第22回 光合成は昼に、細胞分裂は夜に──活性酸素からDNAを守る仕組み

光合成は昼に、細胞分裂は夜に──活性酸素からDNAを守る仕組み

細胞は、夜、分裂するのですか?

光合成をおこなう単細胞生物の細胞分裂は夜おこることが知られています。一日のうちで、昼間は光合成を行い、夜間に細胞分裂し増殖しているのです。 光合成は、葉緑体で光エネルギーを用いて糖やアミノ酸等を作る反応。糖やアミノ酸等を作るために、光エネルギーが電気エネルギーと化学エネルギーに変換 されます。光合成は「太陽光発電」であり、葉緑体は「発電所」です。発電しようと発電所を稼働させると、同時に、危険な副産物も生じるのです。ここでは、 非常に毒性の高い、活性酸素種と呼ばれる生体物質を無差別に酸化して壊してしまう物質群。ですから細胞は、発電所が稼働し危険な副産物が生じる時間帯を避 けて細胞分裂を行っているのではないかと考えられるのです。細胞分裂は、DNAの複製と分配という大事な過程を含みますから、活性酸素種によってDNAを 傷つけてしまったら、大変ですからね。

どんな生物でも、細胞分裂は夜なのでしょうか?

宮城島 進也 特任准教授

いつ分裂するかは、生物や細胞の種類によって違いがあります。今回の研究で使用したのは、単細胞の植物プランクトン(紅藻のシゾン)です。光合成を行う生物で、夜間に細胞分裂します。 これまで、一日のうちで分裂の起きる時間帯が決まっていることは、多くの生物で知られていましたが、詳しいことはほとんど調べられていませんでした。実 験室の環境では、自然状態における分裂のタイミングを再現することが、多くの場合、容易ではないのです。私たちが用いたシゾンは、単細胞なので分裂を観察 しやすく、また、その細胞集団が分裂リズムを同期しやすいといった、実験上の好条件が揃った生物です。

今回は、どのように研究されたのですか?

生物の活動が一日のうちの決まった時間帯に起きるのは、生物時計(細胞内時計)と呼ばれる反応回路が細胞内に存在し、それが約24時間の概日リズムを作 りだしているからです。そこで、細胞分裂についても、その時計と連動するスイッチがあればと考え、そのスイッチを探しました。 細胞分裂といっても、分裂の準備期から分裂し終わるまでの過程(細胞周期)があります。そこでまず、どの段階が時計と連動するスイッチの入るときなのか を調べました。その結果、シゾンでは、G1期(細胞の成長期)からS期(DNA複製期)へ移行するときに、そのスイッチが入るのだとわかりました。つま り、日没後にS期が開始され、実際に分裂するのは夜になるということだったのです。 次に、そのスイッチの実体を見つけるため、日没のタイミングに連動して活性化する遺伝子やタンパク質がないかと探しました。その点、シゾンはゲノムが小 さい生物なので、たくさんの種類の遺伝子やタンパク質を調べずに済み、助かりました。シゾンを研究材料に選んだ理由の1つも、そこなのですけれどね。そし て、E2Fというタンパク質のリン酸化反応(E2Fへのリン酸基の付加)が、24時間の周期でリズムを刻むことがわかりました。E2Fは、ヒトをはじめ、 ほぼすべての真核生物に存在し、細胞周期に関与する働きがこれまでも知られているタンパク質です。このタンパク質こそ、スイッチだったのですね。

墨谷 暢子 研究員

活性酸素との関係はどのように調べたのですか?

細胞分裂のスイッチを改変し、時間帯の制限を解除する実験をしました。すると、細胞は昼夜分かたず分裂するようになりましたが、それにもかかわらず、全 体的には細胞分裂数が減少しました。そればかりか、活性酸素種が引き起こす酸化ストレスが昂進していることもわかりました。このことから、光合成の行われ ている昼間の細胞分裂は増殖に不利であり、分裂は活性酸素によるストレスの少ない夜間に限られているという事実が見えてきました。
また、この仮説を支持する研究成果が、酵母においても報告されています。酵母は光合成を行いませんが、細胞内のミトコンドリアがエネルギーを発生する 「発電所」の働きをしており、副産物として活性酸素種を発生させます。酵母での研究でわかったことは、ミトコンドリアが活発に働く時間帯とあまり稼働しな い時間帯が数時間ごとに交互に訪れていること、そして細胞分裂は、後者の時間帯に起こるということです。

今回の研究をするきっかけは?

私は、これまで細胞内共生に興味をもって研究してきました。細胞内で光合成を行う葉緑体や細胞内呼吸を行うミトコンドリアは、もともとは、それぞれが独 立した生物でした。それが、細胞内に共生するようになり、やがて、細胞の一部になったという進化の過程を経て来ています。ミトコンドリアは真核生物の共通 祖先で成立し、すべての真核細胞(動物、植物、菌類、原生生物)が持つようになりました。葉緑体は植物や植物プランクトンなどの細胞がもっています。ミト コンドリアでは、電子を受け取りやすい物質である酸素に電子を渡し水にすることで、高効率なエネルギー変換が行われます。葉緑体では光のエネルギーを使 い、水から電子を取り出して電流をつくることで、エネルギー変換が行われます。この時、副産物として酸素が発生します。真核生物は、ミトコンドリアや葉緑 体をもつことで、環境中に豊富にある水や酸素を用いた高効率のエネルギー変換を行えるようになりました。とはいえ、よいことばかりではなかったはずです。 それというのも、電子を酸素に渡して水にする反応は特別な装置によっておこなわれますが、その装置以外の場所では、酸素が電子を奪って様々な活性酸素種 (一重項酸素、スーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシラジカル等)になるからです。活性酸素種から身を守る仕組みも、細胞は発達せざるをえなかったは ずです。それを、私は探ってみようと考えたのです。
今回の研究成果は、藻類に限らず、様々な真核生物の細胞分裂の仕組みや細胞内時計を利用した生存戦略など、体のさまざまな働きを理解していくうえでの基礎的知識として、役に立つと思われます。 また、藻類は地球上の光合成の約半分を担っていると試算されており、カーボンニュートラルなエネルギー資源としての利用に関する研究も進められています。今回の研究成果は、藻類培養手法の向上にも役に立ちうる知見といえるでしょう。 

細胞内時計の研究にも役立つ発見があったそうですね?

藤原 崇之 研究員

はい。細胞内時計の仕組みの研究が進んでいますが、近年、従来のものと異なる、新しい仕組みの時計の存在が推測されています。従来の時計というのは、 「24時間周期の時計遺伝子の転写翻訳フィードバックループ」というものでした。つまり遺伝子発現に基づいた時計です。時計の部品である転写因子は、生物 の種類によって異なるので、この時計の仕組みはそれぞれの生物群が独立に進化させたものと考えられています。しかしそれとは別に、遺伝子発現が関与しな い、普遍的で単純な仕組みの時計も存在するのではないかと、最近予測されているのです。 今回私たちが明らかにした、E2Fタンパク質のリン酸化のオン・オフに基づく概日リズムは、遺伝子発現とは無関係で、この新しい仕組みの時計に連動していることが明らかになった初の事象と考えられるのです。
ですから、今回の成果は、期せずして、細胞内時計の研究者の方々からも大きな関心を寄せていただいており、その研究が進むことになりそうで、今後の展開が楽しみです。 

(文: サイエンスライター・藤川良子 / 2014)

Translation-independent circadian control of the cell cycle in a unicellular photosynthetic eukaryote.

Shin-ya Miyagishima, Takayuki Fujiwara, Nobuko Sumiya, Shunsuke Hirooka, Akihiko Nakano, Yukihiro Kabeya, Mami Nakamura
Nature Communications 5,Article number:3807 doi:10.1038/ncomms4807

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