小出 剛 准教授(こいで つよし)

 マウス開発研究室 小出研究室
1961年生まれ 1990年 大阪大学大学院医学研究科生理学専攻 博士課程修了
学術振興会特別研究員(国立遺伝学研究所所属)、ケンブリッジ大学研究員を経て1995年より国立遺伝学研究所所属
趣味/犬の世話、小説を読むこと、サッカー、気ままな旅

行動の違いを生み出す遺伝子を野生由来マウスで探る

こわがりなマウス、俊敏なマウス、人に慣れたマウス・・・マウスにもいろいろな性格があり、刺激やストレスに対する行動も違っている。
このような行動の違いを生み出す遺伝子はどこにあるのか?それはどんな遺伝子なのか?
小出准教授は、動物の行動について、遺伝学からのアプローチで解き明かそうとしている。

世界でもユニークな野生由来マウスのリソース
系統生物研究センターには、遺伝研が誇る「野生由来マウス」が10系統も揃っている。このようなコレクションを持つ研究所は世界でも少ない。小出准教授の研究の強みのひとつは、この野生由来マウスを存分に使えることにある。
「野生由来マウスは、実験用マウスと違う表現型(遺伝子によって現れる性質や行動など)があり、特異な行動をしますので、これを研究すれば、今までにない面白いものが見つかってくるのではないかと期待できますよね。」と、小出准教授。
実験用マウスは、100年ほど前に、当時愛玩動物として飼われていたおとなしいマウスを使って作られたという。これに対し、野生由来マウスは、野や田畑、家の中などに生息しているマウスを捕獲して作られた。
「実験で使うためには同じタイプの遺伝子を持ったマウスがたくさん要るので、『系統』というものを樹立しなければなりません。具体的に言うと、兄妹同士を交配し、その子をまた兄妹同士で交配する。これを繰り返すと、生まれる子は遺伝的にどんどんばらつきが少なくなっていき、20世代以上交配するとほぼゲノム全体が生まれる子の間で均一になると計算されています。そうなったものを系統(近交系統)といいます。」
「私自身がこれらの野生由来マウスの行動が面白いと思って長年研究をやってきたので、その10系統についてのいろいろな表現型を調べてきています。だから、単に系統を持っているだけではなくて、系統にまつわる行動の表現型とかゲノムとかの情報も揃っているというのは非常にユニークで貴重だと思います。」
「野生由来マウスはこわがり!」その不安様行動に関わる遺伝子を発見
「実験用マウスは愛玩化されたおとなしいマウスから作られたわけですが、野生由来マウスはとてもこわがりで飼育箱の隅に隠れて捕まえるのも容易ではありません。とても不安様行動が高いのです。」
その不安様行動に関わっている遺伝子を、「コンソミック系統」という実験用マウスと野生由来マウスの染色体を計画的に置き換えた特殊なマウスを使った実験で調べていくと、ある遺伝子が特定できた。
「この遺伝子の中に、2塩基の単純な繰り返しがあります。多くの実験用系統ではこの繰り返しが短いのに対して多くの野生由来系統は長い。長いとその遺伝子の発現量が高くなる。実験用の方は2塩基の繰り返しが短いので発現量が低い。人がマウスを愛玩化していく過程で、あまりこわがらない個体を選択してきた。そのときに、今見つけた遺伝子の2塩基の短い繰り返しが関わっているらしいのです。」
複数の関係遺伝子を網羅的に調べる
小出准教授は「不安様行動」に関わる遺伝子をひとつ特定したが、まだまだ遺伝子は多い。動物が人に慣れるということの全体像を知りたいと考え、逆転の発想で研究を始めている。
「わたしたちは、動物が人に慣れることに興味があります。愛玩化された動物は、人が寄って行っても逃げなかったり、人が手を差し伸べると自分から寄ってきたりしますよね。人への慣れ=従順性は、人が近づいたときに『逃げない』っていうのと、『自分から積極的に寄ってくる』っていう、ふたつの特徴があるのです。一般的にはこのふたつを分けないのですが、研究していく上では違う物なんですね。
それを調べるために『テイムテスト』っていうのを自分たちで作りました。マウスを四角い箱の中に入れておき、人が箱に手を入れると、マウスが自分からその手に寄ってくるかどうかを見る。一方、手をマウスに近づけて行き、触れるまで許容するかを見る。このふたつを調べる実験が非常にうまくいきました。」
実験の結果、愛玩化されたマウスに由来する実験用マウス系統はたくさんあるが、どの系統も手を近づけても拒絶反応が起きず、あまり逃げなかった。野生由来の系統は手が近づくといやがり、逃げて行く。一方、人の手に自分から寄って行くことは、実験用系統も野生由来系統もしなかった。
この実験から、マウスを愛玩化する過程で人に対して極端な拒絶反応をしないものが選択され続けてきたのに対して、人の手に自分から寄っていくものは選択されてこなかったことがわかってきた。
「今取り組んでいるのは、8つの野生由来系統を遺伝的に均一に混ぜる研究です。毎世代、遺伝的に遠い個体と交配を続けている。そうしながら、『人に対して自分から寄ってくる』マウスを選んでいるのです。人に寄ってくるという行動に関わっている遺伝子のタイプが、世代を経るごとに、集団の中で多数を占めるようになり、最適化した状態で固定化されることを期待しているのです。十分にその集団のほとんどの個体が『人に対して自分から寄ってくる』ようになった時点で、どのような遺伝子が選ばれてきているか調べます。この方法だと、自分から積極的に人に寄って行く行動に関わる遺伝子が網羅的に一度にわかるのです。今、世代が進むにつれて徐々に表現型が変わりつつあります。結果が楽しみです。」
自分の疑問をとことん追求できるのが研究という仕事の魅力
今回のインタビューを通じ、マウスの行動研究は、緻密な計画、地道な実験と交配、徹底した動物の飼育管理など非常に根気がいる仕事だと感じた。最後に、研究者という仕事について聞いた。
「研究者の魅力は、やっぱり自分が疑問に思ってること『こういうことを知りたい』と思ったことを、とことん追求できることでしょうね。そういう職業ってなかなか無いじゃないですか。つらい時ももちろんありますが、でも研究がうまくいった時とか知りたいことがわかった時は嬉しいし、そういうのが積み重なっていくと非常にやりがいがありますよね。」
 
(田村佳子 インタビュー 2013年8月)

 パンフレットダウンロード(1.41MB)

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