「これから着目される面白いことを見つけたい」イネの強みを生かし、自分のペースで

佐藤 豊教授
系統生物研究センター 植物遺伝研究室
「これから着目される面白いことを見つけたい」イネの強みを生かし、自分のペースで
「これから着目される面白いことを見つけたい」イネの強みを生かし、自分のペースで

植物研究でもっともよく使われる材料は、小さな白い花を咲かせる「シロイヌナズナ」。ゲノムサイズが小さい、ライフサイクルが早い、室内でも生育が良いなどのメリットをもつ。一方、私たちの主食であるイネを使う研究者は国内でも少数派だという。しかしイネには作物としての重要性もさることながら、研究上のメリットも少なくないそうだ。「お米として食用になる大部分は『胚乳』です。この胚乳は正常なのに胚芽が形成されない突然変異株に着目すれば、初期発生に重要な遺伝子を効率よく突き止めることができます」と佐藤教授は語る。佐藤教授をイネ研究に導いたいくつかの出会い、そして研究から見えてきたことについて聞いた。

Profile

名古屋大学農学部農芸化学科卒業、同大学院生命農学研究科博士課程修了。日本学術振興会海外特別研究員、名古屋大学准教授JSTさきがけ研究者などを経て、2016年4月より国立遺伝学研究所(遺伝研)教授。

遺伝研の印象

2016年4月に名古屋大学から遺伝研に移り、もうすぐ1年経ちます。これまで続けてきたイネの発生生物学に加えて、遺伝研で1950年代から収集・維持されてきた野生イネコレクションの管理も担うことになりました。

遺伝研の研究環境については、教員が研究に使える時間がたっぷりあると感じます。共同利用の制度やゲストハウスのおかげで海外の共同研究者にも滞在してもらいやすいです。教育の面では、ここ(総研大遺伝学専攻)には本当に研究者になりたい学生が来ていると感じます。大学にはさまざまな進路を考えている学生がいますが、遺伝研は基本的に研究者しかいない場になっているので、研究者としての振る舞いも身につくのではないでしょうか。研究者になりたい学生が来れば、学びたいものすべてがここにはあると思います。

イネの発生生物学への道のり

私が研究の道に進んだきっかけは、いくつかあります。中学生の頃から『ニュートン』などの科学雑誌で生命科学の話題にふれていました。モノクローナル抗体の作製法やエイズウイルスの発見など、免疫に関する話題が盛り上がった時代でした。そして、ノーベル賞受賞の翌年に一時帰国した利根川進さんの講演を運良く聴けたことが、生命科学研究に強い関心をもつ大きなきっかけになりました。研究内容の面白さはもとより、海外で日本人が活躍するという姿も印象に残りました。

次に大きなきっかけになったのが、農学部で受講した生化学の講義でした。ともすれば地味に感じられがちな生化学ですが、中村研三先生の講義資料はとても上手に作られていて、面白くて。また、1970年代に相次いだ分子生物学の大発見について、中村先生が留学先の米国で目の当たりにしたエピソードを交えて生き生きと語ってくださいました。触発されて、卒業研究から中村研究室に所属して生化学を学びました。中村先生は学生に対して、勉強や実験について過度の干渉をせず、研究室は自由闊達な雰囲気でした。その自由さが、次の転機につながります。

当時、つまり1990年代前半は、植物の発生生物学が大きく発展し始めた時期でした。例えば花の発生を説明するABCモデルは、今では高校の教科書にも載っていますよね。このモデルは1991年に提唱され、これを実証するような突然変異体が続々と発表されました。代表的な例では、植物研究でもっともよく使われるシロイヌナズナの花が八重咲きになるagamous変異体があります。そのような生化学以外の分野に私たち学生が関心を持つと、中村先生は文句を言われるどころか、むしろ海外の若手研究者をセミナーに招き、若手どうしで自由に議論させてくださったのです。修士課程2年生だった私は、発生という新しい分野に心惹かれるようになりました。所属研究室のOBである松岡信先生が名古屋大学に戻って来られることがわかって、一度お話を聞きに行こうと思ったらとんとん拍子に話が進み、博士課程から松岡研究室に移りました。このように色々な出会いや巡り合わせで、イネを使った発生生物学へと進んできました。

イネを使ったからこそできた発見

最初に手がけたのがOSHというホメオボックス遺伝子ファミリーの機能解析でした。ホメオボックス遺伝子は、動物の発生で大きな役割をもつことがわかっていましたが、植物では1993年にトウモロコシで初めて見つかったばかりでした。動物と植物とでは発生の様式、つまり体の作られ方がかなり違いますので、植物のホメオボックス遺伝子がどのように働いているかは興味深い問題でした。

イネの研究をする上で恵まれていたのは、東京大学の長戸康郎先生と名古屋大学の北野英己先生の研究室でイネの突然変異体を収集・保存されていたことです。さらに、農水省の研究所でつくられたイネのトランスポゾンタグライン(トランスポゾンによって遺伝子が破壊された変異体)がちょうど使えるようになりつつある頃でした。これは当時まだ500ほどの系統しかありませんでした。しかし、これを調べ始めた研究室の同僚が、なんと「OSHのノックアウトがあるぞ」と知らせてくれて、運良く自分の研究に使うことができました。結果としてOSHファミリーの一員であるOSH1やOSH15が発生のごく初期、器官形成が始まるOSH1前に働いていることを示せました。この研究で博士号を取得し、米国留学しました。

帰国して名古屋大学の助教授に着任した頃、OSH1は幹細胞で働く遺伝子であることがわかってきました。植物の幹細胞は根と茎の先端にあり、茎の先端では必要に応じて葉や花に分化します。この幹細胞の形成や維持の仕組みを研究する手がかりとして、当時よく知られていたのは、シロイヌナズナのstm(shoot meristemless)という変異体でした。双葉の間にあるはずの幹細胞がきれいに無くなっている姿は衝撃的でした。このstmを手がかりにしてシロイヌナズナを用いた幹細胞研究は大きく進展しました。

一方、研究者人口の少ないイネでも、幹細胞に関係しそうな変異体が複数あることがわかっていました。しかもこの頃には技術が進み、変異体から原因遺伝子を突き止めることも容易になっていました。そこで豊富な変異体コレクションから幹細胞に関係しそうなものをピックアップして原因遺伝子を同定したところ、当初の予想と異なる遺伝子群が取れてきました。ある小分子RNAの代謝経路に関する酵素や制御因子でした。幹細胞の形成と維持の鍵は、この小分子RNAが握っていたのです。イネを使ったからこそできた発見でした。

宿主とトランスポゾンの攻防

この研究のために小分子RNAを網羅的に調べたことから、予想外の発見もありました。読み取った塩基配列を一つ一つデータベースで検索して、既に知られている機能や特徴を地道に調べる中で、当時学生だった長崎君が、トランスポゾンの中からmiRNAが出てきていることに気づきました。

トランスポゾンとは、ゲノム上で自分自身を切り出して別の場所に入り込むことができる塩基配列のことです。miRNAとは、小分子RNAの中でも遺伝子発現を抑制する機能をもつものです。

長崎君が見つけたmiRNAをデータベース検索すると、DNAメチル基転移酵素を抑制する機能をもつことがわかりました。そこですぐに、トランスポゾンが転移しないように抑えるメチル基転移酵素の働きに対して、トランスポゾンが「反撃」しているという図式が見えました。ヒトでもイネでもトランスポゾンはゲノムの何割をも占めていますので、トランスポゾンが抑え込まれる一方ではないはずだということは考えてみると当然でした。しかし当時、トランスポゾンを抑える機構はよく研究されていましたが、反撃の機構はほとんど未知だったのです。

自分のペースで、まだ着目されていない面白いことを見つけたい

いろいろな突然変異体を見ていると、「なんでこうなるのかな」と素朴に思えるようなものがあります。そういうものを見つけて、時間をかけてアプローチしたいと思います。大勢で一つのゴールに向かって競争するよりも、まだ注目されていない面白いものを拾い上げたい。それが研究の次の流行を生むきっかけになれば嬉しいし、そういうものを狙っていきたいと思います。遺伝研には野生イネのコレクションもあるので、きっと面白い材料が見つかると期待しています。

研究室ではコミュニケーションを大切にしたいので、部屋の真ん中に大きなテーブルを置き、昼食時に集まれるようにしました。イネを使っていると季節ごとに圃場で汗をかく機会もあります。わいわいと研究していけるといいと思っています。

聞き手:リサーチ・アドミニストレーター室 伊東 真知子
写真撮影:リサーチ・アドミニストレーター室 来栖 光彦
2017年3月