倉田 のり 教授(くらた のり)

最高の問いを求めて

「設定された問題を解くだけであれば、学生にもできる。研究者としての一番の喜びは、自分自身の問題をどう設定できるのか、というところにあります」。代々の研究者たちが集めてきた世界中の貴重な野生種のイネが受け継がれている圃場を前に、倉田教授は穏やかな表情で語る。これまでに得た情報や研究材料を最大現に活かすために、遺伝研に来てから10年間、今もまだ、最高の問いを模索し続けている。

染色体に魅せられた学生時代
「染色体をはじめて見たときから、きれいに組織化され、決まったように動く様子に、飽きることがなかった」。どのような研究分野に進むのかを決める要因は、案外、たまたま感じた興味や感動にあるのかもしれない。倉田教授の場合は、それが染色体だった。バッタ、ユリ、そしてイネといった様々な染色体の観察と同定に学生時代は明け暮れた。「生命科学の根幹は遺伝情報にあると思いました。それが詰まっている染色体の、中身の実態、形や動きの意味をもっと掘り下げて知りたい」。こうした想いから、倉田教授は分子生物学の研究へと移行していく。「当時は、今ほど分子生物学をどこでもできる環境ではありませんでしたから、受け入れてくれるところに、とにかく行きました」。
基盤整備が研究を展開する
ポスドク時代は主に動物を扱っていた倉田教授が、再び植物の研究へと戻ってくることになったのは1991年のことだ。農林水産省が主体となって立ち上げたイネゲノムプロジェクトのプロジェクトリーダーを要請されたのだ。倉田教授は、悩んだ。自分自身の興味に特化した研究をしたいという想いと、ここで誰かがやらねば、いつまでもイネや植物研究全体のレベルが停滞するという想いに揺れていた。「ゲノムをもっと詳しいレベルで見るツールが欲しいと、私も思いました。だから、だれかがやらないと始まりませんので、自分がやってみるか、という気持ちでした」。プロジェクトの第1期は、遺伝子の大量解析、遺伝地図作成及び物理地図作成が行われ、1998年以降、新たな展開を目指してイネゲノム全塩基配列解明プロジェクト、イネ完全長cDNAプロジェクト等が推進された。実際に始まってみると、倉田教授の想像を超えるスピードで基盤整備は進んでいった。それは学問の質を変えるインパクトがあった。
遺伝研へと研究拠点を移した倉田教授は、イネの全ゲノム配列情報をはじめ、自ら整備したイネ研究の基盤を活用して、異なる種間で簡単には交雑できない「ゲノム障壁」という機構の解明に注力する。生物種が種として安定的に存在し続けるためには、他の近縁種との交雑を不可能にする機構は不可欠だ。倉田教授らは、イネの生殖過程において正常に子孫をつくることができない生殖的隔離機構を、遺伝学、分子遺伝学、細胞生物学、生化学など多面的なアプローチにより解析する。
問題設定に個性が出る
「こういう疑問の持ち方はどうだろうか。これがわかったら面白いのではないか。どういう風に問題を設定するのかということに、私は興味が集中しています。そして、そういうスタンスが好きです」。倉田教授は、問題設定の仕方そのものに、研究者の個性がでるという。だから、学生にも自発的な問題設定ができるようになって欲しいと願う。「けれども、その方法を伝えるのは難しい。研究をしていく上で、いろいろな壁に当たり、本当にやりたいことをつきつめて考える場面がないと到達できない部分があると思います」。そのためにも、研究はあまり順調に進まないほうが良いのかもしれないと倉田教授は笑う。
(株式会社リバネス 2008年インタビュー)

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