2025/12/08

サクラ野生2種、高精度ゲノム公開──進化の「設計図」を解読

小出研究室・マウス開発研究室

Chromosome-scale genomes of two wild flowering cherries (Cerasus itosakura and C. jamasakura) provide insights into structural evolution in Cerasus

Kazumichi Fujiwara, Atsushi Toyoda, Toshio Katsuki, Yutaka Sato, Bhim B Biswa, Takushi Kishida, Momi Tsuruta, Yasukazu Nakamura, Takako Mochizuki, Noriko Kimura, Shoko Kawamoto, Tazro Ohta, Ken-Ichi Nonomura, Hironori Niki, Hiroyuki Yano, Kinji Umehara, Chikahiko Suzuki, Tsuyoshi Koide

DNA Research(2025) , DOI:10.1093/dnares/dsaf031

日本の自然景観と文化を象徴するサクラ。その多様性や進化の歴史を理解するうえで基盤となるのが、野生種の高精度なゲノム情報です。しかし、日本に自生する主要な野生サクラの染色体レベルの網羅的なゲノムはこれまで存在せず、種間関係の精密な比較や園芸品種の起源解明には制約がありました。今回、国立遺伝学研究所と森林総合研究所を中心とする「サクラ100ゲノムコンソーシアム」は、日本を代表する野生サクラであるエドヒガン(Cerasus itosakura)とヤマザクラ(C. jamasakura)について、初の染色体スケールの高品質ゲノムを完成させました。 

得られた2種のゲノムは、どちらも極めて高い精度と完全性を備え、サクラ属の染色体構造を詳細に再現しています。比較解析の結果、両種は全体として強い遺伝子配列の保存性を示す一方で、重要な種間差として、エドヒガンの第8染色体に約1.84 Mb の大型逆位構造が存在することが明らかになりました。このような大規模な構造変化は進化の重要な手がかりであり、エドヒガン系統に固有の歴史的な染色体再編成を反映している可能性があります。また、rRNA 遺伝子クラスターの位置やコピー数の違いなど、染色体上の特定領域における種間差も確認され、サクラ属における染色体進化やゲノム多様性の形成過程について新たな視点を提供しました。

さらに、この新規データを用いて、日本を代表する園芸品種「ソメイヨシノ」のハプロタイプを再構築したところ、それぞれがエドヒガン系統とオオシマザクラ(C. speciosa)系統と高い類似性を示し、長年支持されてきた雑種起源説を染色体レベルで裏付ける結果が得られました。特に、従来のアセンブリでは不十分だった領域も高精度に比較できたことで、ソメイヨシノの遺伝的背景をより精密に描き出すことが可能となりました。

本研究は、サクラ属の進化、分類、形質多様性の理解を大きく前進させると同時に、園芸品種の育種研究や保全戦略の立案においても重要な基盤となるものです。日本の自然と文化の象徴であるサクラを科学的に支える、新たな大きな一歩となりました。

本プロジェクトには、遺伝研の藤原一道 特任研究員、豊田敦 特任教授、川本祥子 准教授、佐藤豊 教授、小出剛 准教授に加え、森林総研の勝木俊雄 博士、鶴田燃海 博士ら、多様な専門領域を持つ研究者が結集し研究を推進しました。

A、B: エドヒガンの花と樹木。C、D:ヤマザクラの花と樹木。E: エドヒガンとヤマザクラの染色体レベルゲノム構造。F: エドヒガンの8番染色体にみられる大型の逆位構造。この逆位は他のオオシマザクラ、ヤマザクラ、カンヒザクラにはみられない。

本研究は情報・システム研究機構戦略的研究プロジェクトの支援を受けて実施されました。


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