第19回 DNAを放射線から守る新たな仕組みを発見!

DNAを放射線から守る新たな仕組みを発見!──放射線の影響に関する理解や、がん治療への応用につながる

私たちのDNAは放射線から守られているのですか。

前島:自然界には自然放射線が存在しています。地球上の生物は、毎年約2.4ミリシーベルトの放射線を自然界から浴びているのです。放射線はDNAを切断したり、変異を起こしたり、生物にとって大きな損傷をもたらします。

実は生物には、こうした放射線からDNAをある程度守る仕組みが備わっているのです。今回私たちは、その仕組みの1つを新たに見つけました。それは、DNAは密集して存在していることで、みずからを守っていたのです。

DNAは、細胞の核の中で「クロマチン」と呼ばれる塊を形成して存在しています。詳しく説明すると、DNAは全長約2メートルにも及ぶ細い糸状をしており、これがヒストンと呼ばれるタンパク質に巻かれて、ヌクレオソームという繊維構造を形成します。

このヌクレオソーム繊維が塊となって、クロマチンを形成しているのです。今回の研究で私たちが明らかにしたのは、このクロマチン同士の密集(凝縮)の程度が、放射線のもたらすDNA損傷の大きさを強く左右するということです。

髙田英昭 元研究員 髙田英昭 元研究員

クロマチンの模型(左:凝縮している状態 右:凝縮していない状態)

クロマチンの凝縮の程度は、そんなに大きく影響するのですか。

髙田:非常に大きいものでしたね。クロマチンが凝縮しているほど、放射線の影響を受けにくいのです。

クロマチンの凝縮の程度は、生体中で変動します。細胞周期の間期においては軽度の凝縮ですが、分裂期に なるとギュッと高度に凝縮した染色体になります。実験において、凝縮の程度はマグネシウムイオンを利用して再現しました。DNAに含まれるリン酸基は負電 荷を帯びており、クロマチンを凝縮しにくくする方向に作用します。これに正電荷を持ったマグネシウムイオンを加えると、密に凝縮したクロマチンの状態を誘 導することができるのです。

実験では、クロマチンの凝縮の程度が、放射線耐性にどのように変化を与えるかを定量的に比較しました。 すると、間期の核のクロマチンは凝縮することで、放射線耐性が16倍に増加し、凝縮時と脱凝縮時のクロマチンの密度の差がより大きな分裂期の染色体では 50倍になりました。放射線耐性が大きく増加したので、正直びっくりしました。

定量的に精度よく調べることが可能になった理由は?

髙田:実験の作業過程で DNAが傷ついてしまうと、放射線の影響を正確に測定することができません。そこで、核を溶液中ではなく、固相上で扱うことが出来るような工夫をしまし た。カバーガラスに核を貼り付けた状態で放射線を照射したり、反応溶液につけたりすることで、DNAの物理的損傷を最低限に抑えることができたのです。

放射線の影響については、DNAの切断がどのくらい起こっているかを、TUNELアッセイと呼ばれる方 法で調べました。DNAの切断部位が、蛍光シグナルとして検出できるのです。放射線(ガンマ線)照射は、大阪府立大学の森利明准教授の協力の下に、低線量 の放射線照射は、国立遺伝学研究所の放射線照射施設で行いました。また重粒子線の照射は、放射線医学総合研究所・石川顕一研究員の協力を得ました。

クロマチンが凝縮していると、なぜ放射線の影響を受けにくいのでしょうか。

髙田:放射線によりDNA が損傷を受ける主な原因は、ヒドロキシラジカルという活性酸素の一種によるものだと考えられています。放射線によって水分子が開裂し、ヒドロキシルラジカ ルが発生するのです。このとき、クロマチンが凝縮していると、DNA周囲に存在する水分子が少ないため、発生するヒドロキシルラジカルの数が少なくなります。

これが、クロマチンが凝縮するほど高い放射線耐性が得られる理由だと考えられます。実際に、ラジカルの 発生を抑制する物質の存在下では、クロマチンの凝縮程度に関係なく、DNA損傷がほとんど検出されませんでした。なお、ヒドロキシルラジカルの寿命は短い ので、DNAと離れた場所で発生しても、損傷を与えることなく、消滅してしまいます。

DNAを守るようにクロマチンの形が進化してきたと言えるのでしょうか。

前島一博 教授 前島:細胞の中のDNAは、 分裂していない間期の時期にあっても、クロマチンとしてある程度凝縮された状態に保たれています。自然界には自然放射線が存在し、DNAは放射線の脅威に さらされているわけですから、このようにクロマチンが常に凝縮していることは生物にとって有利に働いているでしょう。こうしたことは、研究者の間で経験的 には認識されていたのですが、その仕組みをきっちりと定量的に解明したのが、今回の私たちの研究の意義だと思っています。

DNAと放射線の関係は、他の側面からもこれまでに研究されており、DNAが損傷を受けたときに、それを ある程度修復できる機構も生物には備わっていることがわかっています。しかし、大昔、進化の初期の段階には、そうした修復機構が未発達だったと考えられる ので、DNAの凝縮によって守られることが、特に大きな利点として働いたと想像されます。

卵母細胞の染色体が凝縮したまま保持されるのも、進化に関係が?

前島:ヒトの卵子の元とな る細胞の卵母細胞は、胎児のときに細胞分裂(減数分裂)を開始しますが、途中で分裂を停止して、高度に凝縮した状態で、生殖年齢になるまで維持されていま す。最長約40年間保たれるわけですが、卵子のDNAを放射線から守るうえで、凝縮がうまく利用されていると考えることができますね。

私は、DNAが細胞の核の中でどのような三次元構造をとっているのかを、ずっと研究してきました。今回の研究は、クロマチンの「形」は機能と関連していて、形がもたらす機能というか、形それ自体に意味があることを再認識させてくれました。

凝縮の程度を、生体中で人為的に操作することはできるのでしょうか。

前島:実は、そうした薬が すでに存在します。放射線は、生物にとって有害ですが、がん細胞を死滅させるうえでは有効で、ガンマ線が放射線治療として長年用いられてきました。そうし たなかで、治療効果向上のためにはクロマチンの凝縮度をゆるめたほうがいい、ということが経験的に認識されてきていて、そうした効果を持つ薬がすでに開発 されているのです。

放射線治療には、一般的なガンマ線のほかに、先端医療として重粒子線も用いられています。私たちは今 回、ガンマ線だけでなく、重粒子線治療においても、クロマチンの凝縮度をゆるめることが有効であることを見いだしました。さらに、DNAの損傷を引き起こ してがん細胞を死滅させるシスプラチンなどの抗がん剤治療においても、効果が期待できるとわかりました。クロマチンの凝縮をゆるめることで、シスプラチン に対するDNAの感受性が上がるのです。これらの知見は、新たながん治療法を確立するヒントになるはずです。

(文: サイエンスライター・藤川良子 / 2013.10.10掲載)

Chromatin compaction protects genomic DNA from radiation damage

Takata, H., Hanafusa, T., Mori T., Shimura, M., Iida, Y., Ishikawa, K., Yoshikawa, K., Yoshikawa, Y., Maeshima, K.
PLOS ONE 8(10): e75622. doi:10.1371/journal.pone.0075622

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