前島 一博 教授(まえしま かずひろ)

生体高分子研究室 前島研究室
1969年生まれ 大阪大学大学院医学研究科博士課程修了 スイス・ジュネーブ大学、独立行政法人理化学研究所 専任研究員。 2009年より現職。
趣味/野球、史跡めぐり、読書

生物の遺伝情報の収納原理を明らかにする

ヒトの体は約60兆個の細胞から出来ており、その一つ一つの細胞の大きさは、その種類にもよるが、およそ20ミクロン(0.02ミリメートル)程度である。だが、その細胞の中には、長さ約2メートルのDNAが収納されている。細胞が分裂する際、DNAはコンパクトに凝集し、染色体というものになる。長いDNAが細胞の中にどのように収納されているか、それを明らかにするのが前島教授の研究テーマだ。

観察結果を重ねて定説を覆す発見へ
生命の設計図と呼ばれるDNAには、私たちの細胞を構成したり、その働きを担う様々な蛋白質が遺伝子としてコードされている。遺伝子から情報が読み出されるためには、その遺伝子のスイッチがオンになる必要がある。細胞の中のDNAの収納のされ方を研究する意義を前島教授は「遺伝情報の読み出しのためには、長いDNAから必要な遺伝子スイッチを探し出す必要があります。スイッチの探し方を知るために、まずはDNAがどのように整理整頓され、収納されているのかを知らなくてはいけません。」と語る。
細胞のなかのDNAの収納については、1976年頃に提唱された階層型のモデルが定説となっていた。ヒトのDNAは細い糸状で、”ヒストン”という小さなタンパク質に巻き付いておよそ10ナノメートルの”ヌクレオソーム線維”になり、そのヌクレオソームがらせん状に規則正しく束ねられて、およそ30ナノメートルの”30-nmクロマチン線維”になる。このクロマチン線維が、さらにらせん状に規則正しく階層構造(積み木構造のようなもの)を作っているというものである。電子顕微鏡により30ナノメートル、100ナノメートルなどの大きな階層構造のようなものが観察されており、このモデルは多くの研究者に受け入れられていた。
ところが、前島教授らの発見は、「ヌクレオソーム線維は規則正しく折り畳まれることなく、細胞の中にかなりいい加減な状態で収納されている。」というもので、従来の定説を覆すものである。最初から疑っていたわけではない。当初は、ドイツの研究グループと共に、より詳しい構造を明らかにするために、生きている状態に近い細胞をそのまま急速冷凍して観察できるクライオ電子顕微鏡を用いて、染色体を調べていた。ところが、ヌクレオソームに相当する10ナノメートルの構造は見つかったが、クロマチン線維に相当する30ナノメートルの構造は見つからなかったのだ。
あれこれ調べていくうちに、「もしかすると規則正しいクロマチン線維は無いのかもしれない。」と思い始めた。「ある日突然『無いかもしれない』と思ったわけではなく、いろいろと調べていくうちに『無い』という確信がだんだんと高まってきたということです。今まで信じられてきたこととは違うことを発見するのは、とてもエキサイティングで、幸せな気持ちでした。」(前島教授)2008年に研究成果を論文にしたが、学会では「半信半疑の人も多かった。いまでもそうかもしれませんが(笑)。」という。そこで次に前島教授は、理化学研究所と共同でSpring-8の放射光によるX線散乱による構造解析を行った。ところがX線散乱解析の結果には、30ナノメートルのピークが見えていた。
なぜクライオ電子顕微鏡で見えなかったものがX線散乱では見えたのだろうか。クライオ電子顕微鏡の画像をよくよく解析してみると、染色体のふちに細胞内でタンパク質を作る”リボゾーム”がたくさん付着していることが分かった。リボゾームの大きさは約30ナノメートルなので、これがX線散乱では30ナノメートルのピークとして検出されていたのだ。リボゾームを取り除いてX線散乱解析したところ、30ナノメートルのピークはなくなり、クライオ顕微鏡での観察結果と一致した。ここでようやく、染色体の中には、規則正しいクロマチン線維も、さらなる階層構造もほとんどないことを確信し、2012年に論文を発表した。最近、他のグループからも前島教授と同様な結論の論文が発表されている。
DNAのダイナミズムに魅かれて
幼いころの前島教授は昆虫採集や魚釣りが大好きな子供だったが、中学、高校時代は運動部に所属し、生き物からは遠ざかっていた。DNAを取り扱う分子生物学に興味を持ったのは、高校2年生の時、利根川進氏のノーベル医学生理学受賞のニュースを見たことがきっかけだった。「分子生物学という分野があることを知り、今までになかった視点から生き物を見てみたいと思ったのが、生物学を志したきっかけです」(前島教授)研究者になることを決めたのは大学生の時。筑波大学に在学中、農林水産省などで研究助手のアルバイトをしていた時に出会った廣近洋彦先生からトランスポゾン(動き回るDNA因子)の話を聞き、あらためてDNAのおもしろさに魅せられた。
「私にとってのDNAの魅力はダイナミックな変化。利根川先生が受賞されたテーマは、免疫系におけるDNAの再構成というテーマでしたし、トランスポゾンもDNAの一部が別の場所に飛んでいくという現象です。」(前島教授)博士課程ではDNAの組み換えを研究していたが、DNAの修復や組み換えなども、すべてダイナミックな現象である。そして次にDNAのダイナミックな構造変化が生み出す高次構造、すなわち細胞の核や染色体構造をテーマとした研究に取り組んだ。それを発展させ今の研究に至っている。
超省エネデバイスの動作原理にもつながる研究
「生物には、きちんとした構造を作るよりも、多少いい加減でも、少ないエネルギーで作れる構造を採用する場合が多々見られます。そうした生物の原理を、この研究で明らかにしようとしています。」(前島教授)”情報の検索に必要なエネルギー”という観点から見ると、DNAが規則正しく折りたたまれている従来のモデルよりも、かなりいい加減に収納されている前島教授のモデルの方が合理的だ。情報が記録されたDNAをきっちりと折りたたむ構造では、たたむためのエネルギーが必要になるし、中から特定の情報を取り出すために全部ほどかなくてはいけないので、またエネルギーが必要となる。それよりは、最低限必要な構造だけ作って、いい加減にたたむ方が、情報を取り出すのに必要なエネルギーは少なくなる。また、規則正しく、きっちりと折りたたむ場合に比べて、個々のヌクレオソームが動ける余地が増え、必要な遺伝子スイッチの検索に効率が良いだろう。
現在取り組んでいるのは、細胞の中で、このダイナミックなヌクレオソームの動きを明らかにすることだ。ヌクレオソームを光らせて光学顕微鏡でゆらぎを観察し、動きを解析する。タンパク質はゆらいでいるヌクレオソームの中を移動して行きたい場所を探し出すと思われるが、その移動にブラウン運動を利用することでエネルギーを使わず検索できる。「この仕組みを解明できれば、工学部品で使われるメモリーの消費電力を飛躍的に低減する原理になる可能性があります。」(前島教授)また、私たちの体の中には異なった機能を持った様々な種類の細胞が含まれている。「細胞の種類によってDNAの収納のされ方が異なっているかもしません。」(前島教授)。DNAの“収納”にはまだまだ未解明の謎がつまっている。「他にも、私が思いもよらないようなことをやりたいという学生さんがいたら、ぜひいっしょにやりたいと思います。」(前島教授)
研究室には、前島教授の研究に惹かれ、特別共同利用研究員として研究に取り組む慶應大学大学院生の野崎慎さんが在籍している。以前は計算機を 用いたバイオインフォマティックス研究をしていたが、遺伝研ではヌクレオソームの動きを解析している。「実験とディスカッションが好きな学生が来てくれるといいなと思います。」(野崎さん)
前島教授は学生の指導にとても熱心だ。ここには、研究者として大きく成長するステージが用意されている。
(インタビュー 2012年)
 パンフレットダウンロード(913KB)


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