角谷 徹仁 教授 ( かくたに てつじ)

育種遺伝研究部門 角谷研究室
1959年生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。農水省農業生物資源研究所、コールドスプリングハーバー研究所、ワシントン大学を経て、2000年より国立遺伝学研究所。

植物と遺伝学とエピ遺伝学~塩基配列によらない遺伝のしくみ

植物では、葉や花の形や大きさにかなりの多様性がある。このような植物の多様性には、遺伝子の塩基配列の変化によらないものがある。 このように塩基配列の変化がともなわずに形質が継承される現象は、「エピジェネティック」と総称される。 育種遺伝研究部門の角谷徹仁教授は、シロイヌナズナという植物を用いて、さまざまな生命現象を制御するエピジェネティックな機構を明らかにしている。

遺伝学とエピ遺伝学
遺伝学では、遺伝子と表現型の関係を調べる。たとえば、メンデルはエンドウマメの種子の色や形などの表現型を用いて遺伝の仕組みを研究した。 こうした生物の表現型は、遺伝子に支配されていて、遺伝子のDNAの塩基配列の変化が表現型の変化に対応し、遺伝子の変化は子孫に伝わる。 ところが、表現型の変化が子孫に伝わっても、遺伝子の塩基配列に変化がない場合がある。 塩基配列の変化を伴わずに、遺伝子のON/OFF情報が細胞分裂後に継承されることを「エピジェネティック(エピ遺伝的)」と総称する。 エピジェネティックな現象を研究する分野が「エピジェネティクス(エピ遺伝学)」である。
育種遺伝研究部門の角谷徹仁教授は、遺伝学の面からエピジェネティクスを研究している。 これまで、シロイヌナズナを用いて、植物の発生におけるDNAのメチル化というエビジェネティクスの機構の役割と制御について明らかにしてきた。 メチル化とは、DNAの塩基にメチル基を共有結合させること。DNAがメチル化されると、染色体の構造が変わり、遺伝子の発現が抑制される。 また、メチル化の状態はDNAの複製時に維持され、細胞分裂後の子孫の細胞のDNAに伝わる。
遺伝子の働きを抑えるDNAのメチル化
小さな白い花をさかせるシロイヌナズナは、モデル植物として研究によく使われる。栽培しやすく、遺伝子が調べやすいためだ。 角谷教授は、DNAメチル化装置の働かないシロイヌナズナに葉が白いものや背が低いものなど異常な個体をみつけた。交配実験を繰り返すと、その異常な現象は子孫に遺伝した。 まだエピジェネティクスの研究がそれほどされていない20年ほど前のことだった。交配実験でみられた異常な個体の遺伝は、DNAのメチル化によって発現が抑えられていた遺伝子が活性化したのがひきがねになっていた。
花の咲く時期が遅れるのは?
角谷教授は、DNAのメチル化を低下させて、発生が異常になるシロイヌナズナの個体を解析した。 「メチル化が抑えられると、花の咲く時期が遅れる現象がよく見られます。これは、本来は胚乳の部分ではたらく遺伝子が別の場所ではたらくためでした」と説明する。
みつかった遺伝子は、シロイヌナズナの胚乳においてのみ発現し、胚乳以外ではDNAのメチル化により発現が抑えられている。 胚乳は、胚の発生を助ける組織なので、遺伝子の発現が変化したとしても子孫には伝わらない。ところがメチル化がなくなり、胚乳以外のところで発現するようになると、その活性化状態が遺伝することがわかった。
飛び回るトランスポゾンを制御する
DNAのメチル化の機構は、脊椎動物から植物まで多くの生物に見られる。「植物の場合、多くのメチル化領域がトランスポゾンの近くにあるのです」という。 トランスポゾンとは、動き回ることのできるDNAの断片で、自分のDNAのコピーをつくり、様々な場所に飛び込ませて遺伝子のはたらきを不安定にする。
花弁の形が変化したシロイヌナズナの個体は、トランスポゾンにより生じることがわかった。 メチル化の機構が正常な野生型のシロイヌナズナでは、トランスポゾンの影響はないが、メチル化が抑えられるとトランスポゾンは活性化して遺伝子の中に飛び込み、 遺伝子のはたらきをこわして、発生異常を引き起こしたのだった。 「メチル化は、飛び回るトランスポゾンのはたらきを抑制することでゲノムを防御しています」。
遺伝子とトランスポゾンを区別する
DNAメチル化装置が働かなくなって生じた発生異常の中には、植物体が小さくなって枝分かれの増えたものがあった。 角谷教授はこの発生異常を「bonsai」と名づけた。海外の人も知っていて、日本らしい名前にしたのだという。 bonsaiでは、ゲノム全体のメチル化は低下していても、細胞周期の調節に関わる遺伝子だけは局所的にメチル化されていた。 bonsaiでは、この遺伝子のはたらきがメチル化で抑えられたため、発生異常につながった。
そこで、この遺伝子のDNAのメチル化が起こるシロイヌナズナの変異体を新たに選び出し、調べると葉の形が変わるなどの発生異常が生じたが、トランスポゾンは影響を受けなかった。 さらに、遺伝子が局所的にメチル化されたのは、メチル化を排除し、遺伝子をはたらかせる酵素が機能しなくなったためとわかった。 「DNAのメチル化は、ゲノムを不安定にするトランスポゾンを抑えます。一方、ここでみつかった酵素は、トランスポゾンと遺伝子を区別して、遺伝子のDNAのメチル化をとり除いて遺伝子をはたらかせます。 植物は、こうしてメチル化を制御することにより、遺伝子のはたらきを保証しているのでしょう」。
植物が教えてくれる
「この研究では、シロイヌナズナの変わった現象を突き詰めていくと、エピジェネティクスにつながるので、とても興味深く、やりがいがあります」と角谷教授。 植物でなければ、これらのエピジェネティクスの機構はみつかりにくかったという。「植物は脊椎動物と違ってとても柔軟な生物です。マウスなら死んでしまうような変異でも、 花や葉の形を変えるなどさまざまな形になって、生き伸びています。遺伝学やエピジェネティクスの材料として扱いやすく、植物のおもしろいところです」と続けた。
エピジェネティクスは、発生や分化ばかりでなく、がんや老化などさまざまな生命現象に関わると考えられ、成果が期待されている研究分野だ。この小さな植物が、私たちの未来に貢献している。
(インタビュー 2013年3月)
  パンフレットダウンロード(1.03MB)


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