第20回 新生児の大脳皮質で神経回路の成長する様子を観察!

新生児の大脳皮質で神経回路の成長する様子を観察!赤ん坊の脳の発達に迫る新たなアプローチ

脳はどのようなしくみではたらくのですか。

岩里:脳にはたくさんの神経細胞があり、細胞からは、数本の短い樹状突起と1本の長い軸索とが伸びています。軸索の末端は次の細胞の樹状突起とシナプスを 作り、つながって神経回路をつくっています。哺乳類のみが持つ大脳皮質には、特に複雑な神経回路があり、神経回路を流れる情報を処理することによって、感 覚や運動、学習・記憶など高度な脳のはたらきをつくりだしています。

神経回路はどのように発達するのですか。

岩里:大脳皮質の神経回路は、生まれた時にはまだほとんどできていません。その後、成長の過程でさまざまな刺激を受けることによって、正確で精密な回路が できていきます。でも、神経回路の発達がもっとも活発と考えられる赤ん坊の脳の中で何が起こっているかは、ほとんどわかっていませんでした。これまで神経 回路を観察したり、解析したりする適当な方法がなく、だれもその様子を見ることができなかったからです。今回の研究で、私たちは、新生児マウスの大脳皮質 で神経回路が成長する過程を直接観察することに世界で初めて成功しました。

大脳皮質のどの部分を観察したのですか。

岩里 琢治 教授 岩里:私たちは、マウスの大脳皮質の体性感覚野という領域をモデルにして、哺乳類の神経回路が発達し、機能するしくみを明らかにしようとしています。大脳 皮質は機能によって領域が分かれています。その中で体性感覚野は触覚などの情報を処理する役目を持つところです。
マウスは周囲の世界をヒゲで探りますが、ヒゲから入った情報はまず脳の深部にある脳幹、そして視床を経由して、大脳の表面にある大脳皮質の体性感覚野 に送られます。マウスは夜行性の動物なので、ヒゲの感覚がとても発達しています。そして、おもしろいことに、体性感覚野では、感覚情報のやり取りをする神 経細胞は1本のヒゲごとに集まっているのです。そのためマウスは1本1本のヒゲからの情報を区別することができます。この構造は樽のような形をしているの で「バレル(樽)」と呼ばれています。
バレルの構造を詳しく見てみると、視床から伸びる「視床-皮質軸索」の末端はそれぞれのヒゲに対応するバレルの内側(要するに樽の中身の部分)に固ま りを作り、そのまわり(樽の側壁の部分)に、感覚情報を受け取る神経細胞が並んでいます。そして、神経細胞は、バレル内側に向かって樹状突起を伸ばして軸 索末端とシナプスをつくっています。それぞれの神経細胞は正しい相手とつながることで、精密な神経回路ができあがります。このような構造をしているので、 バレルは神経回路が発達する様子がもっとも見やすいところです。

神経回路の発達の様子をどうやって観察したのですか。

水野 秀信 助教 水野:二光子顕微鏡という特殊な顕微鏡を用いると、生きた動物の脳の深い部分を外から直接観察することができます。ただし、そのためには、見たい部分を蛍 光で光らせることが必須です。そこで、生まれて間もないマウスの大脳皮質で、大脳皮質神経細胞を赤色に、視床‐皮質軸索を緑色に、蛍光標識する方法を確立 しました。
私たちが「スーパーノバ(超新星)システム」と名付けたこの方法では大脳皮質神経細胞を明るく、かつ「まばら」に赤色蛍光で標識できます。神経細胞を 密に標識すると、一本一本の神経細胞の突起の様子がわかりづらくなりますが、まばらに標識することではっきりと見ることができます。さらに、スーパーノバ システムでは、蛍光標識された細胞で、目的の遺伝子のはたらきをおさえることも可能です。そのため、このシステムを使うと、神経細胞の観察と同時に分子メ カニズムも調べることもできます。
また、大脳皮質にある視床-皮質軸索が緑色蛍光で標識される遺伝子組み換えマウスを開発しました。これらの手法を組み合わせることで、神経回路がつながる様子が観察できました。

神経回路の様子はすぐに観察できたのですか。

水野:とても苦労しました。おとなや大きな子どものマウスの脳の二光子顕微鏡によるイメージングは世界中で行われています。しかし、生まれたばかりのマウ スはとても小さいので扱いがむずかしく、今まで長時間のイメージングができなかったのです。工夫を重ね、それを成功させることができました。

マウスの脳ではどんな様子が観察されましたか。

水野:実験では、生後4日目あるいは5日目のマウスの脳を、9時間あるいは18時間にわたって観察しました。新生児の脳を観察してまず驚いたのは、神経細 胞の樹状突起がはげしく伸び縮みを繰り返していたということです。これまでは、樹状突起は単純に伸びるか縮むかだと考えられていましたから、こんなに動い ているとは思いもよりませんでした。そして、樹状突起は伸び縮みしながらも、結合すべき正しい神経細胞に向かって突起を広げていきました。
さらに、遺伝子操作によりNMDA受容体のはたらきを抑えて、神経細胞が情報をうまく受け取れないようにしたところ、その神経細胞では、樹状突起の伸 び縮みはさらにはげしくなりました。樹状突起が正しい軸索に向かって伸びる度合いは少なくなり、正しくない方向にも突起が広がっていきました。

二光子顕微鏡によって観察した大脳皮質神経細胞が正常に成熟する様子
二光子顕微鏡によって観察した大脳皮質神経細胞が正常に成熟する様子。0hの白色の矢頭:最初の枝の先端の位置。4.5h, 9h, 18hの白の矢頭:変化しなかった枝。黄色の矢頭:伸びた枝。青色の矢頭:縮んだ枝。下図の緑色の部分はバレル内側。



NMDA受容体とは何でしょうか。

岩里:正確にはNMDA型グルタミン酸受容体といいますが、神経細胞軸索の末端から放出されるグルタミン酸という神経伝達物質を受け取る受容体の1つで、 樹状突起上にあります。神経回路の成熟、学習・記憶など脳の高次機能に深く関わることが知られ、そのはたらきを抑えると、正しい神経回路をつくることがで きなくなります。
今回の実験では、正常に回路が作られる場合とそうでない場合の様子を比べることができました。どちらの場合も神経回路の形成過程では、樹状突起は伸び 縮みをしていました。伸び縮みをすることで、正しいシナプスをつくる相手を探しているのでしょう。NMDA受容体のはたらきを抑えると、さらに伸び縮みが はげしくなりましたから、NMDA受容体は、樹状突起に正しい相手を選ぶための情報を与えているのでしょうね。それとともに、軸索とシナプスをつくった樹 状突起を安定させて、正しい方向に伸びるよう導くことで、正常な神経回路の形成を行っていると考えられます。

今後、どのように研究を進めたいですか。

水野:今回観察できたのは18時間でしたが、もっと観察時間をのばして、神経回路ができる過程の全容を調べたいです。さらに、そのとき脳の中で神経細胞同士がどのようにコミュニケーションをしているかを知りたいです。

岩里:近年、脳科学研究で二光子顕微鏡が大きな威力を発揮しています。その顕微鏡と私たちが開発した方法を組み合わせて、新生児のマウスの脳の中を見るこ とができたのは、画期的なことでした。この方法をさらに発展させれば、今後もっといろんなことがわかると期待しています。そのために、観察技術の精度をあ げようと取り組んでいます。ヒトを含めた哺乳類の新生児の大脳皮質の中で何が起きているか、その詳細を明らかにしていきたいです。

NMDAR-Regulated Dynamics of Layer 4 Neuronal Dendrites during Thalamocortical Reorganization in Neonates.

Hidenobu Mizuno, Wenshu Luo, Etsuko Tarusawa, Yoshikazu M. Saito, Takuya Sato, Yumiko Yoshimura, Shigeyoshi Itohara, and Takuji Iwasato
Neuron 27 March 2014 10.1016/j.neuron.2014.02.026

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