海から川へ、魚はなぜ進出できたのか - トゲウオが教えてくれた淡水魚の謎-

北野 潤 教授 × 石川 麻乃 助教
生態遺伝学研究室 北野研究室
海から川へ、魚はなぜ進出できたのか - トゲウオが教えてくれた淡水魚の謎-
海から川へ、魚はなぜ進出できたのか - トゲウオが教えてくれた淡水魚の謎-

はるか昔、魚類は海に生息していた。しかし、長い進化の過程で、川や湖などの淡水域に進出する種類が登場してきた。天敵のいない新たな環境に進出し、適応できれば、繁栄するチャンスも生まれるのだ。このようなチャンスをうまく活かしてきた魚の1つに、トゲウオ科の魚がいる。しかし、トゲウオ科の魚の中には、海水域から淡水域へという環境の変化に適応できず、海にとどまった種類もいる。この違いは何がもたらしたのだろうか?その謎を探った生態遺伝学研究室の北野潤教授と石川麻乃助教は、DHA(ドコサヘキサエン酸)の合成能力の違いが、淡水域で生存できるかどうかを決める重要な因子となることを発見した。さらに、DHA合成能力を左右する遺伝子を突き止め、Science誌に発表した。

北野 潤 [きたの じゅん]

京都大学医学部卒業。医学博士。京都大学大学院医学研究科 認知情報学講座助手を経て、2003年 フレッドハッチンソン癌研究所(ケイティー・パイケル研究室)ポスドク研究員。2009年 東北大学大学院生命科学研究科生物多様性進化分野助教、2011年 国立遺伝学研究所(遺伝研) 新分野創造センター 生態遺伝学研究室特任准教授。2015年 生態遺伝学研究部門教授。2019年 生態遺伝学研究室教授。日本学術振興会賞や文部科学大臣表彰若手科学者賞など受賞。

石川 麻乃 [いしかわ あさの]

北海道大学理学部生物学科卒。北海道大学環境科学院生物圏科学専攻 博士課程修了。博士(環境科学)。2011年 国立遺伝学研究所 新分野創造センター 生態遺伝学研究室ポスドク研究員、特任研究員を経て、2015年より、生態遺伝学研究部門助教。国内外の学会で口頭発表最優秀賞多数、日本生態学会奨励賞など受賞。

トゲウオがきっかけだった

鱗板が祖先型に先祖帰りしたワシントン湖のトゲウオ。北野が留学時代に発見。

「トゲウオ業界では……」。北野潤がよく口にする言葉だ。動物行動学や生態学、進化学などの研究に、トゲウオ科の魚を用いる研究者は多い。トゲウオは、広く北半球各地の冷涼な水にすむ、多くは体長が10cmに満たない小さな魚で、古くは、1973年にニコ・ティンバーゲンが、トゲウオ科のイトヨの行動に関する研究でノーベル賞を受賞したことでも知られている。北野自身も、進化生物学者としてトゲウオ科の魚の研究に15年以上携わってきた。世界中のトゲウオ研究者が集まる国際トゲウオ会議が3年に1度開催されるが、2018年の第9回会議は、北野たちの手によって日本で開催され、成功を収めている。このトゲウオの研究仲間たちを、連帯する信頼と親愛の情を込めて、北野はトゲウオ業界と呼ぶのである。

学生時代は脳神経科学の研究に没頭していた北野だったが、2002年、大学院を終え、新たな研究対象を探して、トゲウオの生息地の1つである福井県大野市を訪れた。北野はそこで、トゲウオ科イトヨ属の一種、イトヨ(Gasterosteusaculeatus)が、澄んだ水の中を伸び伸びと泳ぎ回る姿を間近に見たのだ。一目惚れ。運命的な出会いといってもよいだろう。これが、トゲウオの仲間を研究しようと決めた瞬間だった。

トゲウオ業界で、北野はいくつもの重要な発見を行ってきた。ここでは、最も新しい、2019年、Science誌に発表した研究成果を紹介しよう。トゲウオには、淡水域にのみ生息するタイプ(陸封型)と、淡水域から海水域までを行き来するタイプ(降海型)が存在する。もともとは海水に生息していたトゲウオが、数百万年前から現在までの間に、川や湖などの淡水域へ、生息範囲の拡大を何度も繰り返したと考えられている。北野たちは、そのトゲウオの淡水域への進出を可能にした要因を探り、進化の謎の一端を解き明かしたのだ。

淡水域へ進出できないニホンイトヨ

北野は、2003年、アメリカ・ワシントン州シアトルのトゲウオ研究者、ケイティー・パイケル氏のもとでトゲウオ研究をスタートさせた。アメリカやヨーロッパでは、トゲウオは、かつての日本のメダカのように、身近な川や湖など淡水域で普通にみられる魚であり、そのことは、「トゲウオ業界では、当たり前」のことだった。そして、アメリカでの研究に一区切りがつき、2009年に日本に戻ってからも、トゲウオの研究を続けた。

日本でも、環境破壊により生息地は限定的とはなったものの、本州の湧水池や北海道の川などの冷たい水にトゲウオが生息している。イトヨ属では、淡水域にのみ生息するイトヨだけでなく、淡水域から海水域までを行き来するタイプのイトヨもいる。北海道東部の川や湖や汽水域にすむ、イトヨによく似た近縁種のニホンイトヨ(G.nipponicus)がそれで、北野は、この種に特に好奇心をかき立てられた。ニホンイトヨは、極東地域のみに生息し、ふだんは海で暮らし、1年に1回産卵のた京都大学医学部卒業。医学博士。京都大学大学院医学研究科認知情報学講座助手を経て、2003年フレッドハッチンソン癌研究所(ケイティー・パイケル研究室)ポスドク研究員。2009年東北大学大学院生命科学研究科生物多様性進化分野助教、2011年国立遺伝学研究所(遺伝研)新分野創造センター生態遺伝学研究室特任准教授。2015年生態遺伝学研究部門教授。2019年生態遺伝学研究室教授。日本学術振興会賞や文部科学大臣表彰若手科学者賞など受賞。めに、自分が生まれ育った川に戻ってくる。稚魚は、生まれて40~50日ほどすると海に戻っていくのだが、それというのも、ニホンイトヨは淡水域では生存できないらしいのだ。淡水域で暮らせるイトヨと、暮らせないニホンイトヨは、どこが違うのだろうか?この疑問を解くことに挑戦したいと北野は思った。ちょうど遺伝研で自分のラボを持つことになった北野のもとに、ポスドク研究者第一号として石川麻乃がやってきたことも好機となった。ニホンイトヨはなぜ淡水域に進出できないのか、その謎を解くことが石川の研究テーマの1つになった。

ニホンイトヨが50日目に死んでしまう

ニホンイトヨの研究に着手はしたのだが、思うようには進まなかった。飼育してみると、ニホンイトヨは生後50日ほどで、「バタバタと大半が死んでしまった」(石川)からだ。水槽の水を海水に変えても、それは変わらなかった。翌年、再び北海道から採集してきても、稚魚が成長して50日目頃になると、やはり死んでしまう。研究はいっこうに進まない。

フラストレーションがたまる一方だった2012年のこと。北野と石川たちの北海道東部での採集に、世界淡水魚圏水族ニホンイトヨが50日目に死んでしまう館「アクア・トトぎふ」の飼育員池谷幸樹氏(現館長)が同行した。同館でニホンイトヨを飼育展示するためだった。それぞれ採集して戻った後、研究室で飼育を続けていたニホンイトヨの大半は、今回も50日ほどで死んでしまった。そこで、ふと思い立った石川は、池谷氏に水族館の様子を尋ねてみた。すると、メールには、「ニホンイトヨは、とても元気ですよ」。意外な池谷氏の返事が返ってきた。何が違うのだろうか。研究室と水族館の飼育法の違いを比較した結果、わかったのはエサの違い。研究室のエサは、「トゲウオ業界の常識にのっとった」ブラインシュリンプというエサ。水族館でやるのは、イワシなど青魚のすり身や、冷凍のオキアミなどだった。さらに、両者のエサの成分を比較したところ、水族館のエサにだけ、DHA(ドコサヘキサエン酸)が含まれていることがわかった。聞いてみれば、水産関係者の間では、魚の養殖時に、稚魚の生存率を上げるためDHAを餌に付加することは比較的よく行われているとのことで、石川たちはさらに驚いたのだった。

DHAは、多価不飽和脂肪酸の1つで、多くの動物の成長や生存に必須といわれている。海の微生物にはDHAを多量に含むものが多く、海の魚は食物連鎖を通してDHAを豊富に摂取している。したがって、人工的な環境下で飼育する際には、DHAをエサに人為的に付加することが必要になってくるのだろう。

では、淡水域の魚は、どうしているのだろう?淡水域の生態系には、カイアシ類などを除き、DHAを多く含むプランクトンは少ない。淡水魚は自分でDHAを合成するのだろうか?その推測を裏付ける知見はすぐに得られた。

DHA合成能力が淡水域進出への鍵

飼育中のイトヨ(上)ニホンイトヨ(下)を披露。飼育にともなう発見はつきない。

当時、トゲウオ科の魚のゲノム解読を進めていた北野研究室では、ニホンイトヨと淡水域にすむイトヨのゲノム配列を比較してみることにした。その結果、DHA合成酵素の1つをコードするFads2遺伝子に関して、重要な発見があったのだ。つまり、イトヨは2個のFads2遺伝子を持つのに、ニホンイトヨにはこの遺伝子が1つ少なく、1個しかなかった。「これが、関係しているに違いない」と北野は確信した。合成酵素の遺伝子の数が少なければ、産物であるDHAの合成能力に差が出るはずである。

言い換えると、ニホンイトヨはFads2遺伝子の数が少ないので、DHA合成能力が低い。したがって、DHAを豊富に含むプランクトンをエサとして摂取できる海にしか生育できず、人工的に飼育する場合には、DHAをエサに加えないと生命を維持することができない。一方、淡水域に生息するイトヨであれば、DHA合成能力が高いため、外部からの摂取は不要である。この仮説を証明するため、石川たちはさらに実験を進めた。

Fads2遺伝子の数の違いは、他の魚でも同様の結果に

イトヨの貴重な卵。基本的に、産卵期は年に 1 回しか訪れない。

仮説を証明するまでの実験の道のりは長かったが、やり遂げた結果は、仮説を支持するものばかりだった。

まず、DHA合成酵素であるFads2遺伝子の発現量を、イトヨとニホンイトヨで比較したところ、発現量はイトヨのほうが多いことがわかった。イトヨのほうが、DHA合成酵素を多く持つということである。次に、ニホンイトヨでFads2遺伝子の数を人為的に増やしてみることにした。ニホンイトヨの受精卵にFads2遺伝子を注入し、過剰量のFads2遺伝子を発現するニホンイトヨを作出して、どのような影響があるか調べたのである。卵への注入技術は、この技術に精通するアメリカの研究者を1週間ほど研究室に招待して教えを受けた。実験の結果、ニホンイトヨのDHA合成量が上昇し、また、生存率が高まることがわかった。

これらは、期待通りの結果である。しかし、時間はかかった。1つ1つ新しい手法を習得しながらの作業であり、しかも、ニホンイトヨやイトヨは1年に1回しか採集できず、産卵も1年に1回しかしない。例えば生存率が上がると確認できたとしても、DHAの合成量を測定して確認しようとすると、その実験の実施は翌年まで待たなければならないといった具合である。この過程だけでも、3~4年を要した。

イトヨ(上)とニホンイトヨ(下)の標本。標本はいつも手元にあり、形態の特徴を面白そうに語る。

石川たちは、イトヨやニホンイトヨだけでなく、魚類の全ゲノムデータを利用して他のいくつかの魚についてもFads2遺伝子の数を調べてみた。すると、タツノオトシゴ、クマノミなどの淡水域に進出していない魚ではその遺伝子の数が1個、タイセイヨウダラやヒラメなどの海水域と汽水域に生息する魚でも1個だった。しかし、海水域から汽水や淡水域にまでまたがって生息するサケやトゲウオではその数が1.5~3.5個となり、汽水域から淡水域で生息するメダカ、ティラピアなどは2~3個、淡水域のみでくらすゼブラフィッシュ、ピラニアなども2~3個というように、Fads2遺伝子の数が増えていた。これは、Fads2遺伝子は魚が海水域から淡水域へ進出する際の鍵となる役割を果たしているという仮説を、強く支持する結果だった。たった1~数個の遺伝子の個数の違いが、大きな影響を及ぼしているようだ。「ここまできれいな傾向が見えてくるとは、驚きました」と、北野は思い返す。

ニホンイトヨに比べてFads2遺伝子の個数が増えていることの確認は、それほど難しくなかったのだが、増えた遺伝子が染色体のどこに存在しているかを見つけるのは、容易ではなかった。転位性の配列(トランスポゾン)といっしょに、染色体の別の箇所に移動してしまっていたので、ショートリードしか読めない従来の次世代シークエンサーは役に立たず、最新のロングリードシークエンサーに加えて、fosmidのサンガーシークエンスという古典的な塩基配列解読技術を併せ、時間をかけて解析していかなければならなかった。また、増えたFads2遺伝子の機能に変化が起こっている可能性もあり、それも確認しなければならなかった。

体内でのDHA合成経路に関しては、東京海洋大学の吉崎悟朗研究室の壁谷尚樹氏(現在・東京海洋大学助教)に解析を依頼した。膨大で複雑な合成経路のネットワークだったが、丹念な実験によって、かなり明らかにすることができた。

Scienceに投稿する

実験データがそろってきた2018年夏、このFads2遺伝子に関する論文をScienceに投稿した。リバイスにより、いくつか実験が追加されたが、特に大変だったのは、Fads2遺伝子を人為的に1個増やしたときに上昇する生存率を正確に求めよ、という要求だ。それに従って実験を行ったものの、感覚的な印象とは異なり、計算してみるとその数値は、意外にも小さかった。統計的な数値になるが、生存率の分散の3~6%しか説明できないというものだった。「少しショックでした。でも、これが真実なので、この値を報告するしかなかったのです」と石川。

彼らの心配をよそに、論文はアクセプトされた。「今から思うと、この数字は妥当だったのでしょう。たった1個の遺伝子で、生存の、例えば75%を左右するようなものがあるわけないだろうから」と北野もうなずく。個体の生死に関わる遺伝要因には、多数の遺伝子が関与しているのだろう(多遺伝子性)。淡水域か海水域かという環境にかかわる多くの遺伝子のうちの1つがFads2遺伝子にすぎないということだ。しかし、多遺伝子による適応進化の研究はこれまでほとんど報告されていないので、将来、改めて別な角度から評価してもらえるかもしれない、と北野は期待する。

食物連鎖を遺伝子レベルでも解明した研究として評価される

トゲウオは今から数百万年以内にさまざまな生息環境に進出し、それぞれの環境で適応放散を遂げ、繁栄してきた魚だ。DHA合成能力の獲得、あるいはFads2遺伝子の数が、トゲウオのこうした進化に大きな役割を果たしてきたことは間違いないだろう。しかし、今回の論文執筆において北野が特に心がけたのは、進化的な観点ばかりでなかった。生態学的な観点も重視し、データを充実させたことだ。「1個の遺伝子が変わるだけで、食物連鎖の全体像が変わる現象かもしれない」と北野はいう。イトヨがDHAを合成できれば、イトヨを食べる鳥や魚もDHAを利用できるようになる。生態系に大きな影響を与える出来事なのだ。これまで、食物連鎖のような現象を遺伝子レベルから解明できた例はほとんどない。

「得られたデータはすぐにオープンにする」のがモットーの北野は、今回の研究のデータも、トゲウオ業界の集まりですでに発表してきている。それを受けて他の研究者がいちはやくそのようなゲノム解析に着手しているかもしれないのだが、北野は、「影響力のある研究を行うことが自分の望みです」と微笑む。

自然界の素朴な疑問を解いていきたい

北野たちが今興味を抱いているのは、そもそもDHAは魚にとってどのような機能を持っているのか、また、なぜ海の生態系にはDHAが多いのか、ということだ。また、イトヨの淡水域への進出に関して、今回はFads2遺伝子のみに注目したが、この遺伝子で説明できる生存率の分散は、前述のように3~6%のみだ。他の遺伝子や環境要因についても、突き止めていきたいと考えている。

「自然界で感じた素朴な疑問を解明していきたい」と北野は常々考えている。もともと京都大学医学部の出身の北野は、神経科学の大御所、中西重忠教授の研究室で、大学院時代からの数年を過ごした。そこでは、グルタミン酸受容体に結合する分子の実験に明け暮れた。しかし、「優秀な人たちが多く、その領域で勝負しても…」と思うようになり、進路に迷っていたときに出会ったのが、トゲウオの研究をまとめたティンバーゲンの著書だった。そして、中西研で習得した分子レベルの解析技術を利用して、野生生物の行動を研究しようと決めたのだった。研究者として大きな進路の変更であったが、野外の生物に見つかるさまざまな疑問が、自分自身を研究に駆り立てる好奇心の源だと気づき、それを大切にしてきたのだった。

一方、石川は、大学院時代、アブラムシの生活史の進化を研究していた。しかし当時、アブラムシでは遺伝子の機能の解析技術が限られていて、遺伝子の強制発現やノックアウト、ノックダウンなどの実験ができず、「気がついた疑問を解析する手段がなく、それが残念でした」と振り返る。そこで目をつけたのが、トゲウオの研究をしている北野研だった。トゲウオでは、ゲノム編集などの技術が存在しなかった時代から、遺伝子導入などの操作が可能だった。ただし、「実験は、1年後まで待たないといけないけれどもね」と北野が補足する。魚の採集は、産卵時期まで待たないといけないからだ。「この待つという時間も大切だ」と北野は続ける。それが、よく考える時間になるからだという。

北野研では、1年に数回、トゲウオの採集に出かける。そして、フィールドで気がついた素朴な疑問があれば、それをよく考え、議論し、実験を組み立てる。

「フィールドワークを通じて、何かに気づくことはとても大切」とは石川も感じていることだ。経験したことがすぐに何かに直結しなくても、フィールドで観察した事柄が、自分の中に蓄積されていく。それが、「そういえば、あのとき、魚はあんな行動をしていた、というような気づきにつながる」のだそうだ。

もちろん、フィールド作業は楽なことばかりではない。「1匹も採集できなかったときが、いちばんつらいですね」と石川。北海道東部では、なぜかトゲウオが川を遡上したり下ったりする時期にばらつきがあり、ときにトゲウオが採れない年があるのだという。この理由を探るのも、今後の課題になるのかもしれない。

北野は、自身がトゲウオの研究をスタートさせた頃のシアトルでの思い出を語ることがある。毎週末のように、わが子とワシントン州のいろいろなところに出かけ、魚捕りをし、たくさんの数のトゲウオを採集したという。そして、ワシントン湖ではトゲウオの形態が先祖返りをしていたことを発見したのだった。湖水の水質変化によって透明度の上がったワシントン湖では、サケ・マスなどから身を守るために、鱗板という鎧が発達した祖先型に戻る形で進化していたのだ。これは、北野がトゲウオ業界で発表した最初の代表的な論文となった。自然の中で気づくことの楽しさは、このときから始まっていたのだ。

聞き手:サイエンスライター 藤川 良子
写真撮影:リサーチ・アドミニストレーター 室来栖 光彦
2019年7月