小林 武彦 教授(こばやし たけひこ)

 細胞遺伝研究部門 小林研究室

生命は老化と若返りで受け継がれる

国立遺伝学研究所の敷地にある、大きなサクラの樹。毎年花を咲かせ、若葉を出す。「この連続性は、どうやって維持されているのだろう」。それは、30数億年前に生命が誕生してから脈々と受け継がれる設計図、ゲノムへの興味でもあった。

老化と同時に若返る
酵母は、ゲノムが解読されているモデル生物であり、老化を示す最も単純な生物でもある。出芽により増殖を行うが、1つの細胞はおよそ20回分裂すると老化して死んでしまう。10回を超えるあたりから、細胞内の老廃物をため込む液胞が大きくなり、細胞自身が肥大化する。また、約2時間に1回の分裂速度が、最後には8時間に1回程度まで落ちてしまう。
老化とは、基本的にはものが壊れていくことだ。「それは自然の摂理であって、誰にも止められない。でも、酵母の面白いところは、母細胞は老化するけれど、その度に娘細胞が生まれて 『リセット』されること。母細胞が分裂できなくなっても、娘細胞はまた20回分裂できるんです」。
リセットされるのは、酵母だけでなく私たちの持つ幹細胞や生殖細胞も同様だ。個体はどんどん歳をとっていくが、幹細胞や生殖細胞は必ずリセットされ、分裂を繰り返す。「酵母と同じように、ヒトも細胞レベルで見れば、分裂しながらずっとリセットし続けているんです」。
老化はポジティブな現象
1996年頃、ヒト早期老化症の原因遺伝子が発見された。平均寿命は46歳という短さの遺伝病だ。この原因遺伝子が酵母でも同様に老化に関わっていることが明らかとなり、酵母は老化研究モデルとしてそれまで以上に脚光を浴びるようになった。変異株を作製し、正常なものと比較する遺伝学的手法が使えるのも魅力だ。
小林先生が手がけた変異株の中に、老化の速度が非常に遅いfob1欠損株がある。野生株より寿命が60%長く、死ぬまでに約30回分裂する。この株を使って知りたかったのは、老化や若返りの分子機構。そして「なぜ老化しなければならないのか。もし老化しなかった場合、どんなことが起こるのか」だ。
調べてみると、fob1株は死ぬタイミングが遅くなるだけで、老化していないわけではなかった。20回以上分裂した後は、ゲノムに突然変異が入りやすくなるなど、細胞に異常が起こるようになったのだ。小林先生は、老化は異常な細胞が生じる前に細胞を積極的に殺すシステムなのだと考えている。「ヒトも、平均寿命が長くなってから、がんが死因の上位を占めるようになりました。ただ寿命が延びることは幸福にはつながらない。細胞の異常が起こらない、病気にならないようにすることも同時に必要で、両方を解決しないと、幸せに長生きすることはできないと思います」。
知りたい気持ちは人それぞれ
老化の研究を始めたきっかけは、「自分の老化」だったという。「研究は基本的にその人の探求心の強さに依存しています。技術は教えられるけれど、根本は、ある不思議な現象をどれだけ知りたいと思うか。僕は、すぐ目の前にあるものに食らいついてしまったんです」。分子生物学は、「自分も遺伝子を持っている」という観点からとても身近で、かつ神秘的なものだった。好奇心は千差万別、そう笑う小林先生の下では、好奇心と自分だけの可能性を育てていくことができるだろう。
(株式会社リバネス 2010年インタビュー)

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