


この春、遺伝研に赴任してきた齋藤都暁教授。これまでショウジョウバエを対象に、小分子RNAの産生メカニズム、生殖細胞の形成や維持、ゲノム中を動き回る転移因子(トランスポゾン)、染色体構造の変化といった、多領域に及ぶ研究を進めてきた。ただし、はじめからこれらの要素一つ一つに注目していたわけではないという。「興味のある事柄について一つずつ丁寧に解析を続けた結果」と話す齋藤教授。これまでの研究の軌跡と、この先の展望について語ってもらった。
Profile
山形大学理学部 物質生命化学科卒業、神戸大学大学院 自然科学研究科にて博士(理学)取得。徳島大学ゲノム機能研究センター ポスドク、慶應義塾大学医学部 分子生物学教室助教、専任講師、准教授を経て2017年4月より現職。
すべては、小分子RNAの産生メカニズム研究から始まった
現在につながる研究の発端は、小さなRNAの研究にさかのぼります。1990年代から2000年代はじめにかけて、線虫やショウジョウバエからマウス、ヒトに至るまで、大規模にゲノム解析を行うゲノムプロジェクトが進みました。その結果、各生物における遺伝子の数が正確にカウントされ、機能についても明らかになってきました。同時にゲノム中には「DNAの情報を写しとる(転写といいます)ものの、タンパク質を合成しないRNA(Non-codingRNA:ncRNA)」が多数存在することもわかりました。当初は「これらのncRNAはがらくたでなんの機能ももたない不要物」と考えられていたのですが、あまりの多さに「何か役割があるのだろう」と機能解析が進み、長さが20~30塩基程度の小分子RNA(smallRNA)のなかに、遺伝子の発現を抑える機能を果たすものがあるとわかってきました。たとえば、二十数塩基からなる1本鎖の小分子RNA(miRNA:マイクロRNAといいます)は、相補的な配列をもったmRNA(メッセンジャーRNA)と結合することで、発生のタイミングや細胞増殖に関わる遺伝子の発現を制御しており、そのはたらきの異常ががんなどの病気と関連していることが報告されています。
その後、私が大学院博士課程を終え、ポスドクとして働きはじめた2004年頃には、マイクロRNAがはじめから短い塩基配列として作られるわけではなく、まずは「ヘアピンのような形をした長い前駆体」が作られ、そこから短い成熟体として切り出されることがわかっていました。このようにシステマティックなマイクロRNAの産生メカニズムに興味をもった私は、長い前駆体が規則正しく切断される分子メカニズムについて研究を始めることにしました。たとえば当時、マイクロRNAの前駆体が「ダイサー(Dicer)」という特殊なタンパク質によって切断されることがわかっていましたが、私はダイサーが単独ではたらくのではなく「ロクエィシャス(Loquacious)」という別のタンパク質と相互作用することで機能を果たしていることを見出しました。その後、「ダイサー/ロクエィシャスによる切断で作られた2本鎖RNAは1本ずつの鎖に引き剥がされる」、「その1本がアルゴノート(Argonaute)というタンパク質と結合し、マイクロRNAとして遺伝子発現制御という機能を発揮できるようになる」といったことも明らかにされています。
Piwiタンパク質、piRNA、トランスポゾンへと展開


一連の研究の過程で私は、アルゴノートタンパク質に似たアミノ酸配列や構造(ドメインといいます)をもつタンパク質が、ショウジョウバエで5種、哺乳類で7種も報告されていることに気づきました。そのなかには「Piwi(ピィウィ:P-element induced wimpy testis)」とよばれる、興味深いタンパク質がありました。piwi 遺伝子は1997年にショウジョウバエで同定されたもので、この遺伝子の変異体は雌雄ともに生殖細胞の形成と維持が異常になり、子孫を残せなくなる(不稔といいます)ことが報告されていました。
その後、Piwi遺伝子によく似たAubergine (Aub) とAGO3という遺伝子があることもわかり、現在ではこの3種から作られるタンパク質を合わせてPIWIサブファミリータンパク質群とよぶようになっています。私は、これらのタンパク質がアルゴノートに似た構造をもつことと、アルゴノートがマイクロRNAと結合することを根拠に、「PIWIサブファミリータンパク質群も小分子RNAと結合するのではないか」と考えました。当時は徳島大学ゲノム機能研究センターに所属していたのですが、ショウジョウバエ個体を使って実験を行い、確かにPiwiタンパク質が小分子RNAと結合していることを明らかにしました。


ただし、予想に反し、その小分子RNAはマイクロRNAよりも少し長い25から30塩基のものでした。熟慮の末、「これはマイクロRNA とは違うのではないか」と思い至り、その配列や構造を調べてみることにしました。すると、Piwiタンパク質に結合する小分子RNAには「レトロトランスポゾンの一部と相補的な配列」があるとわかりました。その後、同様にして、Aubタンパク質やAGO3タンパク質もレトロトランスポゾン由来の小分子RNAと結合することがわかり、現在は「PIWIサブファミリータンパク質に結合する小分子RNA群」ということで「piRNA(PIWI-interacting RNA)」と総称されるようになっています。私にとっては、Piwiタンパク質とpiRNA のほかに、さらにレトロトランスポゾンという役者が出てきたことになります。
piRNA領域に大きく研究の舵を切る
ただし、この時点ではpiRNA がPIWIサブファミリータンパク質群に結合する因子として生化学的に特定されただけで、両者がどのような関係にあり、どのように他の小分子RNAと区別されて相互作用するのか、なぜPiwi遺伝子の変異で不稔になるのかといったことはわかっていませんでした。そこで私は、「マイクロRNA の研究からははずれることになるが、新しい謎解きを始めよう」と研究をシフトすることを思い立ちました。当時、マイクロRNA をはじめとする小分子RNA研究は国際的にきわめて激しい競争になっており、より大きな謎を秘めた領域にチャレンジしたいと考えていたという事情もありました。
レトロトランスポゾンはゲノム中を動き回る転移因子の一つとして知られ、長いものでは1万塩基対に及びます。自分のDNA配列をいったんRNAに転写し、そこから逆転写してDNAを複製しつつゲノム中を動き回る機能をもつのが特徴で、パソコンでいう「コピー&ペースト」をイメージしていただくとわかりやすいと思います。レトロトランスポゾンは、生物が進化する過程でレトロウイルスの感染を受けてゲノムに入り込んだとされており、生物のゲノムサイズの増大やゲノムの多様化に寄与したと考えられています。たとえば、遺伝子として機能する領域にレトロトランスポゾンが入り込むと、その遺伝子に新たな機能が付与されたり、逆に遺伝子機能を失ったりといったことがおきるのです。ゲノム解析により、ヒトでゲノムの45%、ショウジョウバエでも20%がレトロトランスポゾンで占められているとわかっています。
私の実験の話に戻りますが、すでにアルゴノートが小分子RNAと結合することで遺伝子のはたらきを抑えることを見出していましたので、piRNAもPiwiタンパク質と結合することでレトロトランスポゾンの機能を抑制するのではないかと考えました。つまり、Piwi遺伝子が異常になった変異体では「コピー&ペースト」機能が過剰になっているだろうと予想し、ショウジョウバエの培養細胞と個体とで調べてみることにしました。すると、まさにそのとおりで、レトロトランスポゾンの発現が過剰になっていました。
見えてきた Piwi、piRNA、レトロトランスポゾンの関係
さらに解析を進めたところ、piwi遺伝子はショウジョウバエの精巣や卵巣において、「生殖細胞と、生殖細胞を取り囲んでいる体細胞」の核内で発現していることがわかりました。一方、Aub遺伝子とAGO3遺伝子は精巣、卵巣ともに生殖細胞の細胞質で発現していました。そこで、Piwi遺伝子の発現を抑制する実験を行ったところ、レトロトランスポゾンの発現が過剰になり、生殖細胞の発生も異常になるとわかりました。その理由としては「過剰発現したレトロトランスポゾンが生殖細胞の産生や維持に重要な遺伝子を傷つけてしまう」といったことが考えられますが、詳細なことはわかっておらず、これから検討する予定です。
一方で私は、Piwiタンパク質が「染色体の束ね方を調節するタンパク質(ヒストンH1)」と相互作用していることも見出しています。「Piwiタンパク質により染色体とヒストンH1の相互作用が増大して染色体の束ねられ方が強固になり、その結果としてレトロトランスポゾンの活動が抑えられているのではないか、そのためにpiRNAも必要なのではないか」と考えているのです。つまり、今のところ言えるのは、「Piwiタンパク質がpiRNAと相互作用することでレトロトランスポゾンの過剰な動きを押さえ込んでいる」ということです。ただし、Piwiタンパク質と相互作用するタンパク質はほかにもあるとわかってきたので、こちらの解明にもまだ時間が必要です。
「レトロトランスポゾンの発現を抑え込む機能を、レトロトランスポゾンからつくられたRNAが担う」というのは、なんとも不思議なしくみですが、レトロトランスポゾンの増殖はゲノムの多様性をもたらす原動力にもなりうる一方で、むやみに増えすぎると遺伝子を破壊し、ゲノムとして維持できなくしてしまうことから、生命進化のかなり初期に獲得された機能なのではないかと推測しています。
恵まれている遺伝研の環境


まだ遺伝研に赴任して半年ほどなので、今は実験環境を整えつつ助教の近藤 周さんの手を借りて「特定の遺伝子に目印(エピトープタグ)をつけたショウジョウバエ」などを多種類作っているところです。これまで私は、一貫してショウジョウバエを使って研究してきました。小さくて扱いやすい、卵から幼虫を経て成虫になり卵を産むサイクル(世代交代サイクル)が早い、遺伝子を導入したり破壊したりといった改変がしやすい、得られた結果をマウスやヒトなどにあてはめやすい、といった多くの利点があるからです。遺伝研には、このようなショウジョウバエの利点を最大限に生かせる素晴らしい環境が整っています。多様なショウジョウバエが系統ごとに分けてストックされているほか、ショウジョウバエがもつ全1万4000遺伝子のうちの実に9000以上を人工的に抑制できるRNAiライブラリーも揃っています。
また、遺伝研の研究者の方々は本当に研究好きで、良い意味で「変わった人」がたくさんいらっしゃいます。まだ半年しかたっていませんが、すでに非常に満足しています。こちらに来る前に慶應義塾大学の先生が「かつての遺伝研の教授会で、机上で実験しながら議論に参加している先生がいたんだよ」と話してくれたことがあったのですが、これも、夢中になって研究を楽しんでいるエピソードだといえます。
英語教育が自然なかたちでなされている点もいいと思っています。たとえば、音声つきテキストとして一般販売もされている遺伝研独自の英語教育「遺伝研メソッド」があります。「研究者には、論理的に考える力と英語で議論する力が不可欠だ」として、脳機能研究部門の平田たつみ先生や、遺伝研リサーチ・アドミニストレーター室長で総合研究大学院大学名誉教授の広海 健先生たちが、英語専任講師とともに開発したものだそうです。実際に研究者や学生たちが使いがちな「通じない英語」や、効果的なスライド作り、プレゼン方法などのティップスが満載になっています。
さらに、ラボの垣根をなくして運営されているジャーナルクラブも研究と英語の両面において、大変有意義です。現在、領域やテーマごとに22のクラブがあり、私は生殖細胞セミナーと発生生物学セミナーに所属しています。それぞれ15人ほどで、その日の担当者が対象領域で良いと思う論文を一つとりあげて英語で紹介し、その後、全員で議論するというものです。担当はもちまわりで、だいたい半年に一度、自分の番がやってきます。もちろん、学生やスタッフも参加しています。
学生にも楽しんで研究してほしい
私の研究室には現在学生はいないのですが、2019年4月に学生が1名入ってくる予定です。今回、紹介したような研究に興味を持たれたら、ぜひ入っていただきたいと思います。実験が好きで、仮説を自分で立てて実験を組み立てるということに興味がある人であれば、これまでのバックグラウンドはあまり関係ないと思っています。そもそも、総研大の入試自体が「問題のようで問題でない、考え方の資質を問うようなスタイル」ですので、積極的にご検討いただければ嬉しく思います。
実際に研究室に入ると、博士課程のはじめは「見て覚える部分」が多いと思いますが、だんだんと自分で研究を組み立てられるようになっていくと思います。来春には、助教がもう一人加わる予定で、このくらい人材が充実すれば、いろいろな実験を進められるようになると期待しています。
一つ一つ着実に進めることで、先が広がるはず
科学研究はその応用や社会への還元が期待されますが、私はあまり先まで見過ぎないようにしています。適切な部分に狙いを定め、ブレずに一生懸命研究していれば、自ずと仲間やライバルがあらわれ、切磋琢磨するなかで応用に結びつく成果が出てくるのだと考えています。たとえば、私がヒトの研究をすることはありませんが、ショウジョウバエでの研究成果を哺乳類やヒトに応用してくれる研究者が出てくると嬉しいと思っています。
他の研究者によるものですが、「良い仕事をしていれば展開していく」という例の一つに、今やゲノム編集のツールとして欠かせなくなったCRISPR/Cas9システムの開発をあげることができます。CRISPR/Cas9システムは、DNA切断酵素(Cas9タンパク質)を、ガイド役を果たすRNAとともに組み込んで「狙ったDNA配列を切断する」というもので、細菌がバクテリオファージなどの外敵から身を守るために備えているしくみを利用しています。
実は、細菌におけるCRISPR/Cas9のメカニズムは、Piwiタンパク質とpiRNAによるレトロトランスポゾンの制御と非常によく似ています。おそらく両者の起源には共通部分があるのだろうと思いますが、あるとき、海外の小分子RNA研究者が、CRISPR/Cas9研究に転向していくのを目の当たりにしました。遺伝子操作ツールとしてCRISPR/Cas9システムが利用可能であることが報告される数年も前のことです。CRISPR/Cas9もアルゴノートタンパク質もRNAを介して特定の配列の機能を抑制するので、彼らは「遺伝子操作ツールとして使えそうだ」と考えたのではないでしょうか?つまり、当時の私の研究は、今やノーベル賞候補と称されるCRISPR/Cas9研究と非常に近い位置に存在していたといえます。「あの時点でCRISPR/Cas9研究に転向していれば」との思いも浮かびますが、丹念に研究を積み重ねれば、また同じようなチャンスに恵まれると期待しています。
楽しみながら未開の地を目指したい


piRNA研究の競争も、すでにかなり激しいものになっています。つい先日、オーストリアのジュリアス・ブレネケらのグループがpiRNAの転写を制御するしくみに関与する「重要な因子」を特定し、Natureに論文を発表しました。超高速で高精度に塩基配列を読むことができる次世代シーケンサーを駆使した成果で、私が注目していた部分の一つを彼らが解いたという感じです。ただし、競争が激しいからといって方向を変えたり、研究がまとまっていないのに無理に論文化するといったことはしたくないと考えています。
小分子RNAの産生メカニズム解明から始めた研究が、生殖細胞の形成や維持という発生学の領域につながり、さらにpiRNA、レトロトランスポゾン、染色体の制御と広がってきました。今後、どのように展開することになるのかわかりませんが、未開の地を進むことを楽しみながら日々着実に進めていきたいと思っています。
取材・構成:サイエンスライター 西村 尚子
写真提供:リサーチ・アドミニストレーター室 来栖 光彦
2017年9月