柴原 慶一 准教授(しばはら けいいち)

 育種遺伝研究部門 柴原研究室

基礎研究を志すのに最適な場所

医療に根ざした研究に携わりたいという想いから医学部へ入学した。「まさか、ここまでベーシックな研究をするとは思ってなかったな」と、当時を振り返る。医師免許を取得した後、臨床研修として配属された血液内科で感じた疑問が、今のキャリアを歩むきっかけになっている。

臨床からの転身
医師免許を取得した当時、教科書に書かれている病気の多くは原因がわからず、治療法も暗中模索というのが現実だった。特に血液内科は、白血病や自己免疫疾患など病気が診断された場合でも治療法がなく、ただただ患者が亡くなっていくのを見守るしかなかったという。「自分は、医療の何に貢献できているんだろう?」そんな想いから、病態を明らかにする部分に関わるべく免疫学を扱う京都大学医化学教室へ入ることを決意した。しかし、研究を続けるうちに、ただ現象を追い続けるよりも、より生命現象の本質に迫りたいと考えるようになる。ちょうど、アポトーシス(細胞死)の研究をしていたこともあり、核内の物体、特にクロマチンの形成や制御といった現象を分子レベルで理解するような基礎研究へと興味が移っていった。
基礎研究の魅力
ヒトDNAの全長は2m程度といわれている。直径10μm足らずの大きさしかない核に収納するために、DNAをきれいに巻き取っているのがヒストンと呼ばれ るタンパク質だ。H1、H2A、H2B、H3、H4の5種類が存在するが、近年の研究で、ヒストンバリアントと呼ばれる類似タンパク質の存在も明らかに なっている。例えばH2Xと呼ばれるバリアントは、DNAに傷がついた時にリン酸化を受けることで、DNA損傷の目印になるという。このように決まった役 割を担うバリアントが10種類以上報告されている。いつ、どのようなバリアントがどこに取り込まれ、どのように作用しているのか?その作用機序を明らかに すべく日夜研究を行っている。「確かに、直接病気の治療などの応用につながる研究ではない。しかし、自分の興味に従って独自の命題を設定し、世界中で誰も 知らない答えを導き出していく。そして、その評価を自分自身が受ける。この3つの側面を享受できるのが基礎研究であり、他の職にはない魅力なんじゃないかな」。
研究者の必要なもの
遺伝子組換え技術、ノックアウトマウスの作成技術、最近ではiPS細胞の樹立や次世代シーケンサーの開発と、ここ数年で研究を推進する技術が目覚ましく発展している。今後も生命科学の疑問は様々なアプローチにより益々スピーディーに解き明かされて行くだろう。しかし一方で、研究プロジェクトは大型化し、社会は成果の還元をより強く求めることになるだろう。国力も右肩上がりばかりを期待できない現状から、研究費の配分も基礎研究から応用研究へと益々シフトしていくことが予想される。純粋に自身の興味を追求したい基礎研究者にとって、厳しい時代になっていくかも知れない。「incube00号(創刊号)で、荒木先生が良いことを言っていた。『研究には情熱と覚悟が必要』、僕もそう思う。基礎研究に関して、敢えてもう1つ挙げるとすれば『世の中から自分をある程度 遮断する資質』ではないだろうか」。この言葉は、ある意味では忍耐とも言い換えられるのかもしれない。「収入面からいえば、正直いってハイリスクローリターン。それでも研究する喜びは他に代え難い。是非遺伝研のような恵まれた環境で、全てを忘れて研究に没頭してみてほしい」。
(株式会社リバネス 2009年インタビュー)

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