


たったひとつの受精卵から細胞分裂を繰り返して、私たち生命はいま生きている。その細胞分裂のたびに、遺伝情報の担体であるDNAは複製され、染色体という形で子々孫々に受け継がれる。染色体を形成する鍵を握っていると考えられているのが「SMC複合体」と呼ばれるタンパク質の働きだ。このような重要だと思われるタンパク質を見つけてきて、試験管の中で再構成する。そのためには粘り強い試行と探求を繰り返す……新分野創造センターの村山泰斗准教授は、そんなふうに研究を進めている。どのくらい粘るかというと「ちなみにSMC複合体については、最初の2年間は全く成果が出なかった」そうだ。村山泰斗准教授に聞いた。
Profile
日本大学生物資源科学部 応用生物科学科卒業、横浜市立大学大学院国際総合科学研究科 博士課程修了。博士(理学)(横浜市立大学)。東京工業大学助教、Cancer Research UK フェロー、横浜市立大学研究員等を経て、2017年7月より、国立遺伝学研究所(遺伝研)准教授。2017年日本遺伝学会 日本遺伝学会奨励賞、他受賞多数。
SMC複合体を再構成するためにイギリスへ
「染色体を構成するDNAは実はすごく長くて、ヒト細胞では約2メートルもあります。これを格納する核はマイクロメートルサイズですから、ものすごく上手に折り畳んで収納しなければなりません。こういった染色体の折りたたみを行うのがSMC複合体と呼ばれる、巨大なリング状のタンパク質です。このタンパク質の”輪”は、ゴムバンドのように、その輪の中に抱え込むようにして複数本のDNAを束ねて染色体を折りたたんでいると考えられています。私が特に興味を持っているのは、細胞分裂に必要な染色体の構造形成ですが、この段階では、複製された2つの染色体がSMC1/3複合体にあたるコヒーシンによって束ねられ、SMC2/4複合体にあたるコンデンシンの働きによって、それぞれの染色体はさらに凝縮されて、教科書で見られるようなX字型の形になります。このコンパクトになった染色体に微小管がくっついて両極に引っ張り、その張力が釣り合った時に初めてコヒーシンが切断され、染色体は細胞の両極へ向かってすっと分かれていくんですね。」
村山准教授がSMC複合体に取り組み始めたのはポスドクの時。それまで確かめられていなかったコヒーシンの活性を確認した。「イギリスへ行って、酵母を使い、コヒーシンとその活性を制御するコヒーシンローダーという2つのタンパク質を精製しました。時間はかかりましたが、最終的に2つを混ぜ合わせることによって、コヒーシンだけでDNAを輪の内側に通す活性があることを実際に示しました。」
メカニズムを1つ1つ細かく明らかにしていく


最初の大きな成果を継承発展させ、現在は、細胞分裂期のあるシーンを取り出して、そこでどんなプロセスが起こっているのかを、次々と実験的に試す研究に取り組む。「今はコヒーシンの基本的な活性が確認できたという段階でまだまだスタートラインだと思っています。コヒーシンはDNAを束ねる結束バンドのように思われていますが、ではどうやって2本、またはそれ以上のDNAと結合できるのか?そんな基本的な問いにも諸説あってまだ混沌としている状態です。特に複製された染色体どうしが接着する部分は、DNA複製の過程と接着の形成が関連を持って進行すると言われているので、DNA複製の再構成も同時に行わなければならないかもしれませんね。そうなると壮大な計画ですが、達成できれば、染色体接着の形成メカニズムだけでなく分子基盤も明らかにできると思っています。」
わからないことが多いからこそ、タンパク質1つ1つの働きを取り出し、実際に確かめる必要がある。「タンパク質を再構成するには、まず予想を立てます。あるタンパク質が、本当にデザインした通りに活性を示した時には、本当に面白い。ちょっとレゴブロックを積み上げていくような面白さがあります。1つできたら、関連するタンパク質にも取り組むというようにどんどんパーツを集めていくことで、だんだん大きな系を扱えるようになります。究極的には細胞をまるごと作り直すというのがゴールのイメージ」と、村山准教授は言う。
染色体形成のダイナミクス全体の理解へ向けて


SMC複合体は数種が知られており、村山准教授はコヒーシンのほか「SMC5/6複合体という、まだ働きがよく分かっていないタンパク質があるので、これにもチャレンジしたい」との考えだ。
「医療分野ではSMC5/6複合体とウイルス性肝炎に深い関係があることが知られています。ウイルスがターゲットにしているということは、SMC5/6複合体の重要性を示唆しますね。」SMC5/6複合体はさらに、DNAの似た部位で起こる「相同組換え」の変異体として考えられてきた経緯があるという。「僕は学生の時に相同組換えに興味を持っていたので、その点でも興味深い。」
研究を志す人へのメッセージ
そんな自身の研究のスタイルについて、「クラシカルで教科書的」と評価する。「僕がメインで行なっている解析法は試験管内再構成といいますが、分子メカニズムを知るためには非常に強力なアプローチ。けれども、本腰を入れている人はそんなに多くないように感じています。なぜかというと──実は調べたいタンパク質それぞれに”個性”が違っていて、活性が出る条件を見つけるのが地味なわりに結構大変なんです。そこは全然華々しくない(笑)」と村山准教授は言う。「僕は、学生の皆さんには、時流に振り回されず、面白いと思うことを深くやって欲しい。いまは他人が興味を持っていないことでも、みんなが後から注目するようになることもあります。」
当研究所での活動は、2017年の7月から。着任当初最も強く感じたことは、研究を始めるにあたってのサポートが手篤いことだったという。「新しい場所で研究を始める際、必要な機器を細々と揃えなければならないのは大きな負担なのですが、遺伝研では共通に使える機器・装置が多く、施設が充実しているので、本当にやりたいことを、ブレなく進められます。」また「同じ関心を別の視点から研究している研究者が近くにいることも、よい刺激になる」と村山准教授。「学生の皆さんには、自分が一番いい時期を、いい環境で過ごしてもらいたいと考えています。」
聞き手:情報・システム研究機構 池谷 瑠絵
写真撮影:リサーチ・アドミニストレーター室 来栖 光彦
2017年12月