第17回 脳が見えてくる?──脳の働く様子をリアルタイムで可視化

脳が見えてくる?──脳の働く様子をリアルタイムで可視化 脳の中で今、どの神経細胞が活性化されているか──生きた動物でそれを観察する方法を開発した川上浩一教授と武藤彩助 教。他のイメージング技術には真似のできない高解像度の可視化技術を用いて、視覚の仕組みに迫った。ゼブラフィッシュの神経活動の解析から、脳の仕組みの 基本原理の解明に挑む。

脳の働きを可視化した動画が、大反響を呼んだそうですね。

川上浩一 教授
川上浩一 教授
(川上)脳の中で今働いている神経細胞を、リアルタイムで光らせて見せたのです。それを高解像度の動画にして、視覚情報が脳のどこで処理されているか、可視化して示しました。
研究を発表すると外国からたくさんの取材を受けたのですが、その後どなたかがYouTubeに動画をアップしたらしいのです。それが、たちまち何十万もの視聴数に上ったので、驚きました(笑)。世界初の画像だし、映像としても印象的なものだったのでしょう。

具体的には、ゼブラフィッシュという魚の脳を観察し、撮影したものです。餌となるゾウリムシが目の前を泳ぎ回るとき、その魚の脳では何が起きているの か、どんな部位が活性化されているのか、を見ることができます。魚の場合、視覚情報は網膜から脳の「視蓋(しがい)」という領域に伝達されるのですが、視 蓋はたくさんの神経細胞で構成されているので、視覚情報を受け取って活性化した神経細胞だけを光るようにしました。すると、ゾウリムシの動きに合わせ、視 蓋のあちこちの神経細胞が美しく光ったのです。



その動画から、視覚に関してどんなことがわかりましたか。

(武藤)餌であるゾウリムシの位置と活性化される視蓋の神経細胞の位置が、対応しているとわかりまし た。視覚情報が脳に届くとき、視覚対象物は位置関係が保たれたまま、網膜から脳へと伝わるのだろうと考えられます。専門的な言い方なら、「視覚地図」が脳 に投影されるということです。私たちヒトにも共通にみられる脳の特徴です。
この視覚地図の脳への投影を、生きた動物においてリアルタイムで観察した例は、これまでまったくありませんでした。

このような脳でのリアルタイムイメージングは、どのようにして可能になったのですか。

(川上)まず高いレベルの解像度が実現できたことです。空間解像度は、神経細胞の1個1個が見えるレベル。時間解像度は、神経の電気信号の分解能(1/1000秒)には及びませんが、1/10秒レベルの分解能を達成しました。

他のイメージング技術には、例えば、脳の血流を測定して脳活動を可視化する有用な技術に機能的MRIがありますね。しかし、時間解像度という点では、 機能的MRIは神経活動の数秒後にしかシグナルが見られません。リアルタイムとはいいがたいですし、動画も難しいと思います。空間解像度もずっと低く、細 胞レベルの分解能はありません。
体が透明で、生きたまま脳の神経細胞を顕微鏡下で観察できるゼブラフィッシュの稚魚を使用したということも、それを可能にした一因でしょう。

今回の可視化には、蛍光指示薬が用いられていますね。

武藤彩 助教 (武藤)蛍光指示薬にはいろいろありますが、私 たちはGCaMP(ジーキャンプ)を用いました。カルシウムイオンと結合して、強く蛍光を発するもので、埼玉大学の中井淳一教授らが2001年に開発し た、優れた指示薬です。神経細胞観察の指標として、カルシウムイオンの検出は一般的によく用いられています。というのも、神経細胞は活性化されると、細胞 内のカルシウムイオン濃度が一気に高まるからです。GCaMPはそのとき、その神経細胞を光らせてくれるというわけです。

今回、中井教授らと協力してGCaMPの改良を行い、最高感度のものを作ることを目指しました。「見たいものを見えるようにしたい!」という一心で す。GCaMPはタンパク質なので、アミノ酸の配列などを変えることで、性質が微妙に変わります。カルシウムイオンにさらに結合しやすくすること、つま り、感度を上げることができるのです。
何年もかけて工夫を重ね、今回のGCaMP改良版にたどりつきました。感度が格段に向上しています。これを初めて用いて、顕微鏡下にゼブラフィッシュをのぞいたときには驚きましたね。見たいと想像していた神経細胞の様子が、鮮明に見えてきたのです。

GCaMPで細胞を可視化するには、遺伝学的な技術も必要ですね。

(川上)はい。可視化するには、あらかじめGCaMPタンパク質を動物の細胞で発現させておかなければなりません。そこで、その動物の遺伝子を組換える技術(トランスジェニック技術)が必要になります。

可視化を行う際には、観察したい器官や細胞の種類を限定したいことも多いでしょう。私たちのラボでは、長い間にわたってゼブラフィッシュの遺伝子組み 換え体を作るノウハウを蓄積してきました。今では、脳のいろいろな部位の細胞に、あるいはさまざまな体の器官の細胞だけにGCaMPを発現させ、そこを光 らせる技術を持っています。
ですから、可視化の成功は、このような遺伝子組み換え体を作製する技術の基盤があって、初めて成り立ったものといえるでしょう。
GCaMP蛍光指示薬自体は、遺伝子組換えが可能ならば、他の動物でも使用可能です。また、カルシウムイオンは、さまざまな細胞の活動の指標となりますので、神経活動以外にも、また別の細胞活性の観察に、広く応用することができるでしょう。

今後はどのような展開を考えていらっしゃいますか。

(川上)視蓋に到達した視覚情報は、その先どうなっていくのか、それが知りたいですね。今回の可視化技 術の開発は、そのためのステップです。最終的には、行動や認知といった脳の高次機能の仕組みの解明につなげていければと考えています。ゼブラフィッシュの 稚魚の体は透明なので、解析や研究にきわめて有利です。魚ではありますが、そこで知ることのできる神経活動の基本的な仕組みは、ヒトなどの高等な動物の脳 の仕組みの解明にも役立つはずと期待しています。

(文: サイエンスライター・藤川良子 / 2013.03.05掲載)

掲載論文

Real-Time Visualization of Neuronal Activity during Perception

Akira Muto, Masamichi Ohkura, Gembu Abe, Junichi Nakai and Koichi Kawakami
Current BiologyVolume 23 Number 4, Feb 18, 2013. doi: 10.1016/j.cub.2012.12.040

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