自然科学を専門とする若手女性研究者に贈られる「第27回守田科学研究奨励賞」(主催・大学女性協会)の授賞式が2025年6月8日、東京都内で行われ、国立遺伝学研究所(ゲノム・進化研究系)の川口茜助教が受賞講演した。両生類が失われた自らの組織を再生する仕組みの解明に挑んだ川口氏は「私たち生き物は体の中に器官の地図、つまり位置情報を持っている。組織の再生能力が高い両生類などの分子メカニズムを調べ、将来的には応用研究につなげたい」と語った。
同賞は1998年、化学教育者の故・守田純子氏から寄贈された資金をもとに設立。自然科学を専門とする40歳以下の女性研究者を対象に選考し、研究の奨励と科学の発展に貢献する人材育成を目指している。今回は物理、化学、生物、医学分野などの応募者から、川口氏とともに宇宙のブラックホール撮影に取り組む新潟大学の小山翔子助教(同大大学院自然科学研究科数理物質科学系列・同大学創生学部)が選ばれた。
<選考理由>
川口氏の受賞研究テーマは「三次元組織の再生能力を可能にするクロマチン制御機構の解明と器官再生研究への応用」。イモリなどの有尾両生類は、手足などが切断されてもその部分を正しい位置から再生する能力を持っている。川口氏は謎に包まれていた仕組みの解明に挑み、優れた再生能力を持つサンショウウオの仲間のアホロートル(通称・ウーパールーパー)の遺伝子の発現制御状態を調べた。その結果、アホロートルには、切断された組織の再生に伴い活性化される転写因子のネットワークがあり、その転写ネットワークが再生過程に限定的に応答するゲノム領域(エンハンサー)を活性化することを示唆するデータを得た。細胞の位置記憶と再生制御、発生生物学の基礎研究から将来の医療分野にも発展性が高く、国内外で高く評価された。
<川口助教 受賞講演の要旨>
アホロートルはどうして器官を再生できるのか。脊椎動物はそれぞれ異なる再生能力を持っている。例えば、トカゲは「トカゲのしっぽ切り」で知られているように自身に危険が迫ると尾部の一部を切断し本体は逃げ去る訳だが、時間が経てば失われた尻尾は元通りの構造を再構築しているかのように“見える”。しかし、その再生においては、主要な神経系、筋肉、脊椎などを元通り作ることはできず、不完全な再生能力を持つ。
また、無尾両生類である、ツメガエルのオタマジャクシは失った尾部を再生することができるほど、再生能力が高いと考えられる。しかしながら、変態後のカエルにおいて四肢を失った場合は、スパイクと呼ばれる指(極性)のない、四肢とは似ても似つかない構造を作る。つまりツメガエルの再生能力は限定的なものである。
一方、アホロートルでは、四肢を失った場合でも、三次元的に元通り、過不足のない構造を再生することができる。これは切断面の細胞が、発生過程で得た位置情報を記憶しており、それが切断後に活性化されることで、失った位置だけを再構築するのではないかと考えられてきた。そこで私は、遺伝子の発現を制御するメカニズムが鍵であると考え、転写制御機構が腕の節ごとに異なるという可能性についてアプローチし、実験をおこなった。
その結果、アホロートルの四肢は、発生後も、腕の位置情報は位置依存的に維持されていること、それが四肢の切断の刺激と再生の過程を経ることで、位置依存的な転写の活性化が起こることを示した。また、扁形動物のプラナリア、ゼブラフィッシュのような魚類、アホロートルに至るまで再生能力の高い生物では再生を活性化する遺伝子制御ネットワークが共通して作用しているのではないかということを明らかにした。これらの生き物の再生過程を調べることで、三次元構造を再構築する転写制御メカニズムを、より詳細に明らかにしていきたい。