第4回 綺麗なパターンは高い性能の証──神経軸索を区画化する現象を発見!

綺麗なパターンは高い性能の証神経細胞が軸索を区画化する現象を発見!

ヒトの脳には1000億~2000億もの神経細胞があるとされている。生命維持、感情、思考、行動などは、これらの神経細胞からな る回路によって制御されている。神経細胞は「軸索」とよばれる長い突起を伸ばすが、これらの軸索は、神経回路が作られる際のガイド役を果たすほか、回路が 完成した後の情報伝達ケーブルとなる。この時、回路の形成や機能の鍵となるのは、個々の神経細胞の特性である。これまでの研究により 「軸索内の根本と先端とでは、膜の表面に存在するタンパク質の種類が異なる」ということが知られているが、このような軸索内局在がどのようなしくみによる のかは謎だった。 このほど、国立遺伝学研究所・個体遺伝研究系・発生遺伝研究部門の広海健教授と勝木健雄研究員らは、軸索の内部が物理的に区画化されることでタンパク質が 局在することを突き止め、このような現象を「軸索内パターニング」と名付けた。



今回の発見の最大の売りは?

「綺麗だ、ということです(笑)」(勝木)
「つまり、この分野の多くの研究者が見たいと思っていたものが見えたということです。これまで、軸索内の分子の局在は、神経細胞の束としては確認されていた が、1本の軸索でどうなっているのかということは誰も知らなかった。神経の束をバラバラにしたら局在は壊れてしまうだろうという予想もあった。ところが、 我々が実際に胚から神経細胞を取り出し、一つずつ培養して膜表面のタンパク質を染めてみたところ、根本半分が緑色、先端半分が赤、といったように綺麗に分 かれたのです。神経細胞一つ一つがそのような能力を持っているというのは驚きでした」(広海)

広海教授 広海教授らが研究に用いたのは、ショウジョウバエの胚の神経細胞。緑色と赤色に染め分けたのは、「軸索ガイダンス受容体」とよばれる神経回路の形成に関わる タンパク質である。これまで、軸索ガイダンス受容体は軸索が伸びているあいだの特定の時期に発現することによって軸索をガイドし、その結果として軸索上に 局在ができるものと信じられていた。勝木研究員らはこの仮説を検証する方法を考案し、実験を行った。

「可能性は二つ考えられました。2種 のガイダンス受容体をA、Bとしましょう。一つ目の可能性は、軸索が伸びる最初の時期はAだけが作られ、ある時期以降はBだけが作られるというもの。つま り 『時間』 がすべてだという考えです。もう一つの可能性は、AとBがいつ作られるかは問題ではなく、何らかの空間的に制御されたしくみでA、Bがそれぞれ正しい場所 に到達するというものです」(広海)

勝木研究員「第 一の可能性を調べるために、AとBの作られるタイミングを人工的に操作してみましたが、どう変化させてもAとBは必ず正しいところに到達した。つまり、大 事なのは時間ではないということです。一方、細胞内の物質輸送の経路を操作すると、正しい局在が形成されなくなった。このことは、軸索内パターニングには細胞内のロジスティクス(物流経路)が重要な役割を果たしていることを示唆しています。AやBにはそれぞれ宛先のような情報があり、それを読み取っ て正しい場所に配送する仕組みがあるのかもしれません」(勝木)

「ただし、細胞には我々の世界の物流とは異なる事情もあります。例えば、 軸索の膜というのは脂質でできており、流動性があります。膜タンパク質は細胞膜に浮かんでいるようなものなので、仮に正しい場所にタンパク質が配送された としても、そのままでは徐々に拡散してすべてが混ざり合ってしまいます。配送先にタンパク質をとどめておく何らかの機構が必要です。我々は、生きた神経細 胞でタンパク質の動きを見る技術をつかい、軸索の真ん中付近の膜に分子の拡散をさまたげるバリアのようなものがあることを見つけました。このバリアが軸索 を区画化し、タンパク質の局在を維持しているものと考えられます。輸送とバリアは車の両輪ともいえるでしょう」(広海)

軸索内パターニ ングという現象は、発生初期のショウジョウバエの神経細胞の約9割で確認されており、神経細胞が持つ基本的な能力であると考えられる。また、マウスの神経 組織においてもショウジョウバエと同様の軸索内局在が報告されていることから、今回見出されたパターニング機構が、マウスやヒトでも共通のメカニズムとし て働いている可能性があるという。

軸索内パターニングは、いったいどんな役割を果たしているのだろうか?

広海研究室では、軸索の区画化が神経回路の形成や高次機能の基盤となっていることを示唆するデータも得られている。たとえば、軸索内に局在した受容体が分泌 性の因子を結合して組織内の要所に集積し、他の神経細胞が軸索を伸ばすべき道標として提供することも明らかになっている。

「神経回路の部品である神経細胞は、われわれが想像していたよりずっと高性能だったのです」。広海教授らは、将来的には、軸索内パターニングの異常が神経系の重篤な疾患に結びつくことも検証したいと考えている。

「そのためには、まずは区画化の分子的なしくみを明らかにすることが重要です」。そう話す勝木研究員は、今後は培養細胞だけでなく、生体内の軸索にも同じよう なパターニング機構がみられるのか、その異常がどのような神経系の異常に結びつくのかといった解析を進めるのが課題だとする。

「ショウジョウバエの強みである遺伝学が力を発揮するところです。今後、生体内で今回と同じような解析ができるようになれば、今よりもさらに華麗でインパクトのある成果が得られるはずです」(勝木)

「軸索のパターニング」という、新たな機構のさらなる解明が期待される。

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最後に研究室の雰囲気について

「私 は大学の学部時代に広海研究室に1ヶ月ほど体験入学し、先生の強烈な 『刷り込み』 を受けました。博士後期課程以降は一貫して、この研究室で研究を続けています」と勝木研究員。「長い時間をかけてでも真理を探究し尽くすところに面白さが あるという、サイエンスの原点を教わりました」 (勝木)

(文: サイエンスライター・西村尚子/ 2010.04.01掲載)


掲載論文

Intra-axonal patterning: intrinsic compartmentalization of the axonal membrane in Drosophila neurons,

Takeo Katsuki, Deepak Ailani, Masaki Hiramoto and Yasushi Hiromi
Neuron, Volume 64, Issue 2, 188-199, 2009. DOI: 10.1016/j.neuron.2009.08.019

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