第3回 レトロトランスポゾンの「コピー&ペースト」増殖—メチル化レベルの低下が原因

シロイヌナズナのゲノムにあるレトロトランスポゾンメチル化レベルが低下すると「コピー&ペースト」で爆発的に増殖

脊椎動物や高等植物には、巨大なゲノムを持つものがある。ヒトを含む幾つかの種でゲノムが解読された結果、こ れらの生物の巨大なゲノムの大部分は遺伝子としては使われていない領域であることが明らかになっている。このような非遺伝子領域には、「トランスポゾン」 とよばれる特殊なDNA配列が多くみられる。 このほど、国立遺伝学研究所 総合遺伝研究部門の角谷徹仁教授、同部門の小林啓恵研究員、総合研究大学院大学 遺伝学専攻2年の塚原小百合さんらのグループは、DNAのメチル化についての研究を進める過程で、全ゲノムにわたってメチル化のレベルが低下したシロイヌ ナズナの変異体を解析し、その表現型の異常が、ある特定のトランスポゾンの増殖と転移によるものであることを突き止めた。

角谷教授

生命は、さまざまな遺伝子が、必要なときに、必要な量だけ発現することで維持されている。その制御の一つとして、最近になって、DNAがメチル基によって 化学的に修飾されることで遺伝子発現が制御されうることが明らかになってきた。「メチル化」とよばれるこの機構は、脊椎動物や植物のゲノムにおいてシトシ ンの一部にみられる。一般に、遺伝子上流のシトシンがメチル化されている場合には、その発現が抑制されることが多い。また、植物の場合には、メチル化の大 部分がトランスポゾン上にあることがわかっているという。

メチル化が生物にとって重要だとすれば、メチル化されないと何らかの不都合がおきるだろう」。そう考えた角谷教授は、10年以上にわたって「ゲノム全体のメ チル化のレベルが低下するシロイヌナズナの変異体」を用いた解析を続けてきた。変異体には、花の形が異常なもの、葉の形が異常なもの、種ができないもの、 花が咲く時期が遅いものなどさまざま表現型がみられるが、今回の成果は「花弁が極端に小さく、つぼみが作られる前にがくが広がってしまう個体」の解析で得 られたという。 角谷教授らは、この表現型の異常がメンデル型の遺伝をみせることから、連鎖解析によって原因遺伝子を突き止めようと試みた。

塚原研究員と小林研究員

「解析の結果、ある遺伝子(FAS1) の中にレトロトランスポゾンが挿入されており、そのために、本来の遺伝子の機能が阻害されて異常な表現型が起こっていることが分かりました」と解析を行 なった塚原さん。レトロトランスポゾンは、DNAを鋳型にRNAを合成し、そのRNAをさらに逆転写してDNAを合成することのできるトランスポゾンで、 ワープロソフトの「コピー&ペースト」の要領でゲノム中にコピーを転移させることができる。つまり、ゲノムにある大量のトランスポゾンは過去において「コ ピー&ペースト」された結果だといえ、こうした爆発的な増殖がゲノムの進化や多様化に寄与したと考える研究者も少なくない。

さらに角谷教授らは、ddm1変 異体において、ほかの種類のトランスポゾンの動態にも変化がみられるのかどうかを、ゲノミックタイリングアレイを使って調べてみた。「アレイ解析なので、 転移したコピーがゲノムのどの領域にあるのかはわかりませんが、さらに3種の多様なレトロトランスポゾンで、それぞれのコピー数が、野生型にくらべて顕著 に増えていること がわかりました」と小林研究員。さらに、シロイヌナズナの近縁野生種のゲノム中のトランスポゾンを調べたところ、これらのレトロトランスポゾンの一つが、 比較的最近にddm1変異体でみられたような爆発的な増殖・転移をおこしていたこともわかったという。

これまで、シロイヌナズナのゲノ ム中で増殖・転移を行うレトロトランスポゾンは知られておらず、その機能の制御についてもわかっていなかった。塚原さんは「今後はこのレトロトランスポゾ ンがゲノム内でどのように振る舞うのかを調べてみたい」と意欲をみせる。結果次第では、ゲノムの進化をひもとく重要な手がかりになるかもしれない。

角谷教授は、「トランスポゾンの動態やメチル化の機能をシロイヌナズナで調べることが、他の生物にまで保存されたしくみの理解につながる場合もあるだろう」 とコメントする。トランスポゾンはヒトのゲノム中にも多くみられる。また、メチル化の異常はがんなどの深刻な病態に結びつくこともわかっている。植物と動 物の垣根を越えた新たな生命現象や概念の発見が期待される。

(文:サイエンスライター・西村尚子 / 2010.02.01掲載)

掲載論文

Bursts of retrotransposition reproduced in Arabidopsis

Sayuri Tsukahara, Akie Kobayashi, Akira Kawabe, Olivier Mathieu, Asuka Miura, Tetsuji Kakutani
Nature 461, 423-426, 2009 . DOI: 10.1038/nature08351

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