はい。染色体の中央付近に位置するセントロメア領域は、染色体を均等に分配するための機能を担っていますが、「他の領域とは異なる特徴をもつようだ」 ということ以外、よくわかっていない点に興味を覚えたのです。すでに20年にわたって、この「未開の地」に挑み続けています。この領域には「繰り返し配 列」がきわだって多くシークエンスも困難だったのですが、昨年は、世界ではじめてニワトリの各染色体のセントロメアを、高精度にシークエンスすることにも 成功しました。
私たちは、セントロメア領域と相互作用するタンパク質 (CCAN)の同定や機能解析も進めてきました。その一つに、センプ-A (CENP-A)というタンパク質があります。センプA は、細胞周期のG1 期 (DNA 複製の準備期)にセントロメア領域に取り込まれ、ゲノムを均等分裂させるための装置 (キネトコア)を作るための印となることは、わかっていました。これまでのニワトリセントロメアDNA の解析では、センプA と相互作用するDNA 配列が、染色体ごとにバラバラで、配列の共通性が全くみられないことを突き止めていました。また、現在までに、各国の研究者によってセントロメアを構成す るタンパク質が100種ほどがリストアップされています。私たちは、そのなかに、センプA とは独立にキネトコア構築に関わる因子が存在すると予想し、実証しようと考えたのです。
実際の解析には、私たちが研究対象にしていたCCAN のなかから、アミノ酸配列レベルで 「DNA と強く結合するモチーフ」 をもつと予測されるタンパク質複合体2種を用いました。一つはセンプT-W という2量体、もう一つはセンプS-X という4量体タンパク質です。いずれも、細胞質内で合成されて核内に移動し、何らかのシグナルによってセントロメア領域に取り込まれます。
分子遺伝研究部門で解析しているニワトリ由来の試料を使いました。まずニワトリのセンプT-W とセンプS-X の遺伝子を大腸菌に導入し、それぞれのタンパク質複合体を大量に作らせました。次に、DNA と結合していない状態で結晶化させ、半年の順番待ちを経て、兵庫県にある大型放射光施設SPring-8 (兵庫県播磨科学学園都市)でX線回折の測定を行いました。
センプT-W とセンプS-X を比較すると、遺伝子の配列は全く異なります。ただし、DNA 結合モチーフなどの部分的なアミノ酸配列については共通性がみられました。そのDNA 結合モチーフはヒストンとも共通していたことから、両者ともヒストンに似た構造をもつことが予測されていました。ヒストンは染色体においてDNA を束ねるタンパク質で、8量体からなります。X線解析の結果でも、予想どおり両者ともにヒストンに似た立体構造をもつことを証明できました。つまり、ゲノ ムデータ上だけでなく、タンパク質の立体構造そのものが本当にヒストンと似ていることを証明したのです。さらにくわしくにみると、センプT-W は、センプT とセンプW が 「カタカナのコの字型」 のようにお互いが組み合わさることで2量体になっていました。またセンプS-X は、2量体同士が対称に組み合わさるように4量体となっていました。
不思議なことに、「センプS-X が4量体となるために必要な領域」 とそっくりの領域がセンプT-W にもみられました。この事実から私たちは、「センプT-W とセンプS-X がさらに相互作用して大きな複合体を形成するのかもしれない」 と思い至りました。さっそく両者を反応させてみたところ、みごとに結合し、センプT-W-S-X の結晶を得ることができました。こちらもX線回折測定した結果、センプT-W-S-X もまたヒストンと良く似た立体構造をとることがわかりました。また、ヒストンがDNA と結合することでヌクレオソームの構造をとるように、センプT-W-S-X もDNA と結合することで 「ヌクレオソームとよく似た構造」 をとることも突き止めました。
一つ目は、センプT-W-S-X がヒストンに似た立体構造をとることが、ゲノムを均等分配する際の鍵となることを示したことです。私たちは遺伝学の手法を用いて、センプT-W-S-X 遺伝子に変異を施した細胞を作り、そのような細胞では正常な細胞分裂ができなくなることも確かめました。二つ目は、ヒストンではないタンパク質が 「ヒストンに似た立体構造」 をもち、そこにDNA が結合して 「ヌクレオソームと似た構造」 をとることで、セントロメア領域に特徴的なクロマチン構造を新たに発見できたことです。エピゲノムというと、もっぱら 「ヒストンの修飾 (ヒストンコード)」 に注目が集まっていますが、私たちは新規のヒストン様構造を発見しました。これは、全く新しいエピゲノムのしくみを発見したことにもなり、大きなインパク トをもたらしたと自負しています。
染色体の均等分配の異常は、ダウン症などの先天的な疾患やがんなどを引き起こすことがわかっています。 セントロメア領域で相互作用するタンパク質はこのような疾患の創薬ターゲットになり得るので、創薬企業などには、ぜひ私たちの研究成果を役立ててほしいと 思っています。ただし、基礎研究者である私たちの目標は、セントロメア領域とCCAN の相互作用を解明し、どのような装置としくみで染色体が均等分配されるのかを解明することに尽きます。
構造生物学を専門とする西野君の存 在は、大きいといえます。構造生物学者のなかには 「かたちのおもしろさ」 に捕われ、生物学的な機能を二の次と考える人もいますが、私は、構造と機能の両面からアプローチしないと構造生物学の意義はないだろうと思います。その 点、西野君は生物学についても精通している構造生物学者です。まちがいなく、将来の構造生物学分野を牽引していく存在になるだろうと期待しています。
今回は、細胞生物学を専門とする深川先生と、構造生物学の私とでがっちりタッグを組めたことが成功の要因だったと思っています。実験結果などについて、本当 に密に話し合いました。この成果を第一歩として、センプA、センプT-W-S-X とはじめとするCCAN の構造と機能を突き止め、微小管をも含めたセントロメアの分裂装置を再構築し、機能を検証することが夢ですね。
(文: サイエンスライター・西村尚子 / 2012.02.14 掲載)
掲載論文
Tatsuya Nishino, Kozo Takeuchi, Karen E. Gascoigne, Aussie Suzuki, Tetsuya Hori, Takuji Oyama, Kosuke Morikawa, Iain M. Cheeseman, and Tatsuo Fukagawa
Cell, Feb 3rd issue
DOI: 10.1016/j.cell.2011.11.061