究室
フェノタイプ研究推進センター
Induced spawning with gamete release from body ruptures during reproduction of Xenoturbella bocki.
Hiroaki Nakano, Ako Nakano, Akiteru Maeno, Michael C. Thorndyke
Communications Biology (2023) 6, 172 DOI:10.1038/s42003-023-04549-z
珍渦虫(ちんうずむし)は、脳などの集中神経系や肛門などを欠いた、非常に単純な体を持つ海生動物です。その単純な構造は、多くの動物の共通祖先の特徴を残している可能性があると考えられています。そのため、ヒトも含めて、現在生きている動物の起源や進化過程の解明につながる研究対象として期待されています。しかし、珍渦虫はこれまでに世界中で6種しか報告されておらず、また、そのほとんどは採集が困難であるため、実験動物として扱いづらく、研究は進んでいません。本研究チームは、これまでに、珍渦虫の幼生の構造や卵割過程を報告していますが、個体発生や成長の過程は未解明です。
本研究では、珍渦虫を定期的に採集し調査することで、その繁殖時期が冬季であることを確認しました。そして、人工的に卵や精子を放出させる手法を確立し、放出の様子を観察することで、卵や精子は体表が破れて、その穴から体外に放出されることを明らかにしました。また、これまで、珍渦虫は成熟した卵と精子を同時に持つ雌雄同体な動物であるとされていましたが、これを確認することはできませんでした。さらに、体内受精と体外受精のいずれかも判明していませんでしたが、今回、体外受精であることが示唆されました。これらの知見を総合し、珍渦虫の卵や精子の成熟過程に関する新たな仮説を提唱しました。
今後、本研究で得られた珍渦虫の生殖に関する新たな知見や技術を生かして、珍渦虫の個体発生過程の完全な解明を目指します。これにより、動物の起源や進化過程に関する新しい情報が得られると期待されます。
本研究は、科学研究費基盤研究B(19H03279)と若手研究A(26711022)、HFSP長期フェローシップ、Swedish Research Council、スウェーデン・イエテボリ大学の王立科学アカデミー基金などの支援で実施されました。
本研究成果は「Communications Biology」に2023年2月17日(日本時間)に掲載されました。
図1: 人工的に卵や精子を放出させる手法を施した珍渦虫Xenoturbella bocki。
左:体の後端にできた穴から卵を放出しているメス個体。
右:体の後端にできた穴から精子を放出しているオス個体。
どちらの個体も左側が前方で、右側が後方。卵も精子も粘液とともに放出されている。スケールバー:5 mm
遺伝研の貢献
スウェーデンの海底から採取された雌雄それぞれ複数個体の珍渦虫についてマイクロフォーカスX線CT装置によるスキャンをおこないました。その結果、卵子や卵母細胞、精子のかたまりなどが組織標本と同様に判別可能であることを確認するとともに、それらの形態学的な特徴や体内での局在などについて全身を網羅的に調べることに貢献しました。
図2: (a)〜(c) 珍渦虫雌のX線CT像。消化管と体表の間に複数の卵子が確認できる。(b)は赤四角部分の拡大、(c)は赤四角部分の卵子のボリュームレンダリング像。(d)〜(f) 珍渦虫雄のX線CT像。(f)は(e)の赤四角部分の拡大像。組織標本で確認された精子のかたまり(g)が、X線CT像でも確認できる(f)。この雄個体では消化器官の内部に沈み込む精子のかたまりが観察された。