講演①質問と回答(斎藤 成也)
- 例えば数万年から数百万年の時間をかけた正の進化はわかりやすいです。その場合、不要になった、あるいは使えなくなった機能を発現する遺伝子はゲノムの中に保存されているのでしょうか?もし保存されているとすれば、進化の単位でなく短期間でそのタンパクを再発現することはできるのでしょうか?気候変動の関係で、気温の高低、酸素、二酸化炭素濃度の高低が繰り返されているとしますと、体温調節機構、呼吸機能、血液機能に関して過去の“記憶”はゲノムに残されているのでしょうか?
- 不要になった、あるいは使えなくなった機能を発現する遺伝子は、重要性が低下するので、突然変異が蓄積してゆき、やがてタンパク質を発現できなくなる偽遺伝子となって、ゲノム中に残ってゆきます。この意味では、「保存されている」とはいえませんが、祖先の重要性があったタンパク質遺伝子とは、長い進化のあいだにどんどん離れてゆきます。この意味では、「過去の“記憶”」はゲノム中でゆっくりと崩壊してゆきます。
- “進化”の過程で、一度“進化”したものが環境の激変などを受けて、先祖返りをすることはあるのでしょうか?もし実態が先祖返りがあったとしても、それは正の進化と捉えるのでしょうか?
- 先祖返りすることはありえます。環境の激変のためかどうかはわかりませんが、たとえば脚が失われて鯨やイルカの仲間が進化しましたが、ある意味では形態が哺乳類から魚類に「先祖返り」したことになります。ここでもなんらかの「正の淘汰」が生じた可能性があります。なお、「正の進化」という表現はありません。
- 負の自然淘汰では具体的にどのような事象がみられるのでしょうか?
- 明確な現象はありません。ときどき生じる突然変異のうち、生存に重要なDNA塩基配列を変更させる場合には、そのような突然変異体が、突然変異を生じない個体よりも生存に不利となり、残す子孫の数が減少します。
- ときに遺伝子が変異で2倍になってそのままで進化するときがありますが、その時は片方の遺伝子が中立進化になっていくのでしょうか?
- 遺伝子重複のことですね。どちらか片方の重複遺伝子にたまたま有害突然変異が生じると、有害の度合いが強くても弱くても、もう片方の遺伝子がぴんぴんしているので、偽遺伝子化してゆき、中立進化でどんどん突然変異を蓄積してゆきます。
- 中立進化かどうかはどうやって判断するのですか?
- その遺伝子あるいはDNA領域の進化速度が突然変異率とほぼ同じと推定されれば、純粋に中立進化が生じているとみなします。進化速度が突然変異率よりもあきらかに低い場合には、負の自然淘汰が働いており、生存に不利な突然変異体が子孫を残しにくく、のこりの突然変異は中立進化をしていると考えます。進化速度があきらかに突然変異率よりも高い場合のみ、正の自然淘汰が生じていると推定します。
- 斎藤教授が開発された4つ組法の紹介の中で、中立進化速度より遅いものと速いものがありましたが、これらはどのような違いが要因となっているのでしょうか?
- これはまだ理由がよくわかりません。じゅうぶんな検討を経ずに現在の結果だけお見せしてしまいました。今後の解析結果発表をお待ち下さい。
- 高校の教科書では大進化はわかってないということですが、いまだにわかってないですか?
- ゲノムレベルにおいてどのような変化があって大進化が生じたのかは、いまだに不明です。
- Conserved non-coding sequenceを外来からの導入で強制的に作用させたらどのようなことが生じると推測しますか?
- これはおもしろい実験ですね。最近はこのようなゲノム変化を人工的に生じさせる手法が解析されていますので、なんらかの実験をしたいものです。
- 脳の進化については、ゲノムレベルで明らかになっていることを教えてください。
- CNSを調べた私たちの研究によれば、脊椎動物全体で保存されているCNSは、脳で働いている遺伝子の近傍に存在することがよくあることがわかっています。
講演②質問と回答(相賀 裕美子)
- 生殖細胞と体細胞における性のデフォルト状態の違いは、生物が種として繁栄する上で何か有利になることはありますか?(生殖細胞のデフォルトがオスであることの利点は?)
- 今回の我々の実験結果を解釈すると、生殖細胞の場合は、雄がデフォルトで雌が誘導状態といえますが、これはあくまで、マウスの雌の生殖巣で誘導をブロックすると雄の性質を示したということで、雄化も始原生殖細胞から考えると分化状態にあります。従って、まだ雄がデフォルトであるというのも仮説で結論付けることはできません。また種によって、体細胞及び生殖細胞の性分化機構は異なっているので、一般化はできません。しかし他の種をふくめて、卵子の単為発生は比較的よく観察されますが、精子が単為発生することはまずないかと思います。
- 雄が生殖細胞におけるデフォルトであるのならば、FGF9がNodalを正に制御する意味は何なのでしょうか?Smadを介してNodalを抑制するだけでは十分ではないでしょうか?
- そうです。FGF9の意味の解釈は難しいのです。実際にFGF9はNodalを誘導する能力はありますが、必要なのかというと遺伝学的には否定されています。すなわち、FGF9がなくても、FGF9がないことによって発現が上昇するWnt4をKOすると、生殖細胞は、雄化することが知られています。
- レチノイン酸などの誘導因子は、適切な濃度にするための分子機構があるのでしょうか? それらを生成や抑制する機構が欠損している場合なども研究されているのでしょうか?
- そうです。レチノイン酸合成酵素も分解酵素も何種類かあります。またその受容体も複雑で、それらの発現も細胞によって異なるので、その全容は未だに明らかになっていません。レチノイン酸は減数分裂の誘導のみならず、正常発生に必要です。
- 生殖細胞になる予定ではない体細胞にも強制的に減数分裂をひきおこすことはできますか?
- これもとても重要な問題で、多くの研究者がトライしています。減数分裂にもいろいろなステップがあるので、開始できても結局半数体になるまで観察した例はほとんどないと思います。現在は体細胞を生殖細胞に誘導することが可能なので、そういう意味では誘導はできますが、単に減数分裂開始因子を強制発現しても、減数分裂を誘導することはできません。
- KOマウスは遺伝子組み換えではなくて、現在は遺伝子編集で作られているのでしょうか?
- 単に遺伝子を削ってKOマウスを作成する場合は遺伝子編集技術により容易にできます。しかし、遺伝子をKOすると同時に他の遺伝子を挿入したりする場合は遺伝子組み換え技術が必要です。そのような場合でも現在は遺伝子編集技術を応用して効率を上げています。
- 始原生殖細胞はどうして発生段階で遊走するのでしょうか?もともとそれがあった場所はどうなるんでしょうか?
- 生殖細胞は、他の細胞の影響を受けない場所で最初につくられて、その後、適当な環境(生殖巣)が必要になるため、その場所に移動する必要があると考えられています。しかし、このような理由付けをすることはできても、どうしてそのような仕組みができたかは、わかりません。またもともとあった場所は、発生過程でダイナミックに変化するので、正確な回答は不可能ですが、特に何も問題ないと思います。
- 雄と雌で減数分裂の開始するタイミングが異なるのは何故ですか?
- これも何故か?というとその理由はわかりません。特にマウスの場合は、卵子は幹細胞がなく、すべての生殖細胞がただちに減数分裂に入って卵子形成にはいります。一方、雄の場合はまず幹細胞を作って、それを維持して精子を作る過程が始まります。そのための準備期間が必要なのかもしれません。
- 遺伝子の発現量の制御メカニズムについて、常染色体と性染色体の違いと意義について教えてください。なぜ常染色体は、複数働いても問題ないのに、性染色体は2つ以上働かないようになっているのでしょうか?
- 常染色体も沢山ありますが、全部2本ずつです。そういう意味では発現量は2となり、性染色体はXXの場合はどちらかが不活性化されて、発現量は1になります。XYの場合もそれぞれが1です。しかし、他の種ではXXでも2の場合やXYのXが2倍発現したりする場合もあります。
- 有性生殖を行う動物において性決定の仕組みはタクソンごとに様々であると思いますが、今回対象にされた哺乳類以外でもNanos2のようなRNA結合たんぱく質が性決定に関わっていたりするのでしょうか?それとも哺乳類で獲得された仕組みなのでしょうか?
- RNAの制御はどの種でも性分化に密接に関係しています。特によく研究されている、キイロショウジョウバエでは最初に機能する性決定遺伝子はRNAのスプライシングの違いによって、タンパク質の機能が変わることにより、その下流の遺伝子カスケードが性特異的になります(この場合は体細胞の性です)。
- ショウジョウバエなどの性決定はX染色体の数が影響するという話を聞きました。哺乳類の生殖細胞の性決定機構とは何が異なるのですか?
- そうですね。キイロショウジョウバエの場合もXXが雌でXYが雄ですが、性決定機構は異なっています。ヒトの場合はYのあるなしで雄がきまりますが、キイロショウジョウバエの場合はXの数が重要で、Xが2本あれば雌、1本しかないと雄になります。Y染色体はほとんど意味がないようです。
- ある種の魚類では環境で性転換するそうですね。もし何かわかっている事あれば教えてください。
- 魚の中でもメダカなどは性決定遺伝子があって、性が決まりますが、多くの魚では性決定遺伝子が決まっていない、あるいは、メカニズムが異なる場合が多く知られています。要するに性転換する魚がたくさん知られています。その要因はいろいろあるようですが、性ホルモンが関与しているのは確かのようです。体が一番大きい魚が雄になるとか、視覚刺激がホルモン産生を刺激するようですが、種によって方向性も異なるので、興味はつきませんね。
講演③質問と回答(神部 飛雄)
- 貴重な講演、大変興味深く拝聴しました。質問です。神部さんのスライドが大変上手(クオリティが高い)でわかりやすかったのですが、実際に遺伝研での大学院生活において学ばれたのでしょうか?
- ご質問いただきありがとうございます。そうおっしゃって頂いて、非常に嬉しいです。まず、わかりやすいスライド作成の基礎(文字のフォント、サイズ、色、配置)を学んだのは主に大学生の頃でした。自分は大学の頃、大学ではなく研究所に行って卒業研究を行っていたので、実際にプロの研究者の発表を多く聞いたり、自分もその場で発表する機会が多くありました。そこで基礎を色々と教えていただきました。その後、スライドの構成やより詳細な美しく見せる技術は、大学院で学びました。遺伝研で開発された「遺伝研メソッド」という英語の授業で、研究者のためのプレゼンテーション技術を学ぶことができます。この授業の内容はかなり参考になりました。それと、大学院の研究室で、スライドが上手な方々が多かったことも、成長につながりました。進捗発表会や学会、論文紹介などでその方々のスライドを見る機会が多くあったため、とても参考になりました。今自分のスライドが上手と言って頂いているのは、スライドの上手な方がいる環境に身をおいたことと、発表する機会があるたびに、学んだ技を試してみたり、自分なりにアレンジして挑戦する場を多く利用して、批評していただいたことが大きいと思います。正直、スライドが上手な方々に比べると、自分はまだまだです。これからもいろんな方の発表を聞いて、わかりやすく伝える手法を追求していきたいと、私自身思っております。
- 貝類・魚類の腸内細菌の役割はなんですか?消化・吸収などに役立っているのでしょうか?
- ご質問いただきありがとうございます。ご質問にもあった通り、貝類と魚類の腸内細菌の役割は、消化や吸収に役立っていると考えられています。水産生物の腸内細菌の話をする前に、まず陸上の草食動物についてお話しさせてください。ウシなどの陸上草食動物は、植物を食べているわけですが、植物にはセルロースなどの難消化性多糖類が含まれています。この難消化性多糖類は、その名の通り、消化が難しく、動物自身、それを分解する酵素を持っていないことがあります。そこで、草食動物にすむ腸内細菌が、分解酵素を出して植物の消化を手助けすることで、草食動物は植物から上手に栄養を得ていることがわかっています。また、陸上動物における植物消化に、具体的にどんな菌が働いているかは、近年様々な研究によって明らかになってきています。ここから水圏環境の話になるのですが、難消化性多糖類は、植物のみならず、コンブなどの海藻にも含まれています(※成分は植物と違います)。貝類や魚類の中には、ほとんど海藻だけを食べるような藻食性がおり、それらも自身の酵素のみでは難消化性多糖類をあまり分解できず、消化を腸内細菌に頼っていると考えられています。実際、私が研究対象としていたアワビは、難消化性多糖類の消化において、自身よりも腸内細菌の寄与が大きいことがわかっています。しかし、アワビも含めた水産生物の海藻消化に重要な腸内細菌はほとんど知られていないため、私は卒業研究で海藻消化に有用な菌の探索を行っていました。
- コロナ禍では研究できないこともあるともいます。どのように進めているのですか?
- ご質問いただきありがとうございます。幸い、遺伝研のある静岡県は、比較的コロナが落ち着いていたので、研究活動に対する影響は限定的でした。しかし、私が入学した2020年の4月〜6月頃は、緊急事態宣言のため、学生は基本在宅ワークを強いられていました。本来、私は主に魚類を飼育したり、野外に出て環境測定を行ったり、遺伝子を扱う実験が多いですが、緊急事態宣言下ではパソコンのみでできる研究を行っていました。また、週一で進捗発表を行い、頻繁に「どこまで進んで、これから何をしていくか」を教授や助教と話しあっていました。また、結果がでたらすぐに、ビジネス用メッセージングアプリであるSlackで知らせたり、解析方法でわからないことがあったら聞いていました。
- 中学生や高校生のころはどのような科目が好き(得意)でしたか?
- ご質問いただきありがとうございます。中学の頃は、理科と英語が好きでした。高校に入ってからは生物が最も好きになりました。もともと水族館飼育員を目指していたのもあって、生物はしっかり勉強せねば、と思い、頑張ってましたね。そこから得意科目になり、クラスの友達に教えたりすることで、より生物を学ぶことが楽しくなっていった記憶があります。幸い、大学でも高校で学んだ知識は非常に役立ちました。今でも個別指導のバイトで、高校生に生物を教えています。