クワガタムシとともに歩む 〜非モデル昆虫を研究対象にして〜

後藤 寛貴特任研究員
生態遺伝学研究室 北野研究室
クワガタムシとともに歩む 〜非モデル昆虫を研究対象にして〜
クワガタムシとともに歩む 〜非モデル昆虫を研究対象にして〜
後藤 寛貴 [ごとう ひろき]

子どもに人気のある昆虫といえば、クワガタムシやカブトムシが思い浮かぶだろう。これらの昆虫の頭についている派手なハサミや角は、どのように進化してきたのか、その特徴的な形はどのように作られるのか、それらを追究しているのが後藤寛貴 特任研究員だ。これからも解析経験を生かし、非モデル昆虫の進化発生の解明に挑戦していきたいと考えている。

クワガタムシのどこに惹きつけられたのでしょうか?

子どもの頃からクワガタムシ(以下クワガタ)が好きで、採集したり飼育したりしていました。オスのクワガタの頭には大きなハサミが付いていますが、このハサミには、僕だけでなく、昆虫少年はだれでも皆、惹かれますよね。このハサミは、口の一部が変形したもので、専門的には大顎(おおあご)と呼ばれます。オスではこの大顎が非常に大きく発達しており、メスや餌場をめぐる争いに使われるのです。

日本には、クワガタを趣味で育てている愛好家がたくさんいるんですよ。日本に生息するクワガタの種類は数多く、その数は40種以上にも上るのです。コクワガタやノコギリクワガタなどの身近に見られる種だけでも10種近く生息しています。愛好家を特に夢中にさせることの1つは、クワガタのオスを大きく育てるということです。クワガタは、同じ種類のオスであっても、個体ごとに、大顎の大きさや形がさまざまに違ってきます。幼虫の頃の栄養状態が、大顎の大きさや形に大きく影響するのです。大きく育てるのがかっこいいのですね。体の大きさなどを比べるコンテストまであるほどです。僕も、大学時代には、クワガタを飼って、大きく育てることを趣味にしていましたが、コンテストに参加するような筋金入りの愛好家には、全然、足下にも及びませんでした。

クワガタを研究材料にしようと思ったきっかけは?

2007年に北海道大学の大学院に進学し、昆虫の「表現型可塑性」を研究するラボに入りました。表現型可塑性とは、アゲハチョウが春と秋で模様が異なるというように、環境の影響によって生物の形質が変わることを指します。クワガタも、まさにそれに当てはまります。大顎の大きさや形は、幼虫のときの栄養状態という環境に影響されるのですから。

研究室に入ると、いろいろな文献を読むようになるのですが、クワガタに関する論文を調べてみたところ、表現型可塑性に関するものはほとんど見当たりませんでした。それどころか、卵から成虫になるまでの発生過程や、昆虫の成長制御に重要と考えられるホルモン、遺伝子やゲノムレベルの解析といった実験生物学的研究は、クワガタに関してはほぼ皆無でした。そこで、「まだ誰も研究していないなら、これはチャンス。自分がやろう」と思ったのです。

クワガタに関する実験生物学的研究がそれまで進んでいなかった理由は、欧米に生息するクワガタの種数が少ないこと、クワガタの飼育が簡単ではないことなどがあると推測されます。飼育が容易でないことに加え、卵から成虫になるまでの時間も、通常は1年近くかかり、マウスやショウジョウバエといったいわゆる「モデル生物」に比べて圧倒的に長いので、実験で扱いにくいのです。しかしながら、僕は、クワガタの飼育を趣味にしていたので、飼育技術に関してはまったく問題を感じませんでした。また、日本ではクワガタ好きの子どもや愛好家が多いので、餌や飼育用具が街のホームセンターでも簡単に手に入ります。成虫になるまでの時間に関しては、クワガタの中でも、数か月で成虫になる種を選んで用いることにしました。

どのように研究を進めたのでしょうか。

クワガタの魅力はなんといっても大顎なので、そこに注目して研究しようと、まず決めました。栄養という環境条件が大顎の発達を左右するわけですが、そもそも大顎の発達には、体内でどんな因子が働いているのか、それを調べることにました。

大学院時代、僕を大いに刺激し、その論文を参考にさせていただいた研究者がいます。アメリカのモンタナ大学の研究者、ダグラス・エムレン博士です。彼は、エンマコガネなどの甲虫の角を研究し、数々の興味深い論文を発表していました。甲虫の角は、大顎と異なり、体の一部が突出したものです。エムレン博士の論文のなかには、エンマコガネの角の発達に「幼若ホルモン」というホルモンが働くことを報告するものもありました。そこで、僕も、クワガタで幼若ホルモンの働きを調べることにしたのです。すると期待通りの結果が出ました。オスのクワガタの前蛹(蛹になる直前の期間)に幼若ホルモンを与えると、大顎が大きく発達したのです。このことから、前蛹の幼若ホルモンの体内濃度は、幼虫期の環境要因で決まると考えられました。

大顎を大きくする幼若ホルモンですが、実は、このホルモンをメスに与えても、メスの大顎はちっとも大きくなりません。もともとクワガタのメスでは、オスと異なり、大顎が非常に小さいのですが、このホルモンを与えてもメスの大顎が大きくならないということから、幼若ホルモン濃度の違いが雌雄差を生んでいるわけではないと推測できます。そこで次に、この大顎の雌雄による違いを生む要因を調べることにしました。昆虫全般の性決定を左右する遺伝子としては、doublesex(ダブルセックス)という遺伝子(性決定遺伝子に属する)がよく知られています。クワガタで調べてみると、ここでも期待通りの結果が出て、オス型のdoublesexを発現するクワガタ個体では、幼若ホルモンに反応して大顎が大きくなること、メス型のdoublesexを発現する個体では、幼若ホルモンには反応せず、したがって大顎も大きくならないことがわかりました。ホルモンへの応答性を性決定遺伝子が制御しているというこの結果は、昆虫では初めての報告となり、研究者の間でも評価していただけました。

大学院時代、クワガタについてもう1つ研究を行いました。大顎がそもそもどのように形成されているのかという、形づくりに関する発生学的な解析を行いたいと思ったのです。RNA干渉という分子レベルの手法を用いて、大顎の形成に関わる遺伝子を3つ見つけることができました。大顎の発達に関して、環境(栄養)の違いに幼若ホルモンが反応すること、その応答性を性決定遺伝子が制御していること、そして形態形成に関与する遺伝子の発見というように、今振り返ると、大学院時代の研究は実にうまく進んだと思います。

北海道大学の大学院を修了後、「海外学振」(独立行政法人日本学術振興会による海外研究支援制度。研究費と生活費が支給される)に受かって、ワシントン州立大学で2年間研究を行いました。そこでもクワガタの研究を続けたのですが、そのときに、貴重な機会に恵まれました。尊敬するエムレン博士に会うチャンスを得たのです。僕の研究人生の中で、最も興奮した瞬間でした。

日本最大のクワガタムシであるオオクワガタ Dorcus hopei binodulosusオス(手前)は大きな大顎を有するのに対して、メス(奥)の大顎はとても小さい。主な研究材料としているのはコクワガタ Dorcus rectus だが、やはり写真栄えがするのはオオクワガタである。

名古屋大学時代には、カブトムシの研究もスタートされましたね

ワシントン州立大学の後、名古屋大学で4年間研究を行いました。そのときのラボのボスである新美輝幸 教授の縁で、大阪大学の近藤滋 教授(大阪大学大学院生命機能研究科)と共同研究をする機会を得ました。近藤教授は、生物の体の模様や形ができる仕組みを研究しており、魚の模様の形成機構に関する研究で著名な方ですが、カブトムシの角が形成されるときの過程に興味をもっていました。

カブトムシの角は、エンマコガネと同様に、体の一部が突出したものです。この角は、幼虫の頃に袋状になった角ができ、それが蛹になったときに、エアバックが膨らむように、一気に展開するのです。広げたら角になるものを、いったいどのように折りたたんだ状態で作るのだろうか。近藤教授はその謎を解きたいと考えていたのですが、昆虫は扱ったことがなかったそうで、僕が参加することになったのです。

まず、カブトムシの頭部の内部にたたまれている角の袋を、どのように観察するかの手法作りから始まりました。そして、その折りたたまれ方(シワ)を観察したり、どのような遺伝子が関与しているか、といったことを調べていきました。細胞分裂の方向などが大事な要因であることも、わかってきました。この研究は、現在も継続中です。

また、この研究は、大学院生さんとグループを組んで進めており、彼らの指導も行いました。そのときに気がついたのですが、学生さんを指導するのはとてもやりがいのある楽しい作業だということです。当初は文字通り僕が「指導する」立場であり、いわゆる「教員と学生の関係」でしたが、彼らはめきめきと実力をつけ、現在では「対等に議論できる共同研究者」としての関係性に移行しつつあります。そのような学生の成長を見るのは本当にうれしいですし、自分自身にとっても刺激になります。

遺伝研ではどのような研究を行っているのですか。

2019年4月に、遺伝研ポスドクとして採用され、生態遺伝学研究室の北野潤教授のラボで研究する機会を得ました。遺伝研での研究の基本方針は、これまでに引き続き、クワガタやカブトムシといった非モデル生物の昆虫を扱っていくということです。国内外を問わず、非モデル生物を扱っているラボはモデル生物を扱うラボに比べて相対的に少なく、貴重な存在であるといえます。研究トピックによっては、モデル生物では解析できず、非モデル生物だから解析できるという事柄もあるのです。例えば、モデル生物であるショウジョウバエには大顎がないので、大顎の研究はできないわけです。また、クワガタは種によって気性の荒さなどが異なるのですが、そうした行動の研究にも向いているかもしれません。

もう1つの基本方針としては、ゲノミクスの手法を解析に応用し、ゲノムの進化という観点からクワガタについて解明していきたいということです。現在、遺伝研で進めている研究プロジェクトは、大きく3つありますが、そのうちの1つが、特にゲノムの進化に着目したプロジェクトで、遺伝研に来てからスタートさせました。クワガタでは、大顎の発達や体の大きさなどが、雌雄で大きく異なるわけですが、このような性的二形(性別によって、個体の形質が大きく異なること。生殖器以外を指す)が、どのように進化してきたのかを明らかにしようというものです。

これは、大学院時代に行った、性決定遺伝子が大顎の「発達させる・発達させない」を決定するという発見を、さらに深掘りする研究ともいえるでしょう。性決定遺伝子が影響を及ぼす遺伝子群は、非常にたくさんあります。その1つ1つを調べるわけにはいきません。そこで、性決定遺伝子が、どんな遺伝子のレパートリーにどんな影響を与えるかを総合的にとらえる研究を行っています。その結果を、他の昆虫間と、あるいはクワガタのいろいろな種間で比較することにより、性的二形を生じさせる原因となったゲノムの特徴を見つけようと考えています。これらの研究を通して、例えば、大顎を大きくするような効果をもたらした遺伝子がどのように進化してきたのかも、明らかになってくるのではないかと期待しています。

あと2つの研究プロジェクトは、以前から続けていたクワガタの大顎の形づくりに関する発生学的な研究と、カブトムシの角の折りたたみの研究です。クワガタの大顎の形づくりに関しては、大学院時代に関連遺伝子を3つ見つけましたが、大顎ができる過程をもっと詳しく突き止めたいと考えています。そのためにはまだまだ研究が必要です。

ゲノミクスの習得には、遺伝研はうってつけの機関ですね。

はい、そうです。僕は、ゲノムのデータ解析ではまだ初心者なのですが、ラボメイトの山﨑曜博士(元遺伝研ポスドク、現学振ポスドク)が高い技術を持っているばかりでなく、わかりやすく丁寧に教えてくれるので、本当に助かっています。

実は僕は、これまで、2回失職した経験があります。その1回目のことです。ワシントン州立大学の任期が終わったときのことなのですが、北海道で教員をしている妻とは太平洋をはさんだ別居婚状態が続いていたこともあって、帰国を決意しました。そして、日本での研究継続のため、学振に応募したのですが、受かりませんでした。引き続きポスドクとして雇用するとのワシントン州立大学のボスのオファーを断ってまで、日本に戻ることにしたのに。

そこで、かねて興味のあった前述の新美輝幸教授のラボを訪ね、「無給で結構ですから、研究させてください」と申し出て、受け入れてもらいました。実際は月給6万円弱で雇用してもらえましたが、貯金を切り崩しながらの生活になりました。これが予想外に心理的な重荷となり、精神的につらいものでした。そのように感じるかどうかは、人によるでしょうが、少なくとも僕はそうだったのです。

幸い、7か月後には特任助教のポジションを得ることができたのですが、この失職の経験から、僕の考え方は大きく変わりました。それまでは、「お金よりも研究環境を優先させるべき」であり、たとえ無給でも、良い研究環境を選んだほうがよいと考えていたのです。でもそれからは、研究にはお金も大事、と考えるようになりました。研究を通して給与をもらうことやポジションを得るということは、自分の研究が社会に認められている証しだとも思うのです。

このようなこともあって、僕は大好きなクワガタの研究を続けつつ、というか、続けていくためにも、いろいろな分野の研究に役立つ応用力のある技術を身につけようと考えるようになりました。そういう意味もあって、ゲノミクスを習得しようと思っているのです。ゲノムのデータ解析は、多くの研究室が必要としている技術ですから、その経験があれば、次のポジションを探すときにもきっと有利に働くでしょう。

ちなみに、2回目の失職は、名古屋大での任期が切れたときです。研究費は得ていたのですが、公募でポジションを得ることができず、北海道大学の知り合いの研究室で研究させてもらうことにしました。すでに、学振に応募できる年齢制限をオーバーしていたこともあり、翌年の2019年に、遺伝研ポスドクに応募しました。遺伝研ポスドクの募集対象は「若手研究員」ですが、年齢制限はなく、応募者の研究能力や可能性を審査してもらえるのです。採用してもらえて、本当に感謝しています。

ゲノミクスは、いろいろな意味で重要視しています。クワガタゲノムの解読は、遺伝研に着任した2019年に、すぐ行うことができました。「先進ゲノム支援」という支援事業を利用させてもらいました。また、併せて全遺伝子の発現カタログの作成も行いました。これらのカタログやゲノムデータを、今後、僕の研究プロジェクトにどんどん応用していきたいと考えています。まずは、応用するための、データ解析技術の習得に必死です。データ解析技術に習熟することは、自身の将来のキャリアにとっても大変重要と考えています。

聞き手:サイエンスライター 藤川 良子
写真撮影:リサーチ・アドミニストレーター室 来栖 光彦
2020年8月