第6回 Tol2を用いた、遺伝子導入マウスの新たな作出法を開発!

Tol2を用いた、遺伝子導入マウスの新たな作出法を開発!通常サイズのプラスミドでは10倍の効率、大きなBACでもトランスポゾン転移酵素による遺伝子導入が可能に-

遺伝子導入マウスの技術開発を始められた経緯は?

1998 年から2003年までの留学時代に、マウスの発生工学と出会ったのがきっかけです。私は博士課程の共同研究とその後のポスドク研究員の時にも遺伝研にお世 話になり、斎藤成也研究室(進化遺伝研究部門)にいました。分子進化学を専攻し、DNAの配列を解読してはコンピュータで解析する日々でした。その後、ポ スドクとしてアメリカのYale大学、Frank Ruddle研究室に留学する機会を得ました。そこは、世界で初めて遺伝子導入マウスの作出に成功した研究室で、私の留学当時は、新しい手法として 「BACを用いてサイズの大きな遺伝子を導入する試み」がなされていました。この留学時代に、念願だった「生きている生物個体」を対象とした研究を開始 し、遺伝子改変技術を用いて、進化との関わりが大きいと思われる遺伝子の機能解析をしようと考えました。

帰国後、再び遺伝研の斎藤研究室 に入り、発生工学的な手法を用いつつ、分子進化学研究も進めるという今のスタイルとなりました。斎藤研究室では、「ヒトがなぜヒトになったのか」につい て、ゲノムレベルで比較研究を行っていますが、遺伝子のタンパクをコードする部分だけを比較してもヒトとチンパンジーとの決定的な違いは見えてきません。 両者のちがいは、遺伝子の使い方のちがいだと考えられるからです。遺伝子の使い方を決めているのは、遺伝子の周辺 にある「転写調節領域」です。私は、新しい遺伝子導入マウス技術を使うことで、哺乳動物の転写調節領域機能を解析し進化に迫りたいと思ったのです。

今回、どのような成果をあげられたのでしょう?

隅山教授1

今までのマウス個体への遺伝子導入技術では、遺伝子改変マウスの成功率(遺伝子導入率)が2~3%と、きわめて低いのが問題でした。前核に針を刺してDNA を注入する必要があり、核が非常に傷つきやすいというのが、その理由です。 今回、私たちは、既にゼブラフィッシュで用いられ、成果を上げている「トランスポゾン由来の転移酵素(Tol2転移酵素)」をマウスに用いることで、2つの画期的な成果を得ることができました(トランスポゾンは動物や植物の細胞で、ゲノム中を転移する能力をもっている)。一つは、比較的 小さな通常サイズ (10kb以下)のプラスミドを用いる場合、これまでのように前核ではなく細胞質に注入することで、導入率を20%以上と飛躍的に向上できたことです。もう一つは、Tol2転移酵素が巨大なBACをマウス細胞でも効率よく転移できることを示したことです。

どんな点にインパクトがあったのでしょう?

まず、Tol2をマウスの受精卵に利用した点があげられます。Tol2は、 哺乳類の培養細胞で用いられたことがありましたが、マウスの受精卵に用いて個体を作製することは試されていませんでした。次に、導入するプラスミドDNAを前核内に入れるという既存の常識を捨てて、細胞質に入れた点が大きな発想の転換だったと思います。これまでは、「マウスの受精卵では、DNAを細胞質内に注入してもゲノムへは組み込まれない」というのが常識だったのです。

こうした工夫の結果、受精卵の生存率が飛躍的に高まりました。転移酵素の効率の良さとの相乗効果で、数パーセントだった効率が一桁大きくなったのです。そのインパクトは、次のようなことを考えるとより際立ちます。
——- 研究者一人が従来の方法で遺伝子導入マウスを作製する場合、統計的に意味がある数を解析するためには1年あたりに解析できる遺伝子数は20個ほどです。今回の手法によって導入効率が10倍になれば、解析できる遺伝子が20から一気に200に増えることになります。例えば、ほ乳類の転写調節領域として有名な超保存領域は約400ありますが、そのすべての解析が2人の研究者によって1年で終わることになります。大規模な研究が可能になるとともに、予算の限られた小さな研究室でもこのような研究が行えることになりますので、非常にインパクトが大きいといえるでしょう。

アイディアの鍵はどのようなところにあったのでしょう?

隅山教授2

マウスの発生工学をやってきた私が、ゼブラフィッシュでTol2を 用いた遺伝子導入をされていた川上先生と協力できた点に尽きると思います。遺伝研には、内部交流セミナー、バイオロジカルシンポジウム、ポスターセッショ ンといったさまざまな交流の場があり、研究室の垣根を超えた議論や協力がさかんです。私もこうした場で川上先生と話をする機会を得、川上先生がいろいろなモデル動物の系をもつ研究者と共同研究していること、遺伝子改変マウスを作出できる研究者を探していることを知り、意気投合したのです。その背景には、川上先生の共同研究者の一人である八木田和弘先生(大阪大学)が、Tol2を使ってマウス個体へ遺伝子導入できる人材を探していて、私に白羽の矢が立ったという事情もあります。

30年間ほぼ同じ手法がマウス遺伝子導入に用いられ続けていることでわかるように、新しい技術を取り入れることは容易ではありません。しかし今回は、互いに議論するなかで「Tol2を 用いればマウスでも効率が大幅に改善されるのではないか」という発想が生まれ、さらに実験を重ねるなかで、細胞質へのDNA 注入も思いつき、見事に成功を収めることができました。こうして、「マウスでは前核に注入する」という、30年にもおよぶ固定概念が崩れていったのです。

「遺伝研にいること」のメリットを最大限に生かされたわけですね。

そのとおりです。私は、従来の枠を破るような新しい発見や成果は、小さなラボから出てくることが多いと考えています。小さなラボでは小回りがきくため、比較 的容易に挑戦的な研究をはじめることができますので。遺伝研には多様な研究室がありますので、新しいアイデアが生まれるチャンスが多いといえます。今回の アイデアを実行することを、研究室の斎藤成也教授にも支持していただきました。 

一連の成果について、先日の発生生物学会でも発表したのですが、多くの方から「この手法を使ってみたい」という反応をいただきました。他の研究機関との間で、この手法を用いた共同研究もはじめています。きわめて 汎用性が高く安全な方法なので、将来的には畜産や医療の場での応用も可能だろうと考えています。 

今後の目標は?

今回の手法を使って、転写調節遺伝子の解析をハイスループットに進める予定です。一方で、これまでどおり、遺伝研内外の交流を深め、今回の手法のPRにも努めていくつもりです。

(文:サイエンスライター・西村尚子 / 2010.08.02掲載)

掲載論文

1) A simple and highly efficient transgenesis method in mice with the Tol2transposon system and cytoplasmic microinjection.

Sumiyama, K., Kawakami, K., and Yagita, K.
Genomics 95(5) 2010. DOI: 10.1016/j.ygeno.2010.02.006

2) Transposon-mediated BAC transgenesis in zebrafish and mice.

Suster, M.L., Sumiyama, K., and Kawakami, K. BMC Genomics 10, 477, 2009. DOI: 10.1186/1471-2164-10-477

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