第24回 学習能力の伸びしろは成長期に決まる

学習能力の伸びしろは成長期に決まる──αキメリン遺伝子の働きがカギ

なぜαキメリンに着目したのですか。

きっかけは、両足を揃えて跳ねるように歩く突然変異マウス(ミッフィー変異体)を見つけたことでした。この原因遺伝子がαキメリンで、当時まだほとんど研究されていない遺伝子でした。αキメリンは一躍脚光を浴びることになり、いくつかの働きが明らかにされてきました。しかし、ミッフィー変異体を見ていると、αキメリンにはもっといろいろな働きがあるに違いないと思いました。αキメリンは脳で働く遺伝子ですが、詳しく見ると、記憶を司る海馬で強く発現していますし、構造の似ている遺伝子の機能からしても、記憶や学習に関わっているのではないかと思ったのです。 そこで、私たちの持つ遺伝子組換え技術に、マウスの行動解析を組み合わせることにしました。今回私たちは、αキメリン遺伝子が特定の時期や領域だけで発現するように、8種類の組換えマウスを自前で作りました。

どのような組換えマウスですか。

αキメリンには、主におとなになってから強く発現する1型と、子どもの時期に強く発現する2型とがあり、途中で発現の強さが逆転します。マウスでは生後2週か3週頃、人間で言うと少年から青年頃の成長期にあたる頃に逆転します。この1型と2型のいずれかだけが機能しないマウスと、いずれも機能しないもの、合わせて3種類を作りました。そして、脳の海馬を含む部分でだけ機能しない3種類、さらに、ある薬剤を与えると機能しなくなるものを2種類作りました。 これだけのマウスを用意して行動を詳しく調べたところ、「海馬周辺での2型のαキメリンの働きが成長期に失われると、おとなになってからの学習能力が向上する」ということを明確に結論づけることができました。

マウスの行動はどのように変化したのですか。

行動を解析するためによく使われる実験手法を一通り試したのですが、その中でも特に結果が興味深かったのは2点です。ひとつは、活動量がとても増えるということです。測定してみると、αキメリンが機能しないマウスは通常の20倍も多く動いていました。 もうひとつは、文脈型学習という種類の学習能力が上がることです。ある小部屋にマウスを入れて電気ショックを与えると、次に同じ小部屋に入れただけでも、もし覚えていればマウスの体がすくみます。αキメリンが機能しないマウスは、この「すくみ」が通常のマウスよりも多く見られました。ただし、αキメリンのノックアウトマウスは両脚を揃えて歩くので、すくんでいるように見えるだけかもしれません。そこで、海馬周辺だけのノックアウトマウスを作ったのです。するとこのマウスは、歩き方も活動量も普通になりますが、文脈型学習能力だけは高いという結果が得られました。これらの変化は1型のノックアウトマウスには見られなかったことと、おとなになってから薬剤の投与でαキメリンをノックアウトしても学習能力の向上は見られなかったことから、発達期での2型のαキメリンの正常な働きによって、おとなでの学習能力が抑えられていることがわかったのです。学習能力が高すぎるよりも適度に低いほうが、マウスの祖先の生存や繁殖に有利だったのかもしれませんね。

行動解析で難しいのはどのような点ですか。

行動実験はとてもデリケートで、マウスを丁寧に扱うか乱暴に扱うかなど微妙なことで結果が大きく変わってしまいます。岩田研究員は獣医学部出身で、マウスの扱いがとても上手ですので、安定したデータがとれました。さらに、「このマウスはノックアウトだから」などという先入観があってもデータに影響を与える可能性がありますので、彼は、実験の段階ではどのマウスかわからないように他の人に記録をとってもらいマウスを手渡してもらうなど、手間をかけて実験しました。その結果、非常に信頼度の高いデータが得られました。

マウスでの結果はヒトにも当てはまりそうですか。

ヒトのαキメリンのSNP(注釈参照)と算数の能力、また自閉症的な傾向(こだわりの強さや、対人関係を結びにくいなど)との関係について、大阪大学の橋本亮太先生の研究室と共同で調べました。健康な成人を対象として、知能検査や自己診断のようなテストを受けていただき、αキメリン遺伝子のSNPの型を調べました。すると、あるSNPの型をもつ人は計算能力も自閉傾向も有意に高いという結論が得られました。つまり、ヒトでもαキメリンは脳機能に大事な働きをしているようです。ただ、ヒトでは脳内の遺伝子発現量を測ることは簡単にはできませんが。 ヒトの研究では、心理のように複雑なことも解析対象にできる一方で、完全にコントロールされた直接的な実験結果はなかなか得られません。マウスでの研究の良さも再認識することになりました。これからも医学研究と連携しながら、マウスを使う利点を生かした研究を進めていきたいです。

今後の展望をお聞かせください。

まずは、αキメリンの欠損が学習能力の向上にどのようにつながるのかを明らかにしていきたいです。神経回路ができてくる過程で、具体的にどのようなタンパク質が作用しているのか、解明が進んできています。一方では、個体のレベル、例えば学習や認知がどのようにおこなわれるのかを行動実験などで明らかにする研究も進んでいます。この両者をつなぐ研究は難しいですが、そのような研究が私たちの目標です。今回の成果を皮切りに、大きな謎に挑んでいきたいと考えています。 注釈: SNPは一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism)の略。例えばヒトではおよそ30億のゲノムDNA塩基配列のうち約1,000塩基につき1か所は人によって異なる塩基をもつ。この多様性が、体格や体質の個人差・個体差に結びついている。

(文: リサーチ・アドミニストレーター室 伊東真知子 / 2014)



RacGAP α2-Chimaerin Function in Development Adjusts Cognitive Ability in Adulthood

Ryohei Iwata, Kazutaka Ohi, Yuki Kobayashi, Akira Masuda, Mizuho Iwama, Yuka Yasuda, Hidenaga Yamamori, Mika Tanaka, Ryota Hashimoto, Shigeyoshi Itohara, Takuji Iwasato
Cell Reports Available online 21 August 2014 DOI:0.1016/j.celrep.2014.07.047

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