第21回 前頭葉が攻撃行動にブレーキをかける

前頭葉が攻撃行動にブレーキをかける──光遺伝学で証明

攻撃行動というと、ずいぶん恐ろしい感じがしますね?

そんなことは、ありません。攻撃行動は悪いもの、と思われがちですが、実は動物にとって必要なものなのです。自分の縄張りや社会的順位を守ろうとした り、親が子どもを保護したりするときに攻撃行動をとるのです。ハエ、魚類、齧歯類、鳥類をはじめ、いろいろな動物種内でも、こうした生存や存続のための攻 撃行動が観察されています。 攻撃行動は、相手に危害を加えようとするものですが、通常は、相手を殺してしまうほど過剰なものにはなりません。その動物種の進化にとって、基本的に有利に働くもの(適応的といいます)と考えられています。

高橋阿貴 助教

攻撃行動には、ブレーキが働いているということですか?

そうですね。攻撃行動には、それを引き起こす働きだけでなく、抑制する働きが同時に働いていて、その結果、攻撃行動は制御されたものになっていると考え られています。ですから、適応的ではない、過剰な攻撃行動というのは、この抑制作用が何らかの理由で働かなくなったときに起こるわけです。 抑制作用は、脳の前頭葉が担っているのだろうと、昔から推測されていました。事故などで前頭葉を損傷した患者が、攻撃的になったり、衝動的になったりする例がみられたからです。今回、マウスを用いた実験で、そのことをきちんと証明することができました。

マウスでどのように実験したのですか?

マウスの雄は、自分の縄張りに侵入した他の雄に対して、攻撃行動をとります。威嚇行動やかみつき行動をして、他の雄を縄張りから追い出そうとするので す。そこで、マウスの前頭葉の神経細胞を活性化したり、逆に不活性化したりする実験を行い、そのときのマウスの攻撃行動がどのように変化するかを調べまし た。 その結果、前頭葉の神経細胞を活性化すると攻撃行動が減少し、一方、それを不活性化すると攻撃行動が増加することを明らかすることができ、前頭葉が攻撃 行動の抑制を行っていることを証明することができました。また、前頭葉はいくつかの領域に分かれるのですが、抑制作用を行うのは、前頭葉の内側にある内側 前頭前野という部分であることもわかりました。

特定の神経細胞を活性化したり、抑制したりできる実験技術が存在するのですね。

光遺伝学(オプトジェネティクス)の技術を用いると、レーザー光のような光を当てることによって、特定の神経細胞の活性化や抑制が、自在にできるように なります。つまり、調べたい神経細胞に対して遺伝学的操作をあらかじめ施し、光受容体というタンパク質を発現させておきます。この光受容体が、光を受ける と神経細胞を刺激したり抑制したりする働きをするのです。光受容体は、元々、藻類やバクテリアから発見されたタンパク質です。
光遺伝学が、哺乳類での実験に初めて用いられたのが2005年。それ以来、多くの神経科学者が、この技術を使い始めています。私も、この技術を使用した 実験のアイデアがたくさんあり、数年前にこの技術を取り入れるようになったのですが、当初は、遺伝学的操作の段階で手間取りました。結局、3年ほどを技術 的な準備に費やしてしまいました。共同研究者の力を借りて、今、ようやく技術が使えるようになり、どんどん研究成果が出はじめて、うれしくなっているところです。

光遺伝学を使うと、いろいろ詳しく調べられるのですね。

今回の研究でも、光を当てるタイミングをいろいろ変えて攻撃行動を観察し、解析してみました。すると、前側前頭前野の神経細胞が攻撃行動を抑制する働き には、ある特徴が存在するとわかりました。それは、すでに攻撃行動を行っている途中では、前側前頭前野を活性化させても、攻撃行動を即座に止めることがで きないということです。つまり前側前頭前野の活性化は、攻撃行動を起こりにくくさせるのですが、ひとたび攻撃行動が始まってしまうと、その効果はないこと がわかりました。

攻撃行動には脳の他の部分も関わっているのですか?

攻撃行動は、脳の前頭葉だけではなく、中脳の縫線核、視床下部などの領域も関与していると考えられています。また、それぞれの領域が攻撃行動の惹起や終 息、過剰な亢進などにどのように関わっているのかはまだ不明です。さらに詳しく仕組みを探るために、脳の各領域の働きの相互作用や、脳全体の働きを明らか にしていくことが必要になってくるのです。
そのような視点から、私は、中脳の縫線核の働きと前頭葉の働きの関係を、詳しく調べていきたいと考えています。

中脳の縫線核とは、どのような領域なのですか?

小出 剛 准教授

この領域は、セロトニン神経と呼ばれる神経細胞が存在するところです。セロトニンという神経伝達物質には、いろいろな働きがありますが、その1つに、攻 撃行動を抑制する働きがあると多くの人が考えています。しかし実は、私はその考えに疑いをもっています。セロトニンと攻撃行動の関係は、もっと複雑なので はないかと考えているからです。2010年にセロトニンの薬理作用を調べたことがあるのですが、セロトニンには、脳内での慢性的な作用と一過性の作用があ り、それらの効果はそれぞれ異なると予測されました。そこで今後は、攻撃行動に関する前頭葉の働きとセロトニンの作用との関連などを調べたいのです。

マウスの脳の研究は、ヒトにも応用できると考えていいですか?

マウスとヒトは、同じ哺乳類とはいえ、ヒトで特異的に発達した脳の構造のために、脳と行動の仕組みも異なります。ですから、マウスでの研究成果をそのま まヒトに応用することはできないでしょう。でも、脳の各領域の働き方の関係性などで共通するものも多くあり、ヒトの脳を知る上で役に立つことはあると思い ます。例えば、抗うつ薬のSSRIは、副作用として一部の人で攻撃行動が増すことが知られていますが、私たちの研究は、そうした副作用の仕組みを解明する 上でも、役に立つのではないでしょうか。

高橋助教にとって、この研究のおもしろさは?

私自体は、動物にとって適応的であるはずの攻撃行動が、どうして過剰になる場合があるのか、そうした行動の仕組みについて根本的な理解を深めたいという 興味と動機で、研究を進めています。複数のマウスを1つのケージに入れると、マウスは1匹だけでいるときとは異なる、とても多様な行動を示します。それが オス同士だと、一方のマウスは目を閉じて他方を威嚇し、他方は目をまん丸くして立ち上がり服従を示します。ちょっとしたかわいらしさに隠されていますが、 その動物同士の相互作用が、それぞれの動物に大きな影響を与えているのはとても面白いことだと思います。そうした動物の行動を少しでも明らかにしていきた いと考えています。

(文: サイエンスライター・藤川良子 / 2014)

Control of Intermale Aggression by Medial Prefrontal Cortex Activation in the Mouse.

Aki Takahashi, Kazuki Nagayasu, Naoya Nishitani, Shuji Kaneko, Tsuyoshi Koide 
PLOS ONE April 16, 2014 doi:10.1371/journal.pone.0094657

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