第25回 細胞の中心体は、なぜ1コピーしか複製しないのだろう?

細胞の中心体は、なぜ1コピーしか複製しないのだろう──メカニズムの解明と新たな理論の提唱

10年来の謎を解明できたそうですね

北川:中心体の複製がどのようにして始まるのか、そのメカニズムの謎だった部分を、明らかにすることができました。リスボン(ポルトガル)で開催された、中心体研究の国際会議で講演してきたばかりなのですが、おかげさまで拍手喝采を浴びることができ、うれしかったですね。ケンブリッジ大学の大御所研究グループも同じ結論に達し、この会議で発表を行っていました。私たちはヒト培養細胞で、彼らはハエを使って実験しましたが、中心体の複製過程は生物種間で共通に保存されている、生物にとって基本的に重要な事象です。この事象に関与するいくつかの分子が10年ほど以前に同定されていたのですが、どのように相互作用するのかが未解明のままでした。その重要な一部分を、私たちと彼らが一番乗りで解明でき、今回の国際会議でも大きく注目してもらえました。 

そもそも中心体とは、どのような細胞小器官ですか?

北川:1つの細胞に1つだけ存在する細胞小器官で、細胞分裂のときに重要な働きをします。つまり、細胞分裂の時期になると自己複製を行い、自分と同じコピーを1つ作ります。その結果、中心体は2個になるのですが、そのそれぞれから、糸のような繊維(微小管)を伸ばして染色体を引っ張り、2方向に移動させます。中心体のこの働きのおかげで、染色体は新しくできた2つの細胞に均等に分配されるのです。中心体の働きが損なわれると、がんや小頭症、男性不妊などの病気に関連することも知られています。  染色体の複製については詳しく解明されつつありますが、中心体の複製については長年未解明でした。最近、ようやく研究が活発化してきたところなので、私たちのような若手でも、重要な原理など、根本的な発見をする余地が残されていると思って取り組んできました。 

中心体が1コピーだけ複製される点が重要なのですね

北川:ええ、中心体が過剰に複製されては、染色体があちらこちら2方向以上に引っ張られたりするので、細胞分裂に失敗してしまいます。そこで、1コピーだけの複製という点がきわめて重要になるのです。  中心体が複製される過程について詳しく説明するためには、中心体の構造を知る必要があります。図を見るとわかりやすいですが、中心体は、「中心小体」と呼ばれる円筒状の構造体2つから構成されています。この2つの中心小体のそれぞれが「母」となり、「娘」の中心小体を1つずつ形成します。「娘」は根元の方から構築されていき、最終的に円筒形となって、「母」と同じ形になります。こうして、「母」と「娘」が1対になって、新たな中心体ができあがるわけです。次の細胞分裂時には、この2つの中心小体が両方とも「母」となり、また「娘」を1つずつ生じる、というわけです。  コピー数を1個に制御するには、1回の細胞分裂に対して1回だけ中心体の複製が行われること、そして、母中心小体に対して娘中心小体の形成が1個のみであることが、大切なポイントです。 

今回まず、複製開始の分子メカニズムを解明されたのですか?

北川:10年くらい前から、Plk4というリン酸化酵素が重要であることがわかっており、この分子が注目されていました。でも、Plk4が次に作用する分子がわからなかった。そこで、それを見つけようと思いました。候補分子は、STILとSAS6というタンパク質2つに絞ることができました。それというのも、これらの遺伝子の過剰発現実験を行うと、中心小体の数が異常になるのです。そのことが、この2つタンパク質の重要性を示していました。実際の解明を進めてくれたのは、太田緑研究員です。 太田:ヒトの培養細胞を用いて、これら3つの分子がどのように相互作用するかを検証するところから始めました。その結果、Plk4によってSTILがリン酸化され、次に、そのSTILがSAS6と複合体を形成し、娘中心小体の土台形成が開始されるという反応経路を実証できたのです。仮説は半年くらいで立てることができたのですが、それを証明するための実験をいろいろデザインし、確証を得るまでには2年くらいかかりました。 

北川ラボが立ち上がってから初めての論文とうかがいました

北川:私は2006年よりスイス連邦工科大学で中心体の研究に携わり、中心小体の土台の構造を明らかにすることができました。そして2011年に日本に戻ってきて、遺伝研で自分のラボを初めて立ち上げることができました。それからというもの、論文の数ではなく、内容を重要視したかったので、今回が最初の論文となりました。  複数の研究者がこのテーマで競争関係にあると想像されたので、遅れてはいけないと、それがずっと心配でした。緊張の連続でしたが、おかげさまで、実験は順調に進みましたね。太田さんの頑張り、そしてよい実験系を持っていたことも大きかったと思います。 

次に、娘中心小体が1コピーだけ作られる原理を理論化して・・・

北川:Plk4分子が母中心小体に結合してSTILのリン酸化が起こると、そのPlk4の1分子を残して、他の部位のPlk4分子は分解されてしまう。1箇所のみで反応が進む。これが、数を制御する仕組みのカギなのではないかと考えています。このネガティブフィードバック機構が働く結果、娘中心小体が1コピーしかできないのだろうと。 

どのようにして発見されたのですか?

太田:先ほどの分子メカニズムの論文の図を作成するために、母中心小体の周囲に結合するPlk4分子の顕微鏡観察を行っていました。すると、Plk4の存在を示す光がリング状からドット状に変化したのです。ドット状に変化するタイミングは、娘中心小体が形成され始めるタイミングと一致していました。そのときにこれまで北川さんと議論していた事象に結びついたのです。すなわち娘中心小体が1箇所で形成され始めると、母中心小体の他の場所に結合したPlk4分子は分解されてしまうというネガティブフィードバック機構のアイデアです。 北川:そこで、すぐに、このアイデアを実証する実験にとりかかってもらいました。 太田:実は、メカニズムに関する論文がほとんど書き上がったときだったので、私は躊躇したのです。でも、北川さんが、それも絶対に論文に含めようと強く主張されて、あと1カ月、もう1カ月と、頑張りました。 北川:まだ不完全なところもあったのですが、まず論文発表することが重要だと考えました。1つの理論としてまとめることができたので。何かを明らかにしようとするときに、理論を提唱する段階と、それを証明していく段階があると思うのです。この中心体の研究分野は、まだ理論を提唱する段階、提唱できる余地のある分野です。だったら、まずは理論を出しておかなければという思いが、この2カ月の頑張りとなりました。今回の理論が、歴史的な検証に絶え得ない理論だともちろんだめなのですが、どのようになるか楽しみです。  

(文: サイエンスライター・藤川良子 / 2014)

Direct interaction of Plk4 with STIL ensures formation of a single procentriole per parental centriole

Midori Ohta, Tomoko Ashikawa, Yuka Nozaki, Hiroko Kozuka-Hata, Hidemasa Goto, Masaki Inagaki, Masaaki Oyama and Daiju Kitagawa 
Nature Communications 5, Article number: 5267 DOI:10.1038/ncomms6267

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