Press release
Transcriptional suppression of ribosomal DNA with phase separation
Satoru Ide, Ryosuke Imai, Hiroko Ochi, and Kazuhiro Maeshima
Science Advances 6,eabb5953(2020) DOI:10.1126/sciadv.abb5953
近年、細胞内には核小体(図1左上)のような膜のない構造体があることがわかってきました。膜のない構造体の多くは「液-液相分離」と言われ、その実態は油と水の分離に見られる原理によって作られる「液滴」です。この液滴は、試験管内ならさまざまなタンパク質によって作られることが示されている一方で、細胞の中で「どのように液滴が作られるのか?」「その液滴の変化が細胞の機能にどのように結びつくのか?」は不明でした。
ゲノムダイナミクス研究室の井手聖助教、大地弘子研究支援員、今井亮輔元総研大生、前島一博教授らの研究グループは、生きたヒト細胞の大きな液滴である核小体に着目し、その中に存在するリボソームRNA遺伝子(rDNA)と、その転写装置であるRNAポリメラーゼIの振る舞いを、超解像蛍光顕微鏡を駆使して分子レベルで詳しく観察することに成功しました。その結果、液滴である核小体において、rDNAの転写が停止することにより、新たな液滴が作られることがわかりました(図1)。重要なことに、ヒト遺伝性疾患の原因となる変異型RNAポリメラーゼIによっても、転写が停止して、同じような液滴が作られることがわかりました(図2)。
本研究により、RNAポリメラーゼIの変異が液滴の変化を起こし、リボソーム合成異常に起因するヒト遺伝性疾患を引き起こすことが明らかとなりました。本研究によって、今後、このような細胞の異常や関連疾患の理解が進むことが期待されます。また、生きた細胞内で分子の動きを追跡できる超解像蛍光顕微鏡が細胞内のさまざまな液滴を調べる上で有効であることがわかりました。
本研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST) (JPMJCR15G2)、文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「クロマチン潜在能」(JP19H05273)、科学研究費補助金(JP16H04746、JP15K18580, JP15H01361、JP16H04746)および武田科学振興財団の支援を受けて行われました。
図1: (左上)細胞の核の中にある液滴である核小体(水色)。(左)リボソームRNA(rRNA)の転写が行なわれているときは、rRNA遺伝子(rDNA)とRNAポリメラーゼIが液滴全体に散らばっている(青色)。(左下)RNAポリメラーゼI(ピンク)が遺伝子(紺色曲線)上で塊を作る。(右)転写が抑えられると、散らばっていたRNAポリメラーゼIやrRNA遺伝子が集まり、新たな液滴ができる。(右下)液滴の中ではRNAポリメラーゼIがrDNAから外れ、共に自由に動き回る。
図2: ヒト遺伝性疾患の原因となる変異したRNAポリメラーゼIを発現させると、阻害剤を投与した時と同様に液滴である核小体の中に新たな液滴が作られる(中央)。その際、転写に必要なタンパク質(紫色のボール)が液滴から追いだされる(中央)。そのため液滴内に残るrRNA遺伝子と正常なRNAポリメラーゼIによる転写は起きない。このように生じるリボソーム合成過程の異常がトリーチャー・コリンズ症候群などに見られる頭蓋骨や顔の骨の形成不良を引き起こすと考えられる(右、上あごと下あごの形成異常を表す。画像提供:Cincinnati Children’s Hospital Medical Center • K. Nicole Weaver博士)。