第7回 染色体の均等分配と進化の謎にせまる!

染色体の均等分配と進化の謎にせまる!セントロメアの形成が塩基配列によらないことを発見エピジェネティックな制御が関与か?

人類を月に送ったアポロ計画にも匹敵するとされた、ヒトゲノム計画。10年を越える解読の末、2003年に、全遺伝子の99%にあたる塩基配列のデータが99.99%という高精度で公開された。ただし、手が付けられなかった「未開の領域」もわずかながら残された。染色体の中心付近に位置し、細胞が正しく二つに分裂するための機能を担う「セントロメア領域(動原体ともいう)」である。この領域には「繰り返し配 列」がきわだって多く、断片の状態で解読したDNAを順番どおりにつなげるのが困難だというのが、その理由だった。たとえばヒトでは、1ユニットが171塩基対からなる「αサテライト」配列が1000回から10000回も繰り返されることが知られている。今回、深川教授らは、世界ではじめてニワトリの各染色体のセントロメアを厳密に解読することに成功。これまでの常識を覆す、さまざまな新事実を突き止めた。

謎の多かったセントロメア

生命は、両親のゲノムがきっちり半分ずつ子へ受け継がれることで、次世代へとつながれる。私たちの個体もまた、細胞が分裂するたびにゲノムが等しく分配されることで、正常に維持されている。ゲノムは細胞分裂時にのみ「染色体」という構造をかたちづくり、染色体は倍化されたうえで二つの娘細胞に等しく分配される。染色体の数は生物種によって決まっており、ヒトでは23対46本、今回、解析の対象とされたニワトリでは39対78本となっている。

多くの生物種の各染色体においても、中心付近にはセントロメアがある。これまでに、「セントロメア付近には、さまざまなタンパク質が結合すること」、「それらのタンパク質と紡錘糸が結合することで、倍加した染色体が等しく分配されること」などが知られてきた。ただし、厳密にどの部分の、どのような配列が重要 なのかは謎のままだった。

Shang研究員

セントロメアを厳密に解読するには、セントロメアとして機能する部位のみを特異的に切り出す必要がある。「私たちは、セントロメアのDNAを束ねる特殊なタンパク質(CENP-A)に着目しました。CENP-Aに特異的に結合する抗体を用いて、セントロメアとして機能する部位だけを免疫沈降させ、得られた DNA断片を解読したのです」と深川教授。得られたDNA断片は、博士研究員として中国から遺伝研に留学し、深川研究室に在籍しているShang特任研究 員(左 写真、現 融合研究センター所属)がライブラリー化した上で、まずは従来型のシーケンサーで解読。さらに、ゲノム全体の情報を得るために、最新の次世代シーケンサーを使って読み直した。

なんと、繰り返し配列がなくても機能した

結果は衝撃的だった。39種の染色体のうちの3種(5番、27番、Z染色体)には、セントロメアに繰り返し配列がまったくみられなかったというのである。 「いずれも30Kbpほどの配列でした。配列の共通性もまったくありませんでした」と深川教授。この結果は、セントロメアの機能が配列ではなく、ほかの要因で制御されていることを強く示唆している。「私たちは、CENP-AなどによるDNAの束ねられ方や修飾のされ方といったエ ピジェネティックな制御が関与しているのではないかと考えています」と深川教授はコメントする。さらに深川研では、堀 哲也助教が発見したCENP- T/CENP-Wというタンパク質複合体も、セントロメアのエピジェネティック制御に関与しているらしい、ということを突き止めている。

堀助教

さらに解析を進めたところ、「繰り返し配列をもつセントロメア」と「繰り返し配列をもたないセントロメア」とでは、機能はもちろんのこと、そこに結合するタンパク質群などにおいても、一切ちがいがみられないことがわかった。さらに、「繰り返し配列をもたないセントロメア」が本当にセントロメア機能を有してい るかを証明するために、特定したセントロメアの配列を取り除く実験も行った。「今回用いたニワトリの細胞(DT40細胞)は、遺伝子改変が容易にできると いう強みをもっています。そこで、ある特殊なタンパク質を利用して、DT40細胞のZ染色体のセントロメアを含む約100Kbpをクロマチン構造ごと削り 取ってみました。すると、予想どおり、Z染色体だけが正常な分配を行えなくなりました」と堀助教(左 写真)。

染色体の進化と種分化と病気

これまでに、染色体が正常に分配されないことで、さまざまな病気が誘発されることが知られている。たとえば、ダウン症候群の多くは、卵子が減数分裂する際 に、21番染色体が正常に分裂・分配されないことで引き起こされる。また、がん細胞においては、さまざまな染色体で分配異常や染色体間の融合がみられる。 「今回の研究によって、セントロメアには配列に依存しない 『ほどよいあいまいさ』 が残されていることがわかりました。こうしたあいまいさが、時に染色体の分配ミスにつながり、さまざまな病気の原因になるわけですが、一方で染色体の進化の原動力にもなりうると考えられます」と深川教授は話す。

深川教授

たとえば、ヒトとチンパンジーとでは、遺伝子がほとんど同一でありながら、染色体の数は異なる。「その理由は、共通祖先から分かれる過程で、どちらかのセン トロメアのあるものが不活性化され、染色体がちぎれたり、融合したりした結果だと考えられます」と深川教授。つまり、セントロメアができたり失われたりし たことが、染色体の進化や種分化に重大な影響を与えてきたと推測できる。「細胞はなんとかして生き残ろうとするので、染色体の分配異常がおきても、ほかの 染色体と融合して先方のセントロメアを利用するなどして、死を回避したものが現れたのだと思います」と堀助教。「つまり、進化につながるか病気になるかは 諸刃の剣といえそうです。このポテンシャルが生物学のおもしろいところです」。深川教授(上 写真)はそう付け加えた。

深川教授は「今 回の成果は、次世代シーケンサーが使えた点が鍵でした」とコメントする。この次世代シーケンサー解析には、研究所内の比較ゲノム解析研究室の協力をあおげたことも大きいという。「遺伝研の強みは、単に施設が充実しているというだけでなく、優れた人材が集まっていて、研究室の垣根なく議論や協力ができる点に あります。こうした状況は教授としてもありがたいし、自らの手で実験を進める堀君やShang君たち若手研究者にとっても強みになると自負しています」と 深川教授。今後も、さまざまな研究室との協力関係の下、セントロメアが形成されるメカニズムや、セントロメアを試験管内で人工的に作り出せるのかといった ことを検討したいとしている。「そのうえで、10年以内に、ボトムアップでセントロメアを作れるようにするのが目標です」。深川教授らの挑戦が、今日もつづく。

(文: サイエンスライター・西村尚子 / 2010.09.01掲載)

掲載論文

Chickens possess centromeres with both extended tandem repeats and short non-tandem-repetitive sequences.

 Wei-Hao Shang, Tetsuya Hori, Atsushi Toyoda, Jun Kato, Kris Popendorf, Yasubumi Sakakibara, Asao Fujiyama, and Tatsuo Fukagawa.
GENOME RESEARCH , June 9, 2010, DOI: 10.1101/gr.106245.110

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