
冷静な観察者の眼差しが印象的な荒木教授、教授の前では素をさらけだすしかない。 ちっぽけなごまかしは通用しない。
教授が大学生だった70年代は、理学部進学に多くの親が反対する時代だった。卒業後はどうするのか。何をやって食い扶持を稼ぐのか。「我々の頃は理学部に来るという時点でそれなりに覚悟しているんですよ」。荒木教授はさらりと言うが、その「覚悟」は他の学生より確かなものだった。その証拠に、後悔するほど学生時代はがむしゃらに勉強した。「今思えばもうちょっと遊んでおけばよかった」。1年生のときから教授に薦めてもらった専門書を読み漁り、知識の土台を築いた。4年生になってからは研究室に入り浸りの生活。午前2時より前に家に着いたことはなかった。
「生命の根源は遺伝にある」。何がしたいのか、何ができるのか、考え続けた荒木教授の興味はここに辿り着いた。以来、一貫してDNAの代謝に関わる研究に携わってきた。現在も酵母を用いてDNA の複製機構の解明に精力的に取り組んでいる。研究が気になりだすと寝られない。たったひとつの事が知りたくて数百キロ離れた研究室に駆けつけたこともある。体力の続く限り集中する。一方で、高校生の頃はわからなかった言葉の意味が、研究を始めてからわかった。「好きなことを仕事にすることは時につらい」。研究がうまく行かないときにも、それを紛らわすほど夢中になれるものがない。好きなことを追求できる喜びと逃げ場のないつらさはいつも背中合わせだ。それでも荒木教授は研究をやめたいと思ったことはない。それを支えるのは、結局のところ「どうしてだろう」という生き物へのシンプルな興味だ。
自分なりの試行錯誤を続けてきた荒木教授が、一人前の研究者になるために必須、と考えるのはディスカッションの力だ。人とディスカッションをすることで、自分の論理は正しいのか、どんな修正が必要なのかを明らかにできる。折に触れては研究室の学生や研究員に話しかけて議論を促す。「若い人は今やっている研究を将来的に続けるかどうかわからない。けれども、論理的な思考を身につければ、どこでも自分で実験を組み立てて研究を進められるようになる」。研究の厳しさを知っているからこそ、小手先ではない実力を育みたい。「生意気で結構。きちんとした根拠があれば、目上の人に反論することを躊躇しないで欲しい」。