第11回 細胞外シグナルが転写を促す新たなメカニズムを発見!

細胞外シグナルが転写を促す新たなメカニズムを発見!線虫と哺乳類、はたらく分子と結末は同じだがしくみはちがっていた

一貫して「細胞の運命」にこだわった研究をされていますね。

私たちの体は大まかに200 種、細かくみるとさらに多くの種類の細胞からつくられています。ただし、もとをたどると、ただ一つの受精卵に行き着きます。この受精卵が分裂を繰り返すこ とで細胞の数と種類を増やすわけですが、元の細胞が2つの同じ細胞に分裂するだけでは、細胞種は増えません。つまり、生物の発生には、細胞が異なる性質を もつ2種の細胞へ分裂することが重要だといえます。このような分裂を「非対称分裂」といい、細胞の運命を握る重要な鍵となっています。私は17年前のアメ リカへの留学を機に非対称分裂のメカニズムについて研究をはじめ、今日に至っています。非対称分裂は、発生や分化のみならず、幹細胞の維持やがん化とも関 連があることがわかってきており、非常にホットな研究テーマになっています。

なぜ、線虫を使っているのでしょうか?

哺乳類には膨大な種類の細胞があり、しかも1種類の細胞が大量に存在するため、どの細胞からどの細胞が生まれるのかを突き止めるのは、不可能に近いといえます。その点、線虫(C.elegans ) は、すべての細胞の系譜が明らかにされており、体が透明なために、細胞の運命を顕微鏡下で容易にたどることができます。さらに線虫には、「発生において、 ほぼすべての細胞が非対称分裂を行う」という大きな利点があり、非対称分裂の研究に好都合だったのです。線虫はさまざまな基礎研究に用いられていますが、 非対称分裂の分野においても広く使われています。

これまでにどのような研究をされてきたのでしょうか?

非対称分裂には、細胞内の物質や構造などの偏り、すなわち細胞内極性が重要です。もし偏りがなく細胞内が均一だとしたら、分裂しても2つの同じ細胞しかでき ようがありません。私は、あるとき、一部の細胞で非対称分裂がみられず、同じ細胞が2つできてしまう線虫の変異体をみつけました。この原因遺伝子に非対称 分裂の鍵があるのではないかと思い解析を進めたところ、原因がWnt 受容体遺伝子の異常にあることがわかりました。

哺乳類においては、 Wnt シグナルの経路が、細胞の非対称分裂、幹細胞の維持などに重要であることが知られています。Wnt シグナルは細胞内に入ると、APCというタンパク質の機能を抑制します。APCタンパク質がはたらかないと、βカテニンという転写因子が核内で遺伝子の転 写をはじめ、細胞を特定の方向に分化させます。APC遺伝子の変異は、大腸がんの原因遺伝子としても有名です。また、APCタンパク質には、細胞骨格とし て知られる「微小管」という構造を保護する機能があることもわかっています。

私は、線虫におけるWnt シグナルが非対称分裂とどう関わるのか、そのしくみを解明しようと考えました。線虫でもβカテニンが転写因子としてはたらいているのですが、まず、線虫に おけるβカテニンは細胞が核分裂した後の「後ろ側の核」にのみ移入してとどまることを突き止めました。βカテニンは「前側の核」にもいったん移入するので すが、こちらはすぐに核外に排出されていました。

澤教授1

今回は、Wnt シグナルの受容からβカテニンの核移入までにおきることを解明されたわけですね。

そのとおりです。実験によりまず、Wnt シグナルが必ず細胞の後ろ側(尾側)から細胞質内に受容され、逆の前側(頭側)の縁にAPCタンパク質を局在させることを明らかにしました。また、APC タンパク質の局在に従って微小管が多く存在することも突き止めました。哺乳類細胞のAPCタンパク質は微小管とともに存在することで、微小管の保護機能を 発揮しますが、線虫の細胞でも同様だったのです。

さらに、ここまでの一連の成果を統合して「Wnt シグナル→Wnt 受容体→細胞前側におけるAPCタンパク質と微小管の局在→後ろ側の核へのβカテニンの移入→非対称分裂の実現」というモデルを考えたうえで、部分的な検 証を行いました。まず、染色実験によって、確かに微小管の先端にのみAPCタンパク質が存在しうることを確かめました。次に、APCタンパク質と微小管が 局在した後で、微小管だけをレーザーで壊す実験を行ったところ、もともと微小管が少ない後ろ側の微小管を壊した場合は、分裂後の2つの核に入るβカテニン の量の差がさらに大きくなることがわかりました。逆に前側の微小管を壊した場合には、両方の核に均等にβカテニンが移入し、量の非対称性がみられなくなり ました。これらの結果から「微小管の数の非対称性は、βカテニンの核内での量の非対称性と相関している」と結論づけました。

一方で、 Wnt シグナルが受容されずに、非対称性を作れない細胞を対象に、レーザーを使って微小管の非対称性のみを強制的に作り出す実験を行いました。すると、分裂後の 2つの核内のβカテニンの量に、明確な差があらわれました。このことは、微小管の非対称性さえあれば、βカテニンの量の非対称性がもたらされ、非対称分裂 が可能であることを明確に示しています。

こうして、「Wnt シグナル→Wnt 受容体→細胞前側におけるAPCタンパク質と微小管の局在→後ろ側の核へのβカテニンの移入→非対称分裂の実現」というモデルに矛盾のないことを明確に示 すことに成功しました。ただし、「Wnt シグナルが受容されると、なぜ細胞の前側の縁にのみAPCタンパク質が局在するのか」といった謎が残されており、さらなる解析と検証を進めています。

澤教授2

本成果は、創薬などへの応用も可能でしょうか?

線 虫でのWnt シグナルによるしくみと哺乳類におけるWnt シグナル経路は全く異なるものでしたが、どちらもAPCタンパク質とβカテニンの核内移入による遺伝子転写が鍵を握っている点が共通していました。私は、 今回のしくみが哺乳類にもあるのではないかと考えています。既知のWnt シグナル経路に隠れて表に見えてこないだけなのではないかと思うのです。そして、Wnt シグナル経路ががん化と関連しているように、今回のしくみの破綻も細胞をがん化に向かわせるのではないかと考えています。そういう意味では、私の研究が、 がん化の基盤解明に結びつく可能性もあるといえますね。

今後の目標は?

現在は、Wnt シグナルによるしくみが、線虫の全細胞で同じ方向性をもって発揮されるメカニズムを検討しはじめています。生物には、すべての細胞が同じ方向を向いたり動 いたりする現象がたくさんありますが、「なぜその方向に決まるのか」についての解明は進んでいません。私は、Wnt シグナル以外にもう一つの鍵があるのではないかと考え、解析を進めています。こうした研究を積み重ねることで、線虫が受精卵から個体に至るまでの全プログ ラムを明らかにするのが夢ですね。

(文: サイエンスライター・西村尚子 / 2011.09.27 掲載)


掲載論文

Wnt regulates spindle asymmetry to generate assymetric nuclear β-catenin in C. elegams.

Kenji Sugioka, Kota Mizumoto and Hitoshi Sawa.
Cell, 146 (6), 942-954, 16 September 2011
DOI: 10.1016/j.cell.2011.07.043

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