研究成果

【プレスリリース】栄養が豊富でも、あえて胞子をつくる野生酵母――ショウジョウバエに「食べられる」ことが、コストの高い有性生殖を支える

 微生物機能研究室(研究当時)

Constitutive sporulation in wild fission yeast enhances insect-mediated survival

Hironori Niki, Shunsuke Noda, Keigo Fujiwara, Takuya Miyake, Koichiro Akiyama, Taisuke Seike

Proceedings of the National Academy of Sciences USA(PNAS) DOI: 10.1073/pnas.2607475123

プレスリリース

 酵母は通常、栄養が豊富な環境では無性生殖によって細胞数を増やし、栄養が乏しくなると有性生殖※1を行って、環境ストレスに強い胞子をつくります。ところが、仁木宏典特命教授らの国立遺伝学研究所(遺伝研)と清家泰介准教授の九州工業大学の研究グループは、日本各地から分離したジャポニカス分裂酵母(Schizosaccharomyces japonicus)※2の多くが、栄養が豊富な環境でも高頻度に接合・減数分裂・胞子形成を行うという、通常とは異なる性質が、昆虫との共生による適応進化であることを見出しました。

 栄養が豊富な環境でも高頻度に胞子形成を行う性質を、本研究では「hc90(恒常的胞子形成)形質」※3と呼んでいます。実験室でこの酵母を栄養豊富な培地で繰り返し培養すると、胞子形成を行わない細胞が次第に増加し、hc90形質を持つ酵母は集団中から減少しました。つまり、栄養が豊富な環境では、増殖を止めて有性生殖に入り、そして胞子をつくることは酵母にとっては大きなコストになります。

 一方、同じ酵母をショウジョウバエに食べさせると、栄養細胞の多くは消化されるのに対し、胞子は消化管を通過して生き残ります。ハエの10世代に渡って、酵母を継代させると、その集団中のhc90形質の割合は高いまま維持されました。さらに、hc90形質の酵母がわずかしか存在しない集団をショウジョウバエに与えたところ、ハエの消化管を通過した後にはhc90酵母の割合が著しく増加しました。ある集団では、その割合が0.3%から95.3%まで増加しました。これらは、ハエによる捕食と消化が、hc90形質の自然選択圧となっていることを示しています。また、ゲノム解析から、有性生殖開始の制御に関わる複数の遺伝子に変異が見つかり、単一の遺伝子変異ではなく、複数の遺伝子変異の組み合わせ(エピスタシス)※4によってhc90が生じることが示されました。

これらの結果は、昆虫に「食べられる」という一見不利に見える現象が、消化に耐える胞子をつくる酵母を選択し、栄養が豊富な環境でも有性生殖を行うというコストの高い生活史戦略を自然界で維持する選択圧となり得ることを示しています。

本研究は、情報・システム研究機構の戦略的研究プログラムの支援を受けて進められました。3年間にわたり貴重なご助言と温かい励ましをいただいた評価委員の皆様に、心より感謝申し上げます。

加えて、共同研究機関の九州工業大および、情報・システム研究機構「戦略的研究プロジェクト」(2023-SRP-09)、遺伝研のNIG-JOINT(37A2025)、JST 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR24N9)の支援を受けました。ショウジョウバエ系統はナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)から提供されました。

野生酵母の採取風景。果樹園に昆虫を誘き寄せるトラップを設置し、集めた昆虫から酵母を分離する。山梨県にて。

野生酵母の採取風景。果樹園に昆虫を誘き寄せるトラップを設置し、集めた昆虫から酵母を分離する。山梨県にて。

用語説明

※1  胞子形成・有性生殖:
    単細胞生物である酵母は、通常は分裂による無性生殖で増殖します。栄養状況が悪化すると、性的に異なる二つの細胞同士が接合します。引き続き、減数分裂を経て、最終的に胞子をつくります。この過程が有性生殖です。胞子は栄養細胞に比べて、乾燥や消化などの環境ストレスに高い耐性を示します。

※2 ジャポニカス分裂酵母(Schizosaccharomyces japonicus):
    細胞が中央で二つに分かれて増殖する「分裂酵母」の一種です。1928年当時の九州帝国大学農学部の附属農場のイチゴから最初に分離され、その株が現在、世界中で研究に使用されています。酵母型と菌糸型を使い分けるなど、他の分裂酵母にはない特徴を持っています。高い発酵能を持ち、アルコール飲料の生産にも使用され始めています。

※3 hc90(恒常的胞子形成):
    本研究で用いた呼称で、栄養が豊富な条件でも高頻度に接合・減数分裂・胞子形成を行う性質を指します。無性生殖する酵母と有性生殖する酵母が混じりあった増殖状態です。

※4 エピスタシス(遺伝子間相互作用):
    ある形質が一つの遺伝子の働きだけでは説明できず、複数の遺伝子の組み合わせによって現れる現象を指します。