講演①質問と回答 (森 宙史)
- あるメタゲノム配列が真核生物由来か原核生物由来かを配列データのみから区別することは可能なのでしょうか?
- 既存の微生物の塩基配列データを参照することで多くの場合区別することが可能です。ただ、既知の系統と目や綱、門のレベルで異なるような場合は、原核生物由来か真核生物由来かを短いメタゲノム配列から区別するのは難しくなります。
- 細菌の細胞の形をゲノム配列から推定することは可能でしょうか?
- 細胞膜や細胞壁の構成タンパク質をコードする遺伝子や、鞭毛や繊毛タンパク質をコードする遺伝子の有無で、ある程度細菌の形を推定できる場合もありますが、一般的には配列から細胞の形を正確に推定することは難しいです。
- 細菌の表現型をゲノム配列からどの程度推定できるのでしょうか?
- その細菌が所持する大体の代謝経路や細胞膜や細胞壁の大まかな特徴は推定可能ですが、見た目や他の微生物との種間相互作用の存在などを推定するのは難易度が高いです。
- ゲノム配列から絶滅した動物の体色を推定することは可能でしょうか?
- 動植物の色を推定するのはancient DNA研究の夢の一つですが、現状難しいです。多くの動物は食べ物の種類で体の色が変わったりしますので、ゲノム配列から古い生物の体の色を推定する試みは少数の例外を除き、うまくいっていない場合が多いです。
- ヒト腸内メタゲノム解析は多くの場合糞便を使用しているという理解で良いでしょうか?
- その通りで、現状のヒト腸内メタゲノム研究の99%以上は糞便を解析しています。そのため、本当に糞便がヒトの大腸の腸内細菌群集の組成を正確に反映しているのかという疑問は今でも論争になっています。
- 人間の細胞の中には白血球など動く細胞もあるので、体内の微生物の数を見積もるのは難しそうに思いますが、両者は区別可能なのでしょうか?
- 原核生物の細胞のサイズと白血球の細胞のサイズは大きさが数倍以上違いますので、顕微鏡レベルでは混同の恐れはほぼ無いです。一方で人間の体に存在する(真核微生物も含む)微生物の数は、腸内に存在する糞便の量から大体の数を見積もっていますので、まだ正確な数は見積もることが出来ておらず、今後の課題になります。
- 今まで世界で行われたancient DNA解析で成功した最も古いサンプルはどれくらい古いものですか?
- ある程度の塩基数が解読できている単一の生物としては、2021年に論文が発表された永久凍土由来の百数十万年前のマンモスになります。単一の生物由来ではなく堆積物由来のDNAであれば、2022年末に論文が発表されたグリーンランドの堆積物サンプルが二百数十万年前で現状報告されているものとしては最古になります。
- 動物遺骸から見つかった微生物のancient DNAを解析する際に、それが死後のコンタミでは無いことは明確に区別できるのでしょうか?
- その動植物の生前に既に存在していた生物由来のDNAなのか、死後のコンタミ由来のDNAなのかはいつも問題になります。特に、ancient DNAで微生物を解析する場合はコンタミか否かを結論付けるのは非常に難しいです。一部の感染症特異的な微生物であればおそらくコンタミでは無いだろうと推定されますが、それ以外の場合は古いDNAか否か自体はDNAのダメージの割合で区別可能ですが、コンタミか否かは結論付けられない場合がほとんどです。
- 異なる系統のオオカミ間での交雑の存在はどのように見つけ出したのですか?
- ミトコンドリアゲノムの配列と、核DNAの配列を解析すると矛盾が生じることがあります。特にその場合に過去の交雑の可能性を疑います。ミトコンドリアは母系遺伝しますが、核は父母両方から遺伝します。今回のニホンオオカミの解析でも、ミトコンドリアと核のDNA配列からそれぞれ進化系統樹を推定すると互いに矛盾した結果が得られました。その後、核DNAの様々な遺伝子の配列を他のオオカミの配列と集団遺伝学的な手法を用いて比較解析することによって、おそらく複数の系統のオオカミと交雑してより新しい時代のニホンオオカミが生まれたのだろうと推定しました。ただ、まだ仮説の段階であり、今後別のサンプルを用いた解析によって交雑仮説が否定される可能性もあります。
講演②質問と回答 (米原 圭祐)
- 近赤外線照射による内因性信号の光学的イメージングの図では、アルファベットで示された領域にわかれていました。これらは機能的に違う視覚皮質だと思いますが、これらは何に基づいて、どうやって分けられているのでしょうか?
- まず近赤外線照射をしてその反射光をイメージングすると何が分かるかというと、脳部位が活性しているか活性してないかがわかります。なぜならば、活性化する脳部位では、ヘモグロビンと酸素が積極的に乖離しています。ヘモグロビンから酸素が積極的に乖離することで、この近赤外照射の反射光の強度が少し変わります。それを指標にして、どの部位が活動しているかが観察できます。 ではどうやってこの様々な領野を分離できたかというと大脳視覚皮質にはレチノトピーというのがあり、その網膜上の部位間の関係性が保たれたまま視覚皮質に伝達されます。たとえば、網膜上で4点に刺激がはいったらその4点の位置関係が保たれたまま視覚皮質で活動がみえ、これをレチノトピーといいます。 網膜から脳は非常に正確な部位特異性のある神経投射が起きています。 それぞれの部位は固有のレチノトピーを持っています。どういう視覚刺激を使っているかというと、少しずつゆっくり動く白いバーを見せている。するとレチノトピーのマッピングができる。レチノトピーの法則が領野ごとに異なるためそれを指標にして部位を分けることができる。そのような実験をしています。
- マウス網膜においてReichard-Hassenstein型検出器の発見では、6種類の細胞が関与していること突き止めていましたが、どのように6種類と判定したのでしょうか?
- 樹状突起からのグルタミン酸シグナルをイメージングした後に機械学習でクラスタリングを行うことで突き止めました。
- 網膜動画はマウスで40種類あると述べられていました。これらの動画は、意識がなくても統合されるのでしょうか?
- 40の網膜動画の中には意識されない動画も含まれています。例えば、マウスの場合は、この40の動画があるということは、神経節細胞が40種類あるということになります。ヒトの場合は20以上あると言われています。一部の細胞は、例えば、オン型の「動き検出細胞」は中脳の底に投射します。これは意識に上らない経路と言われています。 さらに、例えば、視床下部にメラノプシン細胞というのが投射し、サーカディアンリズムの制御に関わっています。例えば、夜になると眠くなって朝になると起きるという現象は、その細胞が体内時計を調節する視床下部の中枢に投射して日内変動リズムを整えています。この現象では、脳は光を感知していますが見えていると感じる視覚とは違うものですね。 そもそも意識に上るもの/上らないものがあります。意識に上るものというは、さまざまな経路がある中で、おそらく視床を経由して大脳皮質一次視覚野に行くものが相当します。