Is euchromatin really open in the cell?
Kazuhiro Maeshima*#, Shiori Iida*, Masa A. Shimazoe, Sachiko Tamura, Satoru Ide
*cofirst authors; #corresponding author
Trends in Cell Biology 2023 June 27 DOI:10.1016/j.tcb.2023.05.007
ヒトのゲノムは、主に「ユークロマチン」「ヘテロクロマチン」の2つの領域に分類できるとされています。これまで長い間、頻繁に遺伝情報の読み出しが行われるユークロマチンは「ほどけて」いる一方、遺伝情報の読み出しが抑えられているヘテロクロマチンは凝縮して「塊」を形成している、と考えられてきました。
今回、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 ゲノムダイナミクス研究室の前島一博 教授、飯田史織 総研大生(学振特別研究員 DC2)、島添將誠 総研大生、田村佐知子 テクニカルスタッフ、井手聖 助教は、Trends in Cell Biology誌に、この定説を覆すOpinion Paperを発表しました。この論文では、最近報告された超解像クロマチンイメージング、クロマチンのアクセシビリティをDNA消化酵素に対する感受性でゲノムワイドに調べた解析、さらには、密度勾配遠心法を用いたヌクレオソーム密度のゲノムワイドな解析をもとに、高等真核細胞ではユークロマチンも直径100-300 nm程度の凝縮した「塊 (ドメイン)」を形成していること、凝縮したドメインがクロマチンの基本構造であることを提唱しています。さらに、凝縮したドメインが存在することによって実現する転写制御のモデルや、分裂期染色体でのドメインの役割についても議論しています。
転写を司る転写複合体は、サイズが大きいため、クロマチンドメイン内部には侵入できず、転写は主にドメインの表面で行われると考えられます。転写の場所がドメイン表面に限定されることは、意図しない遺伝子の発現の抑制につながります。一方で、このドメインが固体のようにかたい構造を持つ場合、転写因子による転写活性化、すなわち読み出したい遺伝情報の検索を妨げる可能性があります。しかし、凝縮したドメインの内部は液体のような流動性をもつため、サイズの小さな転写因子はドメインの内部のDNAにも適度にアクセスでき、転写したい遺伝子をドメインの表面にもってくることで転写を活性化すると考えられます。この論文は、このようなユークロマチンの微細な構造と物理的性質が、高次の転写制御の仕組みに寄与する可能性を示しています。また、凝縮したクロマチンドメインが、細胞が分裂する際、分裂期染色体を作るためのレゴブロックのような基本単位としてはたらくことも提唱しています。
本研究は、日本学術振興会(JSPS) 科研費(JP21H02453, JP22H05606, JP21H02535)、学術変革領域 A「ゲノムモダリティ」(JP20H05936)、先進ゲノム支援(JP16H06279(PAGS))、日本学術振興会特別研究員 (JP23KJ0996(DC2))、科学技術振興機構JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2104)の支援を受けました。
図:ユークロマチンは凝縮した「塊」(クロマチンドメイン)を形成する。RNA Pol II (紫)による転写は、ドメインの表面で行われている。ドメインの内部にはRNA Pol II (紫)は入れず、転写は起こりにくい。一方で、ドメインは液体のように流動的な性質を持つため、転写因子(緑)などの小さな分子は塊内部のDNAにもアクセスできる。目的の配列に結合した転写因子は「浮き」のようにはたらき、転写したい遺伝子をドメインの表面にもってくることで転写を活性化すると考えられる。細胞分裂期において、このドメインは、分裂期染色体を作るためのレゴブロックのような基本単位としてはたらくことも提唱している。