
ポスドクとしてスイスへ渡った後、アメリカを中心に13年間の海外生活を経験した。帰国して日本の研究環境に身を置いてみると、日本と海外の違いが見えてきた。「研究の質」そのものに差があるわけではない。しかし、研究成果を測る「論文の質」は欧米諸国に劣る。「次世代の研究者がグローバルに活躍するために自分ができること」を広海教授は遺伝研で実践する。
神経幹細胞がどのようなメカニズムで多様な神経細胞を生み出すのか、神経細胞はどのような原理で神経回路を造りあげるのか。広海教授の研究室ではショウジョウバエを用いて神経発生に関する研究を行っている。「ショウジョウバエの研究者には2つのタイプがいると思う」。それは、子どもの頃から自然や生き物 が大好きな虫派と、物事を定義してしくみを理解しようとする理論派である。物理と数学が得意で、大学では物理学を専攻した広海教授は間違いなく後者だ。
「教授採用時の発表論文の少なさでは遺伝研の記録保持者かもしれません」。博士号取得後、スイスのバーゼル大学を皮切りに海外で研究を続けた。アメリカのプリンストン大学でアシスタントプロフェッサー(助教授)を務め、次のポストを探していたときに参加した日本の学会がきっかけとなり、遺伝研へと活動の場を移した。論文の「数」だけでは計りきれない広海教授の価値を、遺伝研は見出したのだ。遺伝研で自分は何ができるだろうか。その答えは研究成果を出すのは もちろんのこと、海外経験を活かして遺伝研の活動に必要な新たなしくみを創り出すことだった。
広海研究室の壁には「創造性・実験・論文発表」の3つのスイッチが常にONになっている「猩猩蠅(しょうじょうばえ)実験室制御盤」が取り付けられている。遊び心溢れるこの制御盤から、広海教授の研究や教育に対する真摯な姿勢が垣間見られる。