城石 俊彦 教授(しろいし としひこ)

 哺乳動物遺伝研究室 城石研究室

ミシマから世界を狙う

今や生命科学、医学の研究において、ヒトのモデル動物としてマウス(ハツカネズミ)の存在は欠かすことができない。人為的に遺伝子を破壊したり改変したり、あるいは自然に生まれた突然変異体を解析することで、表現型と遺伝型との関係を調べる。その結果明らかになった関係が、ヒトでも見られるのかを調査する。そうやって、ヒトについての理解を深めていくのだ。

研究リソースを日本から生み出す
現在400系統以上存在する実験用マウス。そのほとんどはヨーロッパ産マウスを元にアメリカで生まれたものだ。「残念ながら、これまで日本人の手で遺伝学のリソース(材料となる生物モデル)をつくりあげたことは、ほとんどありません」。マウスだけでなく、線虫、ショウジョウバエ、シロイヌナズナ・・・代表的なモデル生物はみなアメリカやヨーロッパが発祥だ。「まずは自分たちでリソースをつくろう」。そう考え、城石さんが注目したのが、日本の野生マウスだった。
日本とヨーロッパのマウスは、同じ種だが多くの表現型が異なる。例えば国立遺伝学研究所がある三島市で見つかったマウス由来の系統MSM/Ms(通称 MSM(ミシマ))は、研究で最もよく用いられるヨーロッパ由来のc57BL/6(通称 B6)と比べて活発でからだが小さく、エネルギー代謝が高く、発がん率が低い。その原因となる遺伝子を探し出せれば、ヒトの代謝や発がんリスクなどに関わる遺伝子をつきとめられるかもしれない。
しかし、表現型の原因遺伝子を探る連鎖解析と呼ばれる手法では、十世代以上もマウスの交配をくり返す必要があるため、ひとつの表現型と遺伝子とのリンクを見つけ出すのに何年もかかってしまう。そこで城石先生は研究を加速するために、MSMとB6の「コンソミック」系統をつくり上げた。
時間と手間を重ねてつくったマウス
コンソミックとは、1本の染色体だけが、他のものとは異なる系統に由来する状態を指す。例えば1番染色体だけが100%MSM由来で、他の染色体はすべてB6由来という状態だ。城石先生は10年以上かけ、1番から19番までの常染色体と、X、Y染色体、そしてミトコンドリアDNAまで、染色体の半分程度がMSM 由来のものを含めて29もの系統をつくり出した。これらの系統が示す表現型を、もとのB6と比較すれば、どの染色体に関与する遺伝子があるか一目でわかるのだ。さらにこのマウスをもとにMSM由来の部分を狭めていくことで、すでに特定の表現型とリンクしたゲノム領域を400か所以上見つけている。
それに加え、MSMの全ゲノム配列の解読も行い、B6との間に25,902個のアミノ酸置換を含む9,735,746か所の一塩基多型変異を見つけた。この情報があれば、原因を一塩基にまで絞り込めるはずだ。
三島の地に、強固な基盤を築きたい
MSM 系統ではゲノム情報やコンソミック系統だけでなく共同研究によってノックアウトマウスをつくるためのES細胞やBACライブラリーまで整備されている。さらに遺伝研は、国内の次世代シークエンス拠点のひとつ。研究材料も、情報も、機器も、すべて揃っているこの環境で、これから新しい研究が生まれていくだろう。
富士を見晴らす三島の地。そこで見つかったローカルなマウスは、今や世界で通用するツールになった。「あとは何をおもしろいと思うか、センスとアイデアだけですね」。10年以上かけてつくりあげた、遺伝学研究の基盤。それを柔軟な発想で利用できる学生が来るのを、城石先生は期待している。
(株式会社リバネス 2009年インタビュー)

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