2018/08/15

卵巣子宮内膜症および正常子宮内膜における遺伝子変異を解明

Clonal expansion and diversification of cancer-associated mutations in endometriosis and normal endometrium

Kazuaki Suda*, Hirofumi Nakaoka*, Kosuke Yoshihara, Tatsuya Ishiguro, Ryo Tamura, Yutaro Mori, Kaoru Yamawaki, Sosuke Adachi, Tomoko Takahashi, Hiroaki Kase, Kenichi Tanaka, Tadashi Yamamoto, Teiichi Motoyama, Ituro Inoue, Takayuki Enomoto
* These authors contributed equally to this work.

Cell Reports DOI:10.1016/j.celrep.2018.07.037

国立遺伝学研究所の井ノ上逸朗教授、中岡博史助教、新潟大学大学院医歯学総合研究科の榎本隆之教授、吉原弘祐助教、須田一暁特任助教らの共同研究グループは、卵巣子宮内膜症と正常子宮内膜の網羅的な遺伝子解析を行い、癌に関連する遺伝子変異がすでに良性腫瘍や正常組織に起きていることを明らかにしました。本研究結果はCell Press 社の科学雑誌Cell Reportsに掲載されました。

子宮内膜症は生殖年齢女性のおよそ10%程度が罹患する病気であり、本来子宮内に存在するはずの子宮内膜組織が子宮の外に存在し、月経周期に合わせて子宮の外で出血をきたす病気です。これが月経困難症、骨盤痛や不妊症の原因となります。子宮内膜症が発生する理由については、子宮内膜細胞を含む月経血が卵管内を逆流し、腹腔内で生着するという説(月経逆流説)が有力ですが、この仮説が科学的に証明されたわけではありませんでした。

また疫学研究より、子宮内膜症が一部の組織型の卵巣癌(明細胞癌、類内膜癌)の発症に関連することが知られています。これらの卵巣癌は「子宮内膜症関連卵巣癌」と呼ばれ、これまでの研究で癌の原因と考えられる遺伝子の異常(遺伝子変異)が報告されて来ました。しかし、これらの卵巣癌の発生母地とされる卵巣子宮内膜症で、どのような遺伝子の異常が起きているのかについては、まったくわかっておりませんでした。

癌の増殖や維持に関係する遺伝子を「癌関連遺伝子」といいます。今回の研究では、良性腫瘍である卵巣子宮内膜症と正常子宮内膜のいずれにも高頻度で癌関連遺伝子に遺伝子変異が起きていることが明らかとなりました。特にKRASPIK3CAなどの発がんに重要な役割を果たすことが知られている癌遺伝子が多くの症例で変異をきたしており、癌遺伝子の変異が子宮内膜症の発生にも深く関わっていることが推察されました。

一方、正常子宮内膜を腺管単位で観察すると、腺管一本ずつに多種多様の遺伝子変異が認められ、子宮内膜という組織は分子生物学的に多様性をもった組織であることが明らかとなりました。また卵巣子宮内膜症と正常子宮内膜で認められた遺伝子変異の特徴は非常によく似ており、月経血の逆流により子宮内膜症が発生するという月経逆流説を支持する結果となりました(図)。

今回の研究で明らかとなった遺伝子変異は婦人科領域のみならず、人体の多くの癌において発生原因とも考えられているものが含まれています。癌が存在しない良性・正常組織においてどうして癌関連遺伝子に変異が多くみられるのか、正常組織における癌遺伝子の変異の意義を解明していくことが今後の課題の一つです。同時に既存の癌発生メカニズムを見直すことにもつながる可能性があります。子宮内膜は、卵巣からのホルモンの影響で毎月増殖・脱落を繰り返すという人体の中でも極めて個性的な特徴をもつ組織です。こうした月経という現象に対応し、生存に有利な環境を得るために遺伝子変異が獲得されているのかもしれません。

Figure1

図:本研究結果に基づいて、子宮内膜症における月経血逆流説を表した図。正常子宮内膜に由来する癌関連遺伝子(KRASPIK3CAが代表的)をもった子宮内膜細胞が月経時に卵管を逆流して腹腔内に到達します。卵巣表面に生着した子宮内膜細胞が増殖し、卵巣子宮内膜症を形成します。


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